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第1回 プレイドの上場準備・審査プロセスについて

はじめまして。プレイドでfinanceチームに所属している小島と申します。
先日CFOの武藤が書いた連載開始のお知らせに続き、僕が第一回を担当します。連載記事は、こちらのmagazineで公開していきます。


大成功に見えたIPO

2020年12月17日、我々プレイドは東証マザーズ市場に上場しました。グローバルオファリングを行い、募集・売出株式の海外比率は78%、上場時時価総額は公募価格ベースで600億円を超えました。結果を見れば、大成功といえるIPOだったと思っています。

しかし、上場に至るまでのプロセスには、数々の土壇場、正念場がありました。上場申請の取り下げや証券会社体制の変更、複数回のリスケジュールもありました。今回のnoteではそんなある種"非常識"で"非効率"なプレイドの上場準備・証券/東証審査プロセスについて、時系列を追いながら振り返りつつ、感じたことを書きたいと思います。

審査プロセスの"山場"は証券審査

自身の振り返りの意味も込めて主なイベントとともに時系列を簡単にまとめてみました。

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上場に至るまでの審査プロセスは大きく3つのフェーズに分けられます。証券会社の選定とともにプロジェクトがキックオフされ、監査法人や主幹事証券から抽出された課題を改善し管理体制を整備していく準備段階、東証申請に先んじて行われる証券審査、東京証券取引所の実施する東証審査の3つです。

審査プロセスの中で、証券会社は2つの役割を果たすものと理解しております。上場企業としての適合性を判断する引受審査部門と、会社の側に立ち準備段階から証券審査、東証審査の全てのプロセスにおいてアドバイザーとしてサポートしてくれる公開引受部門が、それぞれ審査する側と上場を推進する側になります。

我々は、2018年5月の主幹事証券会社の選定から、2019年4月の上場申請の取下げを経て、同年11月のGoogleからの資金調達を挟み、2020年12月にグローバルオファリングにて上場に至りました。

個人的に上場審査過程で特に山場になったのは、証券審査の最終段階でした。証券会社は推薦した会社が東証審査段階で重大な問題が生じたり、上場後になんらかの問題があった場合の責任を負っていると思います。

一方で東証は審査過程で、証券会社としての審査判断に依拠する側面もあります。したがって、発行会社にとっては証券審査が山場になることが多いのではないかと思いますし、プレイドの場合もそうでした(プレイドの場合は、それ以降も色々とありましたが…)。

時系列は、これからの連載noteの各回を読む際に参考にしていただければと思います。

内部管理体制の整備

全てを盲目的に受け入れるのではなく組織文化や価値観を体現する

本格的に上場準備を開始したのは2018年5月でした。当時は、労務関係・セキュリティ関係を除いて社内規程は存在せず、月次決算、取締役会報告も始めたばかり、月次決算も審査上求められる日数には間に合っていない状態でした。そんな状況下にも関わらず、上場準備メンバーは当時2名でスタートしました。

主幹事証券を決定し、公開引受部門から週次で提示される課題を提示された翌週に対応していく形で、急ピッチで準備を進めました。ほぼゼロベースからの準備ということもあり、主幹事の公開引受部門とは密にコミュニケーションを取りながらになりました。

プレイドの"文化"の中で上場準備における"管理"体制を構築していくことは、難しさもありました。
少し話が変わりますが、プレイドが大切にしている考え方として、「Backcasting」「Deploy Driven」「Unlearning」というものがあります。

Backcasting:「長期視点で設定した大きな理想から逆引きし、妥協せずに着実に進もう。目的のためなら、途中の失敗も衝突もいとわずに進んでいこう。」
Deploy Driven:「不確実性が高い世界だからこそ、出して学ぶ姿勢を貫こう。行動しなければ成功は生まれない。悩んで動けなくなるより、動きながら考えよう。」
Unlearning:「人は誰でも間違うし経験にとらわれる。バイアスの存在を認識し、必要であれば過去に得た知識や経験すら捨て去って進んでいこう。」

これらは一部ですが、このように文化的に特徴があり、世の中の「当たり前」を常に疑い、一度決めたやり方も壊していく前提で設計をしていますし、ルールも必要最小限の構成を模索しています。

単純に規程を作成し、社内に新たなフローを導入していくだけなら、外部のリソースもフル活用し、マンパワーでなんとか進めることは難しくないと思います。しかし、上場準備の過程で要求される"管理"体制はそれまでのある種"自由な"スタートアップ の組織文化とは対立する可能性を孕んでいるものです。

