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マクロ経済分析の必須ツール=数値計算への招待!(『定量的マクロ経済学と数値計算』はしがき公開)

北尾早霧砂川武貴山田知明 [著] 『定量的マクロ経済学と数値計算』が発売になりました!(2024年6月17日発売)

この note では、本書の「はしがき」を公開 しています。
本書の特長、ねらい、全体像の紹介はもちろん、執筆の背景や本書に込めた著者たちの想いがまとめられています。ぜひご覧ください!
(【こちら】から、「はしがき」と「目次」をPDF形式でもご覧いただけます!)


はしがき

■ 本書の目的

本書の目的は、今やマクロ経済学者にとって標準的な分析ツールの1つとなった「数値計算」の基礎的理解と、その応用方法を解説することにあります。著者の一人である山田が数値計算の勉強を始めたのは2001年、一橋大学大学院修士課程2年のときでした。一橋大学経済研究所の阿部修人先生と、当時一橋大学大学院経済学研究科に在籍していた工藤教孝先生から数値計算の勉強会に誘われたのがきっかけです。マニアックな分野だな、というのが当時の印象でした(実際は2001年当時、すでに数値計算を用いた定量的マクロ経済学の論文は一流学術誌に多数掲載されていましたが)。それから20年以上(!)が経過して、いつの間にか数値計算はマクロ経済学者にとって欠かせない分析ツールの1つになりました。

マクロ経済学は様々な経済政策と密接に関わる分野です。そのため、定性的な分析だけでなく、政策判断のために定量的な分析が求められる場面が多々あります。「定量分析といえば計量経済学だろう」と思われるかもしれませんが、よりダイレクトに理論的性質が持つ影響の大きさなどといった定量的側面を知りたいというニーズは強くあります。近年では中央銀行を中心として、ニューケインジアン・モデルと言われる理論的フレームワークが政策の現場で用いられることもありますが、この解法を理解するためには数値計算に関する知識が必要になります。

現在のマクロ経済学研究のフロンティアにおいて、数値計算はすでに市民権を確立していると言ってよいと思います。しかし、テキスト、それも日本語のテキストにおいては扱われ方が非常に限定されています。数値計算が必要になるのは主に大学院レベルの教育だから英語のテキストだけで十分だろうという意見もあるかもしれませんが、日本語のテキストが存在していることによって学習するための敷居が低くなるという効果もまた大事だと著者たちは考えています。

また、本書の特徴の1つに「異質性のマクロ経済学」に多くのページを割いているという点が挙げられます。現在の上級レベルのマクロ経済学をよくご存知の人であれば、代表的個人モデルという言葉を聞いたことがあると思います。文字通り、マクロ経済において一人の経済主体が意思決定しているかのような想定をしたモデルで、現在のマクロ経済学の根幹を成すものです。著者たちは代表的個人モデルそのものは大事だと理解していますし、それに基づいて様々な有意義な分析がなされているのも事実です。一方で、代表的個人モデルでは分析できない経済現象も数多くあります。たとえば、経済格差や世代間の不平等など、様々な属性を持った異質な個人や企業が集計されたマクロ経済においてインタラクションをしているような状況です。こういった状況を、理論モデルの数式だけで分析するのは非常に困難です。往々にして、手計算では解が得られないほどモデルが複雑になってしまうからです。そういった困難さを解決する手段の1つが、数値計算を用いて近似的に分析することです。本書の後半では、実際に様々な定量的マクロ経済モデルを用いて、経済格差や社会保障、異質な経済主体が存在する状況での金融政策などに関する分析を紹介しています。

本書をきっかけにして定量的マクロ経済学を知り、そこから研究や政策の現場で活用していっていただければ、著者として何よりの喜びです。

■ 前提知識と本書と読み方

本書は、経済学系の大学院修士1、2年生と意欲的な学部上級生を主なターゲットとして想定して書かれています。そのため、中級レベル(=学部上級生レベル)のミクロ経済学・マクロ経済学の知識は、ある程度身に付いていることを想定しています。もし前提知識に不安があれば、中級レベルの教科書は数多く出版されていますが、

