政策現場にコロナ分析を提供し続ける経済学者の軌跡!
この note では、仲田泰祐・藤井大輔『コロナ危機、経済学者の挑戦――感染症対策と社会活動の両立をめざして』の内容紹介と、仲田先生による、二人のプロジェクトへの想いが込められた本書の「はしがき」をお届けします。
なお本書は、2023年度・第66回 日経・経済図書文化賞の「総評」(審査委員長である吉川洋先生ご執筆)にて、「本書は、経済学がどのように社会貢献できるかを示す貴重な記録だ」との評価をいただきました。
さて、2021年1月。新型コロナウイルス感染症の感染拡大に対する2回目の緊急事態宣言が発令される中、経済学者である東京大学の仲田泰祐氏と藤井大輔氏は、新型コロナと社会・経済活動の分析を毎週更新し、発表するプロジェクトをスタートさせました。
度重なる感染急拡大と緊急事態宣言、新たな変異株の登場、ワクチン接種の推進、東京オリンピック開催など、数々の重要なポイントで、政策含意の高い分析を提供し続け、二人は政策現場からの信頼を勝ち取り、政府分科会、厚労省アドバイザリーボード、首相官邸、内閣官房、五輪専門家会議等へ分析を頻繁に届けてきました。
両氏の分析は、メディアでも度々報道され、広く一般にも広く伝えられてきました。また、2022年に入ってからは、感染症対策と社会・経済活動の両立をめざすため、コロナ禍で何が起きているかを幅広く分析し、情報を提供しています。
本書では、二人のコロナ禍での経験と軌跡を追うとともに、日本のコロナ政策を振り返り、将来起こりうる危機に備えて何をすべきかを考えていきます。
本書では、仲田・藤井氏の分析を追いかける形で収録したインタビューに基づいて、彼らが分析のエッセンスや、これまでのコロナ政策のあり方、今後なすべきことなどを探っていきます。
また、各章の終わりには二人と深く関わり、分析を活用された方々、リサーチアシスタントとして分析チームに参加した方々にお話をお伺いし、インタビュー形式で収録しています。
主な目次
それでは、仲田氏による本書の「はしがき」を、ぜひご覧ください。
はしがき
■ 本書の背景
2020年初頭に瞬く間に世界中に広がった新型コロナウイルス感染症は、人々の命・暮らしに大きな影響を及ぼしました。そして、コロナ危機への対策として打ち出された行動制限などのさまざまな政策もまた、人々の命・暮らしに大きな影響を及ぼしました。
そんな中、政策現場では「できるだけ科学的な知見に基づいて政策を決定したい」という想いが、一般の人々の間では「採用された政策の根拠が知りたい」という想いが、日を追うごとに強くなっていったと観察しています。どのような政策に関しても同様の想いはあると考えられますが、コロナ危機においては、政府の政策が数日後の自分の生活に大きな影響を与えることもあり、政策と人々の生活との距離が非常に近い状況でした。そのため、こうした想いは平時よりも大きかったのではないかと考えています。
私たちは、2020年の末に「感染症対策と社会・経済活動の両立」を模索する際の参考資料となりうるデータ分析・モデル分析を世の中に提供したいとの想いでコロナ分析を始めました。そして、当初の想定をはるかに超える反響をいただき、政策現場から分析を依頼され、メディアや一般の方々にもご注目いただきました。その背景には、先述のような政策現場、一般の方々の想いの強さがあると考えています。
私たちの分析は、現在(2022年8月)も続いています。2021年春から、私たちの活動を追いかける形で定期的に、雑誌『経済セミナー』の編集部にインタビュー形式で取材していただき、それらの内容をまとめる形で完成したのがこの本です。
■ 本書の目的
この本を執筆した目的は二つあります。
一つ目は、私たちの分析をより多くの方々と共有することです。
過去の分析のほとんどは私たちが運営するホームページ上で公開していますが [1]、この本ではそれらの分析の中でも重要度の高いもののエッセンスを紹介しています。私たちの感染シミュレーション分析は2021年の1月以降、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令・解除の意思決定のたびに、政策現場の方々に届けられてきました。同様に、2021年夏の東京2020オリンピック・パラリンピック開催に際しても、分析が政策現場に届けられました。もちろん、私たち以外のいくつかの研究チームも政策現場に感染シミュレーションを届けてきましたが、私たちの分析を知っていただくことで、コロナ危機において「政策現場ではこういう感じの感染シミュレーションが参照されていたのだな」というイメージを持つことができると思います。そういったイメージを持っていただくことは、読者の皆さまがコロナ危機における政策決定プロセスについての理解を深めるための一助となるのではないかと考えています。
また私たちは、この本の中で何度も言及するように、コロナ禍を通じて、コロナ危機による社会・経済への負の影響が、日々報道される新規感染者数や重症患者数などの感染・医療に関する膨大な情報に圧倒されて、一般の方々にあまり伝わっていないのではないかという危機感を抱いていました。それは現在も同様です。コロナ危機における社会・経済に関する情報が広く共有されていなければ、「感染症対策と社会・経済活動の両立」をバランスよく議論することは困難でしょう。この本で言及されている社会・経済への負の影響に関するさまざまな分析が、コロナ危機の中での社会・経済の状況に目を向けていただくきっかけになれば幸いです。
もちろんこの本では、インタビュー形式ということもあり、分析の詳細については解説していませんし、この本では取り上げていない分析もたくさんあります。しかしながら、この本をきっかけとして私たちの分析に興味を持ってもらえれば、「パンデミックにおける感染症対策と社会・経済活動の両立」というトピックに関する議論が今後さらに深まる一助となりうると考えています。
