見出し画像

【世界旅行18日目】ブダペスト2日目

こんにちは、keish1004です。世界旅行18日目、現地時間で2024/3/9です。
前日と打って変わって一日良い天気で散歩日和でした。ブダペストはドナウ川を境にブダ側とペスト側に分かれているので、それぞれ散歩するのが楽しみでした。
この日の行程は次の通りです。

  • 10時からのペスト側のウォーキングツアーに参加するべく出発

  • ツアーには参加できなかったので、適当にペスト側を散歩

  • 国立美術館を見学し、昼食を取る

  • 14時からのブダ側のウォーキングツアーに参加

  • 夕方から洞窟病院と核バンカーの博物館を見学

  • 一度ホテルに戻り仮眠

  • 夜になりホテル近くのレストランで夕食

前日に購入したブダペストカードの特典で、市内のウォーキングツアーが無料で参加できるため、英語ツアーであるものの何とかなるだろうと午前のペスト側、午後のブダ側両方参加するつもりでいました。ただ、午前については集合時間に間に合わず参加できなかったので、自分で散策することにしました。
前日はブダ側にいたので、ドナウ川越しにペスト側の国会議事堂等は見ていました。特にこれと言って知っているところもないので、有名な鎖橋や国会議事堂、聖イシュトヴァーン大聖堂を見てまわり、鎖橋を渡ってブダ城の中にある国立美術館を散策しました。

セーチェーニ鎖橋

国会議事堂

聖イシュトヴァーン大聖堂

ブダ城

国立美術館は中世~現代まで幅広い美術品が並べられており、じっくり見ようとすると一日かかりになるくらいでした。美術に造詣がない私はさーっとチラ見して一通り見て回るのがいつものパターンです。チラ見でも中には「おっ」と思うものがあるので、そういうものはじっくりと見る感じで緩急をつけています。美術の知識があれば違うのかもしれませんが、美術といっても非常に幅が広いので、他の皆さんがどういう風に美術館を見て回っているのか、一度聞いてみたいものです。

国立美術館を見終わってから昼食にしたものの、午後のツアーが14時からであまり時間がなかったので、カフェでサンドイッチを買って食べました。

さて、午後のツアーには15分前くらいに集合場所に行きました。午前のツアーもだけどブダペストカードの付属ガイドには大まかな集合場所しか書かれておらず、どのようにガイドさんと落ち合えばいいのか、そもそも事前申し込みが必要かどうか、も書いて無く集合場所に行ったとて参加できるかどうか不安でした。ただ、現地に着くとガイドさんらしき人がガイドツアーという紙を持って立っていたので、ウォーキングツアーで合ってますか?と尋ねて受付をし、無事参加できることになりました。
ウォーキングツアーはブダ側だけで約2時間、建物等の中には入らず外から見ながらガイドさんが説明をする形式でした。英語ツアーなので、他の参加者は英語ペラペラで雑談している状況で、私は一人黙々と着いていく感じになりました。ガイドさんの英語はややクセがあり、かつ周りの騒音が大きくて結局よく聞き取れず内容は分かりませんでした。
今回に限らず海外では英語の説明が多いので、ガイドであれば聞き取れたり、説明書きであれば読み取れたりするともっと楽しめるのだろうに、と思うものの、なかなか英語力は向上しないのが悩ましいところです。

ウォーキングツアーが終わった後はホテルに戻り、あまりに疲れていたのでラウンジでケーキを食べました。ヒルトンのラウンジだけあっておいしいはおいしいもののそれなりのお値段にはなりますね。そこらへんのカフェやケーキ屋さんのケーキでも同じくらいおいしいものはあるのに、と思ってしまいました。

おやつに食べたレモンケーキとラテマキアート

その後、興味があった洞窟病院と核バンカーの博物館に行きました。

Hospital in the Rock

ブダ側の台地は昔から洞窟がたくさんあり、倉庫等で活用されていたものの、100年くらい前に細かく分かれていた洞窟を大規模につなげて病院として活用する計画ができ、建設が始まったそうです。そうこうしているうちに第二次世界大戦が始まり、すぐに救急病院として稼働することになり、洞窟病院の中は収容人数の数倍の病人を詰め込んだ状態になったそうです。展示としては蝋人形で当時の様子が分かるようになっていました。カメラは禁止なので写真は撮っていませんが、生々しいケガや手術の様子が再現されていて、リアルであるものの気持ちよく見られるものではなかったです。
戦後ハンガリーはソビエトに占領されて共産国になりました。米ソ冷戦下でアメリカからの核攻撃があった際の備えが必要とされたため、地上が核攻撃されても地中深くであれば攻撃に耐えられるということで、攻撃を受けた際の避難かつ地上が収まるまでしばらくの間中で生活をするための核バンカーとして改造されることになりました。核物質を遮断する分厚い扉が入口に設置され、内部には空気や水のろ過循環装置が設置され、除染用の防毒マスクや完全防護の防護服が展示されていました。主にこの施設は近くの病院の医師や看護師で運営されていたので、冷戦が終わるまで毎年、攻撃を受けた際の対応訓練を秘密裏に実施していたそうです。また、広島や長崎の核攻撃の被害を伝える展示もあり、先の病院の展示も相まって悲惨さにたまらなくなりました。こちらも英語ガイドでしたが、学生さんみたいな子が説明してくれたせいかまだ分かりやすい英語でした。

少し気分が悪くなったので、ホテルに戻り仮眠をし、その後夕食に出かけました。

Ramazuri Bistronomy

ハンガリー料理のレストランで、味はおいしく量はかなりボリューミーですが価格はまあまあでそこそこコスパはよいお店でした。ガラス張りの店内は外の景色がよく見れて、少し暗めの照明もあり落ち着いた雰囲気でした。20時半くらいに行ったのですが家族連れや旅行客で7割方のテーブルは埋まっていたので、人気があるお店だと思いました。
かぼちゃスープとメインに鶏の煮込みとマカロニのチーズ和えみたいな料理を頼みました。スープについてはテーブルで目の前でお皿に入れてくれる演出があったり、メインを持ってくるときも気さくに話しかけてくれたりいい雰囲気の対応をしてくれました。また機会があれば行きたいと思うお店でした。

また、この日のトラブルは次の通りです。

  • 10時からのペスト側のウォーキングツアーの集合時間に間に合わず、到着したころには誰もいなかった。起きる時間が30分遅くなってしまったので、出発時間がそのままずれたのが原因。前日は移動もあって疲れていたので仕方ないか。ただ、午後に参加したブダ側のツアーとガイドさんは同じ人がやっているみたいなので、無理に参加しなくてもよかったかもしれない(たぶん英語が聞き取れなくてよく分からないから)。

  • ホテルで洗濯物をクリーニングに出すつもりだったが、土日は受け付けていないことが判明。この日は土曜日で、翌々日がチェックアウトだからこの日か翌日の日曜日にクリーニングに出せればベストだった。ただ、ホテルのクリーニングは高いので値段が気になっていたのは事実。また、ホテルの近場にはコインランドリーはないので、やむなく下着のみ部屋で手洗い&ハンガーで乾燥することにした(下着以外は何とかなりそう)。ユニクロのエアリズムなので乾きやすいとは思うが、念のためセームタオルで水気を吸い取り簡易脱水。翌日一日で乾けばよいが。。。

この日はここまで。続きは19日目になります。ブダペスト名物の温泉にいざチャレンジ。夜はハンガリー名物フォアグラのお店を予約しており、ハンガリー最終日も楽しみです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?