をお勧めしておきます。なお、本書を読み進めるうえで統計学と計量経済学の知識は基本的には不要ですが、確率論の基礎的な知識があると理解が深まります。

大学院で経済学を学ぶ場合、通常、修士1年生で上級レベルのマクロ経済学・ミクロ経済学・計量経済学をコースワークとして履修することになります。ここでよく言われているのが、学部レベルのマクロ経済学と大学院レベルのマクロ経済学のギャップです。ミクロ経済学や計量経済学の場合、学部レベルから大学院にステップアップをすると、数学のレベルや抽象化の程度は高まるものの、基本的にはこれまで学んできたことの精緻化・一般化という形であり、内容そのものは学部で学んできたことの発展です。ところが、マクロ経済学については、学部で学んできたことと大学院で学ぶ上級マクロ経済学の間には内容そのものにギャップがあります。多くのマクロ経済学者はこの点を憂慮していて、このギャップを埋めるべく様々な良書が出版されていますが、それでも上級マクロ経済学を理解するのに苦しむ人がいるようです。本書は、上級マクロ経済学を履修する際の副読本、あるいは修士2年生におけるトピックコースの教科書としても用いることができます。特に、本書の第章から第章までの内容は、上級マクロ経済学の序盤で出てくる動学的最適化問題(ラムゼイ・モデル)の解説と重複しているため、一緒に読むことによって理解が進むのではないかと思います。

修士2年生、あるいはそれ以上で学術論文を書くことを想定して本書を読む場合、第章で紹介している内容の一部(動学的最適化)はすでにおなじみのものになっているはずです。そのような読者は、実際に動学的最適化問題をどのように数値計算で解くかについて、自分でコードを走らせながら理解を深めるとよいでしょう。あわせて、第章以降で紹介をしている様々な定量的マクロ経済モデルの中から自分が関心のあるものを選んで読んでいくというスタイルが効率的だと思います。また、本書では紙幅の都合もあり、現代のマクロ経済学のフロンティアを網羅的に説明しているわけではありません。本書と同程度の前提知識があれば、補完的な知識を得るためには、

が同じく上級マクロ経済学のテキストの副読本として適していると思います。また、本書を読み通したあとは、英語になりますが、

にチャレンジしてみるのもよいでしょう。本書でカバーしている分野(を含む、上級マクロ経済学)の代表的テキストです。

一方、意欲的な学部生にもぜひ本書にチャレンジをしてもらいたいと思っています。個人的な経験になりますが、著者の一人である山田が学部生時代に読んで印象に残っている本の1冊に、岩井克人先生と伊藤元重先生が編集した『現代の経済理論』(東京大学出版会、1994年)があります。今や各分野の大家となった諸先生が分担執筆をした超豪華なサーベイ論文集です。当時の私が各章の内容をしっかり理解できたとはとても思えないのですが、背伸びをして眺めた研究のフロンティアにわくわくしたことは、今でも鮮明に覚えています。すべてを理解できなくても、新しい世界にチャレンジすることは無駄にはなりません。卒業論文やISFJ(日本政策学生会議)のような学部生のための研究報告会に向けて論文を書こうとしている学部上級生は、まずは第章に目を通したあと、第章をしっかり読んでください。第章は基本的に学部レベルのミクロ経済学の知識があれば読み通せるはずです。そのうえで、数値計算にもチャレンジしてみたい場合には、巻末の付録Aを読みながらコードを サポートサイト (http://quant-macro-book.github.io) からダウンロードして、自分で手を動かしてみるとよいでしょう。最初は意味不明なことが多くても、パラメータの値を変えて結果が変わるということの繰り返しから何かの関係性を見出して、そこから現実と関連付けていければ、おもしろい発見につながるかもしれません。