テンプレート通りに整備するだけでなく、会社の組織文化や価値観を体現したものであることが重要であると思っています。どうしても審査する方とされる方ということで証券会社に対峙する気持ちが芽生えてしまうかもしれません。

しかし少なくとも公開引受部門は発行体のアドバイザーであり、会社に合う形で本質的な問題を一緒に解いていってもらうというスタンスで接するのが良いと思います。

求められることに対し、ガバナンスの本質を常に考えながら、管理体制の整備を進めていくことが実効性のある体制を構築することにつながるものだと思います。

具体的な例の1つとして、稟議制度の設計についてお話します。上場準備の過程においては、稟議制度の構築が求められます。設計は会社によって異なるのは当然のことですが、保守的に捉えれば、購買稟議の金額設定は1円から、という会社も珍しくないと思います。

しかし、事業を進める上でお金を使う際に必ず稟議プロセスを踏むことは、事業やプロダクトのこと以外に意識を向けることを強要するものであり、スピードのある意思決定を阻害する側面もあると考えています。また、金額設定についても会社の規模やビジネスモデルにより適切な設定は異なるはずです。

プレイドでは、役職者ではないメンバーにも一定の権限委譲を行い、総額30万円未満の購買に関しては、メンバー権限にて意思決定可能という設計をとっています。これによりメンバーは、小さな金額で慣れない稟議プロセスを意識することなく、スピード感のある意思決定を行うことができ、事業に向き合うことができると考えています。

当然この過程では、証券会社とコミュニケーションを行い、必要なガバナンス水準を保ちつつ、自由度を維持するような設計を常に意識していました。

各種社内規程や内部管理体制の設計における考え方については、過去の社内インタビューのnoteをご覧になっていただくと、ご理解いただけるかと思います。

また、組織作りや労務管理についても過去にHRメンバーがプレイドの組織作りに関するnoteを書いていますのでこちらも読んでいただけると設計の思想がより明確にご理解いただけると思います。
このような形で約半年の間に内部管理体制を整備・運用し、主幹事証券の審査プロセスに入っていきました。

1度目の上場申請

証券会社とは"IPOに対する思い"も共有することが大切

1度目の上場申請は2019年3月。目論見書や登記簿の分析から、1度上場を延期した?と推測されている方々もたくさんいらっしゃいましたが、ご推察のとおりでして、実は2019年5月の上場承認を目指していました。

もともとタイトなスケジュールでしたが、会社のカルチャーとして"スピード"・"最短"を重視したこと、おまけに令和第1号の上場案件になれるかもしれないという思惑もあり、さらにスケジュールの短縮を図りました。

実は、最初からこのスケジュールは許容されませんでした。現実的に無理にも思えた令和1号スケジュールを証券会社に「なんとか」と懇願したところ、引受審査部門を説得し、「予備申請」を活用したチャレンジを提案していただきました。

短縮するのは証券審査と東証審査の間の期間です。通常、証券審査を完了したのち、上場申請を行い東証審査に入っていくことが多いですが、我々の場合、証券審査が長期化してしまい、オンスケに戻すには東証審査が並行するスケジュールをとるほかなく、予備申請*を行うこととしました。

予備申請は一般的な利用目的と異なるためか当初は難色を示されましたが、証券審査質問への回答期間の短縮等を条件に推薦証券が共にチャレンジする決断をしてくれました。

証券会社は、発行体の思いに応えられる多くの術を持っているのだと思いますし、それらを駆使してサポートをしてくれます。慣習や常識に囚われず、お願いしてみることも重要だと思います。

予備申請の場合、各種説明資料やⅠの部(上場申請のための有価証券報告書)を中心とした上場申請書類は、予備申請時点での提出、本申請時点での再提出とアップデートの回数が増えるため、事務負担は増加しますし、東証審査を受ける時期は、上場時開示書類やロードショーマテリアル、各種契約書などがファイナライズされていく時期になります。

加えて、同時に証券審査の対応を行うわけですから、てんやわんやです(笑)。毎日何かの期限に追われる"日雇い状態"となり、先を見通す余裕もなくなっていました。

*予備申請:証券審査の完了を待たずして東証に上場申請を行うもの。証券審査の最終フェーズと東証審査の最初フェーズが並行する形になる。通常は株主総会開催や会計監査の期間の影響から行うことが多く、スケジュールの短縮のために使う例は多くないと思います。