二つ目の目的は、私たちがコロナ分析を通じて得た経験を、より多くの方々と共有することです。
さまざまな偶然の重なりから、私たちは内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室、首相官邸、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード、新型コロナウイルス感染症対策分科会、東京都オリンピック・パラリンピック準備局といった政策現場に、分析を直接提供する機会をいただいてきました。また、大人数で構成される研究チームを短期間で立ち上げる、それを世の中にタイムリーに届けるためにオンライン(Zoom)で分析の説明会を毎週行う、メディアの方々から取材を頻繁に受ける等、大学に所属する一研究者としてはユニークな経験をする機会をいただきました
私たちが専門とする経済学の分野では、研究成果を直接的に社会に役立てたいという想いをもった研究者が増えています。また海外でも日本でも、ビジネスや政策の現場で経済学の手法を用いた分析を行う、もしくは企業や行政が専門的な学位を修めた経済学者を採用する、といった場面が増えています。もちろん、経済学以外では、すでに研究者がビジネスや政策の現場で日常的に活躍している分野もあるでしょうし、経済学のように社会実装により力を入れたい研究者が増えている分野もあるでしょう。
したがって、私たちの経験は、政策現場に分析を直接提供することに興味のある研究者の方々、研究者と今後積極的に協力していこうと考えている政策現場の方々、そして研究者の分析を世の中に伝えることに関心のあるメディアの方々にとって参考になるのかもしれないと考えています。
■ 想定する読者
ここまで述べてきたことをふまえて、本書は特に以下のような方々にとって興味深い内容を提供できると考えています。
① 研究者と協力することに興味のある政策現場の方々
② 政策現場・一般の人々に分析を届けることに興味のある研究者の方々
③ 研究者による分析を報道することに興味のある方々
④ ①~③の世界に興味のある学生の方々
⑤ コロナ禍における政策決定プロセスに興味のある方々
⑥ より広く科学コミュニケーションについて考えたい方々
■ 謝辞
2021年1月にホームページを立ち上げた際に、「免責事項」と題したページに以下の文章を掲載しました 。
私たちの研究チームが誕生してから、約20カ月が経ちました。その間、声援を送ってくださった方々、愛情を注いでくださった方々、厳しいご批判をくださった方々、それらすべての方々に感謝しています。
短期間で大人数からなる研究チームを構築するためには、研究資金が不可欠でした。研究資金を提供してくださった方々――東京大学、東京大学金融教育研究センター、東京経済研究センター、日本学術振興会科学研究費助成事業、科学技術振興機構社会技術研究開発センター、内閣官房COVID-19 AI・シミュレーションプロジェクト(三菱総合研究所)――に深く感謝いたします。
また、共同研究者の方々、研究チームのアシスタントたち、メディアの方々、私たちの分析を活用してくださった政策現場の方々、ここですべての方々のお名前を挙げることはかないませんが、この場を借りて皆さまに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
本書の作成にあたり、これまで私たちの分析を活用してくださった方々数名からコメントをいただき、関連の深い各章の章末にそれらを掲載しています。ご多忙の中、率直かつ優しさに溢れたコメントを提供してくださった大竹文雄さん、北野宏明さん、久保田荘さん、須江真太郎さん、中村英正さん、服部直樹さん、前村聡さん、村野俊さん、山下英俊さん、脇田隆字さん、和田耕治さんに深くお礼を申し上げます。異なる業種・分野の方々と仕事をする・議論を重ねるという経験には不慣れなところもあり、こちらが迷惑をかけたことも多々あるとは思いますが、それでも長くお付き合いいただき、またそこから一定の信頼関係が生まれたことに喜びを感じています。
今回のコロナ分析は、自分の本来の研究を中断し、これまでのキャリアで培ってきた自分の能力のすべてを尽くして取り組みました。メディアと密接な対話を継続して行うこと、大きな研究チームを率いること、日本の政策立案者・政治家に直接分析を説明すること等、自分にとって初めての経験も多く、戸惑うことも多々ありました。そんな中、常にこの活動に前向きに取り組むことができたのは、家族・友人の支えがあったからです。また、このプロジェクトを遂行する中で、藤井大輔さんからは要所々々で共同研究者という役割を超えた温かいアドバイスとサポートをいただきました。2021年になってから大きく増加したさまざまな事務作業を、前向きな姿勢で迅速かつ的確にこなしてくれた秘書の神亜紀子さんの存在も大きな支えでした。この場を借りて深く感謝いたします。
最後になりますが、この書籍を発案し、すべてのインタビューを担当しつつ、同時に私たちの分析をこの約20カ月間丁寧に追い続けてくださった経済セミナー編集部の尾崎大輔さんに感謝いたします。
2022年8月
著者を代表して
仲田 泰祐
なお、本書の内容の元になっているインタビューのごく一部は、以下のYouTubeからご覧いただくことができます。以下の動画でも、コロナ分析をスタートさせた動機、両氏の分析の意義と使い方などをご紹介いただきました。本書とあわせて、ぜひご覧ください。
サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。