本書は数値計算の本なので、もしかしたらプログラミングの技術を学ぶための本であると誤解する人もいるかもしれませんが、この本の中にはプログラミング技術そのものは一切出てきません。また、本書を読むうえでプログラミングに関する前提知識は不要です。サポートサイトからコードをダウンロードして、本書の内容とあわせて一から勉強していけば十分です。一方、数学については、学部レベルの経済数学の知識、たとえば微分や線形代数については理解しているものとして解説を行っています。

本書のサポートサイトのイメージ
このサイトから、コードがアップされたGitHubリポジトリの各所にジャンプできます

■ 謝辞

本書は、『経済セミナー』で2018年12月・2019年1月号から2020年2・3月号まで計8回にわたる連載の内容を大幅に加筆修正したものになります。しかし、実は、著者の一人である山田が(大学院時代の同級生でもある)日本評論社の道中真紀さんから本書の企画のお話を最初にいただいたのはもっと前でした。その後、連載のお話をいただいた際に、北尾早霧先生と砂川武貴先生にも加わっていただき、現在の形になりました。大げさでも何でもなく、お二人に加わっていただいたことにより、本書の完成度は最初の計画よりもはるかに高くなったと確信しています。

書籍化に向けて大幅な加筆修正を加えたため、連載終了後からかなりの時間が経ってしまいました。その間にも「連載の書籍化を期待している」というお声がけをいただいたのは、本当に励みになりました。本書のドラフトに対して、多くの方々に様々な形でコメントをいただきました。 阿部修人、稲葉大、工藤教孝、柴山克行、鈴木史馬、鈴木通雄、千賀達朗、高橋修平、辻山仁志、敦賀貴之、西山慎一、楡井誠、奴田原健悟、蓮井康平、蓮見亮、日野将志、向山敏彦の各先生からは様々なコメントやアドバイスをいただきました。もちろん、残っているすべての誤りは著者たちの責任です。

また、鈴木徳馬、小野泰輝、小金丸稜平の各氏はリサーチアシスタントとして草稿の段階から丁寧に読んでいただいたうえ、GitHub上に公開しているPythonやJuliaのコードの一部も書いていただきました。もちろん、こちらについても残りうる様々な誤りはすべて著者たちの責任です。

普段本を読んでいて編集者への謝辞が書いてあるのはよく目にしていましたが、実際に自分で本を書いてみて、編集者の役割がいかに重要かを理解しました。日本評論社の道中さんには本書の企画化から『経済セミナー』連載まで大変お世話になりました。同じく日本評論社の尾崎大輔さんには書籍すべてに目を通してコメントをいただいたほか、本書が$${\LaTeX}$$ で書かれていることから技術的な面まで大変お世話になりました。

研究者はどうしても就業時間(そのようなものがあるのかわかりませんが)内にすべての仕事を終えることができないようです。そのため、夜や土日・祝日の合間に本書の執筆作業をすることになってしまいました。そのような状況でも協力をして支えてくれた家族に感謝の意を伝えたいと思います。

2024年2月

著者を代表して
山田 知明


■ コード等を提供するサポートサイトのご案内

本書の中ではコードに関する直接の解説を行わない代わりに、各コード内、あるいはnotebook形式で、コードの詳細を解説しながら書籍内の説明やアルゴリズムとの対応を確かめつつ、読み解いていくことができるように工夫しています。

下記の note では、本書のサポートサイトのご案内を詳しく記載しています。ぜひあわせてご覧ください!

■ 主な目次

第Ⅰ部 数値計算の基礎
 第1章 数値計算ことはじめ
 第2章 2期間モデル・3期間モデルと数値計算の概観
 第3章 動的計画法
 第4章 オイラー方程式と時間反復法
第Ⅱ部 応用編
 第5章 格差をどう説明するか——ビューリー・モデルによるアプローチ
 第6章 ライフサイクルで考えるマクロ経済——世代重複モデル
 第7章 ニューケインジアン・モデルの新展開
 第8章 定量的マクロ経済学のフロンティアを覗いてみる
付録
 A 使用したコードについて
 B 数値計算の理論
 C 自己回帰確率過程の離散近似


サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。