感染症・公衆衛生の専門家との対話(仲田泰祐・藤井大輔インタビュー)
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感染症・公衆衛生の専門家との対話(仲田泰祐・藤井大輔インタビュー)

経済セミナー編集部

『経済セミナー』2021年8・9月号から始まった、仲田泰祐・藤井大輔先生によるプロジェクト「Covid-19と経済活動」に関するインタビューシリーズ「政策と経済学をつなぐ」。ここではその特別編として、仲田・藤井先生と感染症・公衆衛生の専門家の先生方とのインタラクションをまとめた記事をお届けします!

はじめに

緊急事態宣言の発令と解除、変異株、ワクチン接種などを考慮した見通しの提示、東京オリンピック・パラリンピックが感染に及ぼす影響の分析など、さまざまな情報を発信し続けている仲田・藤井プロジェクト「Covid-19と経済活動」。

本稿では、その背後に感染症・公衆衛生の専門家との間でどんな交流や対話があったのかを詳しく語っていただいた。

1 感染症・公衆衛生の専門家との対話のはじまり

―― 新型コロナの問題に当初から関わっている感染症・公衆衛生の専門家の方々と仲田・藤井先生がどのようなインタラクションをとりつつプロジェクトを進めてきたのか。まずは交流のきっかけとなった出来事から教えてください。

仲田 最初のきっかけは、私たちの分析が国会の予算委員会で取り上げられ、メディアで紹介され始めた2021年2月中旬頃に、公衆衛生学を専門とする和田耕治先生(国際医療福祉大学教授)が連絡をくださったことです。感染症・公衆衛生の専門家の方々が毎週日曜日の夜に開催しているオンライン勉強会に出席して、私たちの分析についてプレゼンしてほしいというオファーでした。

もちろん私たちはこのオファーを快諾し、勉強会では「東京都の緊急事態宣言解除基準となる新規感染者数のシナリオに基づく感染状況と経済活動の見通し」を発表し、意見交換する機会をいただきました。私たちがこの問題に関して感染症・公衆衛生の専門家ときちんと対話することになった最初の機会はこの勉強会でした。

ここにはかなり丁寧に準備をして臨み、結果として私たちの伝えたいメッセージを受け止めていただき、評価してもらうことができたのではないかと思います。実は、このプレゼンには大竹文雄先生(大阪大学教授)も参加されており、経済学サイドの分析がうまく伝わったとの手応えを感じてくださったようでした。

―― 具体的に、どのように受け止められたのでしょうか。

仲田 まず押さえておきたいのは、感染症・公衆衛生にはいろいろな分野がありますが、その中で数理モデルを扱う分野の研究者は現在の日本では非常に限られているという点です。具体的には、ゲノム解析、保健所で活用するマニュアル整備、現状のモニタリング、疫学調査の設計など、現場に近いところで実務・研究に取り組んでおられる方が多く、疫学のモデルに精通した方は必ずしも多くありません。私たち経済学者のように数理モデルを使った分析をする世界からは、専門としては遠い方がほとんどだということです。その中で、私たちの分析が特に新鮮に受け止められたポイントは「数理モデルを使って現実的な見通しを提示しようと試みている」という点ではないかと思います。

加えて、現実的な想定を置いて中・長期的な見通しを提示したうえで、感染症対策と経済活動の両立を探るという内容自体にも関心を持っていただけたのではないかと感じています。

藤井 もちろん、日本の感染症学界の中にも数理モデルを用いた分析を専門とする方々はいらっしゃいますが、私たちがプロジェクトをスタートさせた2021年1月の時点では、緊急事態宣言、ワクチン接種、変異株などの要素をモデルに組み入れて、生じうる現実的な想定のもとで予測を示した分析は、ほとんど提示されていなかったと理解しています。

また、私たちの示している見通しが中・長期的なスパンをカバーしているという点も重要です。後にも触れますが、比較的最近までは厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」(以下、アドバイザリーボード)では見通しがあまり提示されておらず、されていたとしてもたとえば「次の30日間」など短期間にフォーカスしたものでした。そんな中、私たちのように数カ月以上先をカバーした長期的な見通しを提示する、そしてそれを毎週更新する、というスタイルが新鮮な形で受け止められたのではないかと考えています。

加えて、私たちがはじめて参加した勉強会で発表した際に示した、「新規感染者数が十分に下がり切る前に緊急事態宣言を解除することは、感染被害をもたらすだけでなく経済に対しても悪影響を及ぼす」というメッセージが好意的に受け取られたという感触もあります。感染症・公衆衛生の専門家の方々からも、「われわれも、まさにそういうことを考えていた」などといったコメントをいただきました。普通は、急に他分野の研究者に入ってこられて何か言われてもすんなりと受け入れるのは難しい面もあると思うのですが、このときは総じて歓迎してくださったような印象を受けました。

