見出し画像

2023年ノーベル経済学賞はジェンダー格差の構造を経済史・経済学的アプローチしてきたゴールディン教授!

2023年のノーベル経済学賞が発表されました!
クラウディア・ゴールディン教授(ハーバード大学)でした。

授賞理由は、「労働市場における男女格差の主な要因を明らかにしたこと」("She uncovered key drivers of gender differences in the labour market")です。

ノーベル経済学賞では、女性の受賞は2009年のエリノア・オストロム教授、2019年のエスター・デュフロ教授に続いて3人目。女性単独受賞は初

なお、ゴールディン教授は1990年にハーバード大学経済学部に着任。同学部で初めて、女性としてテニュア(終身在職権)を獲得されたとのことです。

ゴールディン教授のご専門は、アメリカの経済史、労働経済学で、歴史的な事実・証拠を丹念に積み重ね、それを現代の分析につなげるという研究です。

2023年ノーベル経済学賞の選考委員長であるJakob Svensson教授は、以下のように述べています。

労働における女性の役割を理解することは、社会にとって重要だ。クラウディア・ゴールディン氏の革新的な研究のおかげで、われわれは今、その根底にある要因や、今後どのような障害に対処すべきか、より多くのことを知ることができた」(“Understanding women’s role in the labour is important for society. Thanks to Claudia Goldin’s groundbreaking research we now know much more about the underlying factors and which barriers may need to be addressed in the future”)

ノーベル財団、経済学賞の "Press release"

このnoteでは、公式の受賞解説で触れられているトピックと、それらに関連する文献、および日本語で読めるまとまった解説や書籍をご紹介します。
エッセンスをざっくりとまとめ速やかにお伝えすることを優先していることもあり、内容が不正確な可能性、または紹介する内容等に偏りがある可能性がありますので、ご容赦ください(もしご指摘をいただけたら、随時修正・追加させていただきます)。


受賞内容をざっくり概観

ノーベル財団のホームページでは、受賞内容とその科学的な背景をまとめた以下の文書が公開されています。1つ目が一般向けのライトな解説(PDFで7枚)、2つ目が専門家向けに研究レビューが丁寧に行われ、受賞者の功績を位置づけ、それに関連する研究も紹介した解説(PDFで40枚!)です。

これらにまとめられている内容を、本当にざっくりとですが、以下のように概観してみました(急いでざっくりとつくったので、記述が不正確な可能性があります。くれぐれもご注意ください)。なお、専門家向けの解説にはさまざまな文献が紹介されています。その一部も、リンク付きで触れています!


労働市場におけるジェンダー格差に関する重要な事実の確立(Establishing key facts regarding gender gaps in labor markets)

  • 女性の労働参加は経済発展に対してU字型に推移:1700年代までさかのぼり、丹念に事実・統計を調べ上げ、女性の労働参加と経済発展の関係性を明らかにしている(Goldin, 1990)。このU字型パターンは、他の高所得国でも確認されている(Mammen and Paxson, 2000; Olivetti, 2014)。

  • 既婚女性の労働参加には近い世代の既婚女性の働き方が影響(コホート効果):18世紀、19世紀は大半の女性が結婚とともに労働市場で働くことをやめていたが、20世紀には労働参加が上昇(Goldin, 1990

  • 男女の賃金・所得格差の変化は、労働参加の収斂よりも遅い:男女間の所得格差は20世紀前半までに収斂してきたが、1980年代以降は停滞している(Goldin, 1990)。

  • 男女間の所得格差を説明するうえでは、「職業内の格差」が重要:歴史的には、人的資本の蓄積や職業間での差が大きかったものの、最近は男女が同じような職業に就いてる際の所得格差が大きいことが要因(Goldin, 2014)。

    • 同じ職業内でも男女間で働き方、賃金の構造が異なるのではないか。職業内で何が起こっているかを調べることが、ジェンダー所得格差を調べるうえで重要。

雇用と収入における男女格差の変遷を説明(Explaining the evolution of the gender gaps in employment and earnings)