東証審査プロセス

世の中でリスクとして考えられていることに、先んじて、大きく対処する

東証審査は、マザーズ市場の場合約2ヶ月間でヒアリングが3回、規程まわりや事務フローなどの内部管理体制、法的規制、Ⅰの部(上場申請のための有価証券報告書)の記載や予算策定・事業計画等を主な論点として行われます。これらに加え、東証審査では「世間で今リスクとして認識されていること」が重要な論点になるという印象を受けました。

2019年3月の時は個人情報保護法関係が大きな論点になりました。当時、個人情報の同意を得ない活用事例などがあり、それらが世の中的に注目を浴びていたことと関連していると思います。2020年9月申請の時にはcookie規制が話題になっていましたが、この点についても細かく質問を受けました。

当時は個人情報保護法の改正法案が話題になっていましたが、あくまで今後の改正の方向性が示されただけであり、企業に対して明確に新たな対応を要求するようなものではありませんでした。しかし、「法的に問題ない」ということだけでは上場会社のリスク管理として十分ではなく、東証としてもその考え方なのだと思います。

このように、東証審査においては、その時々の「いま世の中で認識されているリスク」が申請会社の事業に無関係でない場合には、世の中の動向とその問題について会社自身がどう考え、どういった対応をしている(検討している)のか、というポイントを押さえておくことは大事なことだと考えています。

また、こうした世の中の動向・トレンドから会社の事業への影響について過度な不安を与えずに正しく理解をしてもらうためには、事業環境やビジネスモデル、事業を取り巻く法規制における自社の立ち位置、スタンスを明確にし、それを東証に理解してもらうことが重要であると思います。

3回に渡る事務局ヒアリングと役員面談は完了し、上場承認直前(社長説明会の直前)までいたりましたが、2019年4月、諸般の事情により申請を取下げることになりました。東証審査は中止され、1年5ヶ月後に改めて申請をするにいたります。

主幹事証券の交代と共同推薦体制での再申請

共同推薦体制は負担増よりもメリットが大きい

上場申請を取り下げ、本プロジェクトは仕切り直し。改めて証券会社体制から検討し直すこととなりました。

再スタートした証券体制では、"共同推薦"証券という形を取りました。東証へ上場申請を行うには、申請会社が上場企業足り得る会社であるということを証券会社より「推薦」してもらうことが必要です。この推薦に先立ち、証券会社が審査を実施するわけです。

しかし、推薦証券が1社である場合、仮にその1社が降りた場合、推薦証券不在となり、プロセスもやり直しをするほかなくなります。そうなれば、申請会社としてはその"1社"に依存せざるを得なくなります。このような状態を避け、いざという場合でもプロセスを止めないため、証券会社2社がそれぞれ推薦できる体制として、共同推薦を選択しました。

2社がそれぞれ単独で推薦可能な状態であることが必要なので、証券審査も2社から受けることになります。

2社から審査を受けることによる負担は多少増えますが、我々の負担を考慮してくださり、それぞれの引受審査部門が連携し質問を取りまとめてくれたり、ヒアリングも同時に実施されるため、負担が倍増するといったこともありませんでした。

さらに公開引受部門も各社ついてくれるため、それぞれの意見をいただくことができますし、東証審査に向けては非常に厚みのある準備が進められたと思います。

2度目の東証審査・上場承認

審査プロセスは気付きの宝庫

2020年5月、申請取下げ後の状況説明とともに、再申請を行うことについて、東証に意見をもらう場として事前相談を行いましたが、証券会社の意見も踏まえ、上場日をリスケジュールし予算を上回る実績を積み上げた上で、2020年9月にようやく再申請を行いました。

残る論点は事業計画の妥当性・黒字化の蓋然性です。1度申請しているので、当時提出した事業計画を東証は見ているのです。1度目の申請時の予算と2度目の申請時の予算の差分は相当大きく、社長面談に同席した際、東証から「前回申請時の計画のまま上場していたら大事故になっていた」とまで言われる始末でした。

1度申請を取り下げて新しい体制でリスタートしていても、審査プロセスはリセットできるものではありません。求められるのは前回申請時の事業計画と今回申請の事業計画との差分の要因についてです。この点については、公開引受部門と共に綿密に事前準備をして望んでいました。

この過程で「計画修正の経緯説明について、経営判断の一貫性、変わらない経営ポリシーが重要。経営判断自体の変更と捉えられれば、東証は変更後の実績進捗の確認タイミングを考え始めてしまう。パッチワーク的に説明することのないようにする必要がある。」とアドバイスをいただいたことが大きな気付きになりました。