2 中・長期スパンの見通しが重要

―― アドバイザリーボードでは見通しがあまり示されてこなかったという点について、詳しく教えて下さい。

仲田 アドバイザリーボードから公開されている資料を見ると [注1]、その大部分は非常に細かい情報に基づいた「現状のモニタリング」です。一方、2021年4月以前までは「見通し」に関する資料はほとんど提示されていません。つまり、一定期間をカバーした予測・見通しを示すような分析の役割は極めて限定的であったと言えます。

[注1] 厚生労働省「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」のホームページでは、過去の会議に関する資料が公開されている。

アドバイザリーボードから「見通し」に関する資料がはじめて公開されたのは、2020年12月10日の会議です。ただそれも、2週間先までという短期的な分析でした [注2]。中・長期的な見通しが最初に示されたのは2021年1月13日の会議で、西浦博先生(京都大学教授)により、その時点から4月末までの見通しがいくつか示されています [注3]。その後、4月に入ると「2週間先」や「1カ月先」といった短期的な見通しを示す分析は徐々に充実してきています。ただし、このような短期的見通しも緊急事態宣言、変異株、ワクチン接種などの戦略策定するうえで重要となる要素がモデルに組み込まれていない機械的な見通しです。とはいえ、それ以前は「見通し」に関する資料がほぼない状態でしたから大きな前進と言えます。私たちが中・長期の見通しを世の中に定期的に提示し始めたのは、そうした状況下だったわけです。

[注2] 「アドバイザリーボード」2020年12月10日の会議で西浦博氏が提出した「資料2-3」を参照。
[注3] 同上2021年1月13日の会議で西浦博氏が提出した「資料2-3-②」を参照。

その後、私たちもアドバイザリーボードで報告する機会を何度かいただきました。最初に提出した資料が公開されたのは6月2日の会議で、「コロナ感染と経済活動の中・長期見通し」と題して、2021年12月までの見通しを示した私たちの分析結果をまとめたものに基づいて報告しました [注4]。また、3月31日の会議にも「座長が出席を求める関係者」として出席し、その際は資料が机上回収となったため公開はされていませんが、とある分析を報告しました。

[注4] 「アドバイザリーボード」2021年6月2日の会議で仲田が提出した「資料3-5」を参照。

このように、モデルを使って中・長期見通しを立て、それに基づいて議論をするということ自体が定期的に行われてこなかったところに、その必要性を訴えた私たちの分析が受け入れられる余地があったのだと思います。その後、私自身は「見通し」の大切さは徐々に浸透してきたのではないかと感じています。6月には、私たちも2日、16日、30日と3回アドバイザリーボードで中・長期見通しを発表する機会をいただいていますし、感染症・公衆衛生の専門家からも西浦先生のチームに加え、古瀬祐気先生(京都大学特任准教授)のチームが変異株やワクチン接種などの動向を考慮した分析に基づいた見通しを示すなど、大幅に増加しました。

―― 中・長期見通しに着目するか否かなどの重点の置き方の違いは、感染症・公衆衛生の専門家と経済学者の考え方や分析視点の相違からくるものなのでしょうか。

仲田 いや、私はそういう問題ではないと考えています。新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックは、100年に1度あるかないかという危機です。こうした有事の際には特に数理モデルに基づく中・長期見通しが重要になりますが、平時は必ずしもそうではありません。他にもたくさんの課題や研究対象があり、現場でやるべきことも山積しているわけですから、こういうきわめて稀な危機に備えて数理モデルに基づいて中・長期スパンで見通しを立てて政策分析をするようなトレーニングを積める体制を整備するのは簡単ではないでしょう。そのため、どうしてもこのような分析を得意とする専門家の育成が進みにくい面があったのではないかと思います [注5]

[注5] 数理人口学、数理疫学を専門とする稲葉寿氏(東京大学教授)も、世界では1980年代後半以降のエイズの流行をきっかけに感染症数理モデル研究が発展した一方、日本では流行が限定的だったこともあり、感染症数理モデル研究の体制構築が進んでこなかったことを指摘している。稲葉寿「感染症数理モデルとCOVID-19」(COVID-19有識者会議ホームページ、2020年12月18日)参照。

一方で、たとえばイギリスにはSPI-M-O(the Scientific Pandemic Influenza Group on Modelling, Operational sub-group)というグループがあります [注 6]