  • 女性の労働参加の上昇とともに、既婚女性の労働への社会的な受容も向上:第二次世界大戦中の男性の軍への動員によっても女性の労働参加増は促進され、長期的に影響が残ったといった研究も(Goldin and Olivetti, 2013)。女性の働きやすい(労働時間の柔軟な)仕事が増加(パートタイム労働など)。

  • 「静かな革命」(The quiet revolution):女性の人的資本投資の増加(大卒進学、専門課程への入学の増加。米国では、女性の方が男性よりも大学進学率が高くなっている)。女性の将来のキャリアへの期待が高まることで、若年期の人的資本投資が増大し、実際にキャリア選択も変わっていった。避妊用ピルの普及も重要な役割Goldin and Katz, 2000, 2002などの一連の研究)。これにより、初産・結婚年齢の上昇、キャリア投資の増加。

  • 子育ての影響―なぜ男女格差が残るのか?:女性の学歴が高くなり、専門職課程への参加も男性と同程度となっているにも関わらず、男女の賃金・所得格差が残っているのはなぜか? ライフサイクルを通じた所得格差の動態は、男女で異なる。学卒直後は男女の差はわずかだが、途中で女性はキャリアを中断、所得低下を経験。その後も賃金・所得の差は持続する。男女間の格差は、子供が生まれた後に拡大する(Bertrand, Goldin, and Katz, 2010; Goldin, 2014など)。

    • 子育ての影響の男女差を説明する1つの要因として、「職場の柔軟性の欠如」を指摘。長時間働くことをいとわない労働者はより高賃金で働ける傾向にあるが、子育ての責任を多く負う女性には、それが難しい傾向にある。近年の男女間の所得格差は、労働者の代替が効きにくい(一人の労働者が長時間働く必要がある)職業で大きく、代替可能性の高い職業で小さいことも指摘。

    • 「親になること」が労働市場における男女格差に及ぼす研究その後も拡大。例えばスウェーデン(Angelov, Johansson, and Lindahl, 2016)、デンマーク(Kleven, Landais, and Søgaard, 2019a)、ドイツ(Adda, Dustmann, and Stevens, 2017)など、多くの国で行われている。どの国でも、程度に差はあるものの似たようなパターンが見られる。


専門家向けの解説(リンク)では、上記以外にも、上記で議論されてきたような男女格差の「国際的な背景(The international context)」や、「ゴールディンの研究がもたらす幅広い政策的示唆と将来へのインパクト(Broad policy implications and further impact of Goldin’s work)」についてもまとめられています。

そして、専門家向け解説(Scientific Background)の結びは、次のような言葉で占められています。

ゴールディン氏の研究は、ジェンダーの経済学を経済学研究のメインストリームの分野として確立するうえで中心的な役割を担ってきた。そのようにして、彼女は経済史と応用経済学を相互に豊かなものとするための重要な役割を果たしてきたのである。(Goldin’s work has played a central role in establishing the economics of gender as a mainstream area of economic research. In so doing, she has played a crucial role in cross-fertilizing economic history with applied economics.)

Scientific Background to the Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences
in Memory of Alfred Nobel 2023
, p.33

参考図書・資料の紹介

次に、ゴールディン教授の研究に関連する参考資料をいくつかご紹介します!

まずはタイムリーなことに、2023年にゴールディン教授の著書の邦訳が出版されています。本記事でごちゃごちゃと解説するよりも、素晴らしい書評がすでにいくつも掲載されていますので、そちらもあわせてご紹介します(本書は、すでに他にもたくさん書評があります。版元様のウェブサイトをご参照ください)。

クラウディア・ゴールディン(2023)『なぜ男女の賃金に格差があるのか――女性の生き方の経済学』(鹿田 昌美訳、慶應義塾大学出版会)

続いて、「ジェンダー格差」に関する多様な実証研究をコンパクトまとめた一冊があります。こちらも今年8月に発売されたばかりです!