事業計画の妥当性・黒字化の蓋然性についての質問は、細部まで検討された洞察的な質問も多いですし、未達に終わった理由の説明も本当に苦しいものが多く、しんどかったです。そういった中で自分が個別の計画修正の内容、差分の説明に終始しており、その前提となる一貫した経営判断への理解が抜け落ちていたことに、ここで気が付きました。

この気付きは経営戦略に対する自身の本質的な理解を深めるとても重要なものになりました。苦しいと感じていた説明も、自身の理解不足からきていたものであったのだとわかりました。ある種義務的にこなしていた審査対応のプロセスも、自分自身の事業、経営戦略への理解を深めるための貴重なプロセスでもあるのだと気が付きました。

こうした気付きのおかげで、予算管理、管理会計としての分析・モニタリングのレベルが上がり、取締役会での月次報告等にも活かせていると感じています。

東証審査とそれに向けた証券審査という一連の審査プロセスを組織や事業にとってマイナスに捉えている方も多いと思います。しかし、僕自身このプロセスを通じて自社理解が深まりましたし、会社にとっても適度な危機感やストレスがかかることにより、従来のやり方や仕組みを進化させ、事業の成長を加速させることに繋がっていくものだと思います。

2度目の審査は順調に進み、2020年11月に無事、上場承認をいただくことができました。承認された旨の連絡は、予定日当日の午前中に東証から来ることが多いらしく、我々の場合も当日の午前中でした。

審査プロセスは終えていても、「はい承認です」と言われるまでは達成感は感じにくいですし、気持ちを次のロードショーや上場関連書類に早めに向けていきたいので、せめて前日、いや1週間前くらいには内定連絡が欲しいなと感じてしまいました。

2020年11月12日に上場承認の連絡を受け、同日にローンチされると、前職の諸先輩方や友人らからメッセージが来るので、少し浮ついた気分にもなりましたが、その翌週からはロードショーが始まったので、そんな想いに浸ることもなく、上場日までの1ヶ月は過ぎて行きました。

まとめ


かなり長くなってしまいましたが、上場準備の開始から上場承認に至るまでを思い返しながらnoteを書かせていただきました。準備の開始が2018年5月、上場承認が2020年11月ですので、2年半程度かかったプロジェクトということになります。

プレイドにとっても創業以来最も大きなイベントの1つになったと思いますし、僕個人としても非常に貴重な経験ができたと思っています。またプロセスを終えたことで、自分自身の思考も大きく変わりました。監査法人出身ということもあり、上場準備は必要な管理体制を淡々と整えていくもの、審査の過程での負もあるがこれは上場コストとして割り切るものだと考えていました。

実際は、淡々と体制を作るだけでは実効性のないものになりますし、組織への影響も割り切れるほど小さく無いことが多いです。

上場準備・審査プロセスを経ての学びとしては、主に以下の3つであり、プロセスの前後で大きく意識が変わった部分だと思っています。

1.求められること全てを盲目的に受け入れず、背景にある本質的な課題を意識し組織文化や価値観を体現すること
2. 証券会社は発行体の思いに応えられる術を持っていて、サポートしてくれる。慣習に囚われずにお願いしてみること
3.審査プロセスは負の側面が多いと考えられがちだが、会社、個人の双方にとって組織や事業、戦略のブラッシュアップの機会になる

上場というイベントは会社にとっても大きいものだと思いますので、相応のプレッシャーを感じます。そんな中で膨大なタスクをこなし、同時並行的に対応をしていくには、抑えるべきポイントや失敗しやすい点など、少しでも先が見えていると動きやすいと思います。

今回書かせていただいた我々の証券審査、東証審査の過程での失敗と学びが、少しでもこれから上場準備をされる方々の助けになれば幸いです。
第1回では審査プロセスを中心に記載しましたが、第2回以降の連載でも多くの学びが事細かに語られると思いますのでご期待ください!


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(書き手プロフィール)
小島啓之。1992年4月13日生まれの28歳。新卒で監査法人に入所し約3年半の間、上場企業の金商法監査や会社法監査、内部統制監査、ショートレビューや会計アドバイザリー、IPO支援業務などに従事。プレイドには2018年11月に入社。上場プロジェクトでは、主に証券審査・東証審査対応、決算・監査対応、目論見書等の開示書類の作成等をメインに担当。上場後は決算・監査対応、予算管理を引き続き担当するほか、銀行との折衝や会計システムの見直しの検討などを行っている。



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