[注6] 藤井大輔・仲田泰祐「アドバイザリーボードによる中・長期見通し」ではSPI-M-Oが示す短期、中・長期見通しが紹介されている。

このグループは、新型コロナに関しても2020年5月から政府や保健省(Department of Health and Social Care)に対し、感染症数理モデルを活用して科学的で質の高い分析を提示し続けており、複数のシナリオ分析を行ってさまざまなリスクを検証し、政府がとりうる戦略を議論するための素材を提供しています。これが可能なのは、おそらくイギリスが疫学研究における世界の最先端であり、また伝統的にイギリスの社会で数理モデル分析に理解があることも理由の1つかもしれません。背後にある医療関連の環境や教育・研究体制がまったく異なる日本で突然同じようにやるのは実際のところ難しかったと思います。

―― 経済学側には中・長期的な見通しを立て、それに基づいて政策分析していくノウハウを蓄積する機会が比較的多かったのでしょうか。

藤井 その点は、特に仲田さんの専門分野です。仲田さんが米国連邦準備制度理事会(FRB)で従事してきた金融政策に関する政策分析は、まさに中・長期的な見通しを提供して政策現場での意思決定に貢献するという営みそのものだと思います。とはいえ、経済学者なら誰でもこういうノウハウを持っているか、トレーニングを積む機会がたくさんあるかというと、そういうわけでもありません。リアルタイムでデータを追いかけながら政策分析を継続して行っていくというのは、それ自体がかなりユニークなスキルだとは思います。

仲田 こうしたモデル分析を政策に最大限活用するためには、その分析をいかに政策現場の人々・一般の人々を含めた非専門家に伝えるか、というコミュニケーションが分析そのものと同じくらい重要です。また、政策に直結することを目指すモデル分析と、学術雑誌に載せるためのモデル分析では、力点が違います。研究と比べるととても泥臭い世界で、純粋な研究や学問の世界とは異なります。FRBでは所属している400人近くの経済学者が、こういった世界で通用する技をオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)で日々学んでいます。そのような「職人技」を習得した人材を「100年に1度の危機」が起きる前に日本で育てておくというのは、現実的には無理だったでしょう。

アドバイザリーボードに提出されているモデル分析のいくつかは、私もコードを含めて丁寧に見ており、分析の欠点を指摘してそれをすぐに修正していただいたこともあります [注7]。他分野ですが、これまで何百何千という数理モデルに基づいた政策分析を見てきた私からすると、実践的な価値を高めるために改善すべき点が多々あると感じます。コロナ危機後には、実践的な感染症数理モデル研究・教育体制の強化、そして専門的な知見を政策現場や一般の人々にわかりやすく伝えることのできる人材の育成に潤沢な予算が与えられることを願います。

[注7] 「アドバイザリーボード」2021年7月21日の会議に提出された「資料3-3」の95~100ページ。

3 経済学は「トレードオフ」に目を向ける

―― 今回、経済学者に特徴的な考え方が際立つポイントとしてはどんなものが重要だと感じていますか。

仲田 経済学が「トレードオフ」に着目する学問だということが重要だと考えています。相反する2つの要素に注目して、いかにして両者のバランスをとるかを考えるというところに、経済学の大きな特徴があると思います。そういった意味で、経済学は「感染症対策と経済活動のトレードオフ」を考えるのに向いている面があるのではないでしょうか。

たとえば、2020年の新型コロナ拡大以降、「SIRマクロモデル」と呼ばれる疫学モデルとマクロ経済モデルを組み合わせたモデルを使った研究が国内外で数えきれないほど発表されています。そして、それらの研究の多くは最適化問題を解いて、あるトレードオフに直面する中での最適な政策とは何かを分析するものです。

ところが、最適化問題を解くというステップは、私たちが調べた限りでは感染症数理モデルの世界ではあまり見られません。それはなぜかというと、おそらく分析の目的が異なるからだと思います。具体的には、経済学の場合は感染被害と経済損失のトレードオフに焦点を当てて分析している一方、疫学の場合は感染拡大リスクを最小化することが目的になっていることが多いわけです。そうなると、最適化問題を解くまでもなく「感染の拡大を最小限に抑えるべき」という方向に議論が落ち着くことになります。だから、経済学で言うところの「最適政策(optimal policy)」のような分析が行われることもないのだと考えられます。「トレードオフを考える」というのは、経済学では当たり前のように行われていることなのですが、他の分野では実は必ずしも当たり前のことではないのだろうと思います。