牧野百恵(2023)『ジェンダー格差――実証経済学は何を語るか』中公新書

以下のような目次で、多くの章でゴールディン教授の研究、それに関連する研究がたくさん紹介されています。

序章 ジェンダー格差の実証とは
第1章 経済発展と女性の労働参加
第2章 女性の労働参加は何をもたらすか
第3章 歴史に根づいた格差―風土という地域差
第4章 助長する「思い込み」―典型的な女性像
第5章 女性を家庭に縛る規範とは
第6章 高学歴女性ほど結婚し出産するか
第7章 性・出産を決める権利をもつ意味
第8章 母親の育児負担―制度はトップランナーの日本
終章 なぜ男女の所得格差が続くのか

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784121027689

日本におけるジェンダー格差に関する研究ももちろん行われていますが、読みやすいサーベイとしては以下の原ひろみ先生(明治大学)によるチャプターが参考になります。

原ひろみ(2017)「女性活躍が進まない原因」、川口大司編『日本の労働市場――経済学者の視点』有斐閣

また、川口章先生(同志社大学)は、長らく日本のジェンダー格差に関するご研究を積み重ねてこられました。以下の1つ目の書籍は、日経・経済図書文化賞も受賞されています!

川口章(2008)『ジェンダー経済格差――なぜ格差が生まれるのか、克服の手がかりはどこにあるのか』勁草書房
川口章(2008)『
日本のジェンダーを考える』有斐閣

『経済セミナー』でも、ゴールディン教授の研究の問題意識(Goldin, Claudia. 2014. "A Grand Gender Convergence: Its Last Chapter." American Economic Review)続く調査・研究を行い、「在宅勤務の隠れたコスト」を明らかにした研究を、奥山陽子先生(ウプサラ大学)にご紹介いただきました!

また、ゴールディン教授の研究は、現在「Child Penalty」と呼ばれる問題に対する研究とも深く関連します。財務省財務総合政策研究所の「仕事・働き方・賃金に関する研究会―一人ひとりが能力を発揮できる社会の実現に向けて」報告書には、ゴールディン教授の研究にも触れつつ議論をまとめた研究がたくさん含まれています。

また、以下の近藤絢子先生(東京大学)のコラムでもこの問題について触れられています。

経セミの以下の記事でも、日本の自治体税務データを活用したChild Penaltyに関する分析をご解説いただきました。

近藤絢子(2023)「自治体税務データの可能性――ライフサイクルを通じた働き方の選択を探る」『経済セミナー』2023年2・3月号

また、以下の研究(”The Child Penalty Atlas”)では、日本も含む世界各国のChild Penaltyを計測しており、大変興味深い内容となっています。世界における日本の位置付けなども確認できます。

Kleven, H., Landais, C., & Leite-Mariante, G. (2023) "The Child Penalty Atlas ," NBER Working Paper, 31649.

最後に、直近のジェンダー格差や家族の経済学に関する議論をご紹介します。たとえば以下で紹介するハンドブックやサーベイ論文を読むと、現在進行形で、さまざまな分野からの研究が進んでいることがわかります:

■おわりに

以上、とりあえずの受賞内容の概要、参考資料などをざっと並べてみました。まだまだ不十分ですので、随時追加できればと思います!

最後に、ノーベル財団で公開されている情報をまとめておきます。

プレスリリース等の情報はこちら:

ノンテクニカルだけど詳細な解説(Popular information)はこちら:https://www.nobelprize.org/uploads/2023/10/popular-economicsciencesprize2023.pdf

テクニカルな専門家向け解説(Scientifc Background)はこちら:

https://www.nobelprize.org/uploads/2023/10/advanced-economicsciencesprize2023.pdf

発表の様子(動画)はこちら:


サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。