書評:岡室博之・西村淳一著『研究開発支援の経済学』(経セミ2023年8・9月号より)
評者:服部昌彦(はっとり・まさひこ)
高崎経済大学経済学部准教授
イノベーションが創出される社会を目指して
本書は日本におけるさまざまな研究開発支援の政策とその成果を明らかにしている。想定されている読者は研究者、政策担当者、中小企業支援に関わる実務家などである。一方で、研究開発を目指す政府を、ある集団のスキルアップを目指す人と読み替えれば、幅広い読者にとって有益な情報がまとめられているのではないだろうか。
企業の研究開発活動には公的支援が必要である。なぜなら、研究開発により新技術や新製品が生まれると、それをヒントに他企業の新技術や新製品の開発が促進されるためである(知識のスピルオーバー)。ある企業の研究開発の成功は1企業の利益を越えて広く社会的な利益につながるため、社会全体の利益を確保するという観点から公的支援が必要となる。
しかし、政府は限られた予算と人材しか持たないため、さまざまな政策を評価し、効率的に支援を行うことが求められる。著者は自らアンケート調査を行い、綿密なデータ分析(DID、パネル固定効果分析、傾向スコア・マッチング、操作変数法、GMM)によって政策評価を行ってきた。企業の研究開発に関わるデータは非常に限られているが、多くのアンケート調査に基づいて適切なデータ分析を行った本書の内容は非常に画期的である。
知識のスピルオーバーがあるため、研究開発支援政策の評価は非常に難しい。第3章では政策の対象となった企業の顧客企業データを用いて、スピルオーバー効果も含めた政策評価がなされている。産学官の共同研究開発事業(コンソーシアム)について、参加企業の付加価値額増加分だけでは、政策費用を下回ったが、スピルオーバー効果も含めると政策効果が費用を上回ったと評価されている。また、コンソーシアム参加企業については中小企業のみ経営成果が向上している一方で、スピルオーバーによる利益は主に大企業に発生しているとされている。中小企業に対するコンソーシアム事業の有効性が明らかにされ、スピルオーバー効果により政策効果が過小評価される可能性が示唆される。
研究開発支援政策の成果を向上させるためには、制度の設計が重要である。第5章では公的研究機関によるコンソーシアムにおいて、プロジェクトリーダーのリーダーシップが強いほど、また、政府の監視・評価が強いほど特許の出願や技術知識などのイノベーション成果を高めることが示されている。これら2つの効果は補完的であり、政府は補助金を出した後もコンソーシアムの統制を行うことが重要である。その他にも、公的補助金によるイノベーション成果を製品イノベーションと製法イノベーションで比較した分析(第4章)や、産業クラスターにおける広域ネットワークの重要性(第6章)、補助金政策よりも研究開発のネットワークの形成を支援する政策の効果が大きい(第7章)、といった幅広い分析が示されている。特に最後の点について、研究開発に関する企業同士のネットワーク形成は利害関係の調整等により困難が予想されるが、ネットワーク形成に対する政府の仲介がイノベーションに効果的で費用も少ないといった非常に重要な指摘がなされている。
本書では研究開発支援政策の成果をデータ分析によって明らかにしているが、重要な研究課題にもかかわらず日本ではこの分野の研究が少ない。そのため、日本語で読みやすく書かれた本書は非常に貴重である。少子高齢化の社会ではイノベーションがますます重要になってきているので、関心を持たれた方はぜひ本書に触れていただきたい。
■主な目次
*『経済セミナー』2023年8・9月号からの転載。
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