4 感染症・公衆衛生の専門家とのインタラクション

―― 徐々に先生方の分析・見通しが世の中に浸透していきましたが、その過程で感染症・公衆衛生の専門家の先生方とはどのような交流をされたのでしょうか。

仲田 2021年の3月末以降、感染症・公衆衛生の専門家の方々から、何度か分析依頼をいただきました。その1つが、4月に脇田隆字先生(国立感染症研究所長)からいただいたワクチン配分に関する分析のリクエストです。具体的には、高齢者が1本目、2本目のワクチンをどういうタイミングで打っていくのが望ましいのかについての分析をリクエストいただいて、藤井さんが中心となって2~3週間をかけて、かなり力を入れて分析に取り組みました。結局、一般に公表はしていないのですが、こういう分析は経済学的な分析とは離れたトピックではあるものの、私たちは「数理モデルを扱える者としてベストを尽くしたい」という気持ちだったので、そうしたテーマについても全力で取り組んできました。

この分析に取り組んで以降、感染症・公衆衛生の専門家の方々とのインタラクションが本格化しました。藤井さんを中心に細かな質問を投げかけ、ワクチンの医学的な特性や効果に関する情報の提供や適切な専門家の紹介など、さまざまな協力をいただきました。

藤井 確かに、その辺りから交流が本格化したと思います。メールにも多くのやりとりが記録されていますね。

仲田 たとえば、鈴木基先生(国立感染症研究所感染症疫学センター長)も、私たちからの細かい質問に丁寧に答えてくださり、さまざまな情報を提供していただきました。

―― 逆に、仲田・藤井先生の分析が感染症・公衆衛生の専門家の方々に与えたインパクトとしては、何が大きかったのでしょうか。

仲田 私たちがプロジェクトを始めて最初に提示した分析で、「緊急事態宣言を解除するのは新規感染者数をある程度下げ切ってから」というメッセージが、感染症対策の観点からだけではなく、経済的な観点からも裏づけられたことのインパクトは大きかったのだろうと思いますね。このメッセージはかなり注目され、東京都医師会の方にも何度も言及いただきました。

また私たちは、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、五輪)に関する分析で2つのレポートを出しました [注8]。その中の1つに、「海外からの入国者が感染拡大に及ぼす影響は限定的で、真に気を付けるべきは国内在住者による人流増加である」というメッセージをまとめたものがあります。五輪分析に関するレポートは、公表する前に多くの関係者の方々に目を通してもらってフィードバックを受け、それをふまえて改訂してから公表するというプロセスを経ました。このときにもさまざまなご意見やコメントを関係者からいただきましたが、感染症・公衆衛生の専門家を含めて多くの方々から「非常に参考になる」「これで議論が前に進む」とのお言葉をいただきました。

[注8] 五輪分析に関する資料はウェブサイト「Covid-19と経済活動」の「参考資料」のページで公表されている。そこでは五輪による国内感染への影響を、「直接的影響」と「間接的影響」に分けて、それぞれでレポートをまとめている。
 また、五輪分析の詳細は、経セミnote「五輪分析に込めた想い(仲田泰祐・藤井大輔インタビュー)」も参照。

五輪に関してもこれまでの話と同じで、定量的な分析が何もない状態で議論しても、各人が自分の立場のもとで意見を言うだけになってしまって建設的な議論にはなかなか進みません。定量的な分析がなければ、報道する側も「誰が何を言ったか」「いつ何が決まりそうか」等を報道するしかありませんし、実際に五輪に関してはそのような報道ばかりが見られました。そしてそんな中、自分とは立場の違う人同士がお互いに傷つけあう、という状況が生まれていました。そういう状況下で、私たちが五輪の影響に関する定量的な分析を提示したことで「世の中の空気が大きく変わった」と言ってくださる報道の方もいます。

―― ここまでのお話を伺うと、先生方の分析はおおむね好意的に受け取られたということになるのでしょうか。

仲田 いや、必ずしもそうではありません。他分野の領域に入っていくということは、ともすれば「縄張りを犯す」ということにもつながります。それまでその領域で研究・実務に取り組んでこられた方々がたくさんいて、その分野特有のカルチャーがあるので、その点に十分に配慮することは必要だと思っています。先ほどやりとりを紹介した先生方の方が、もしかしたら例外的なのかもしれません。実際に、一部の方々からは、かなりはっきりとこちらを不快にさせるような発言をされたこともあります。ただ、コロナ危機が始まってからずっと尽力されてきた方々の苦労を考えると、こういった反応が一部から出ることも自然だとは思います。

5 将来起こりうる危機に向けてできること

―― 今回のさまざまな専門家とのやりとりを通じて、経済学者としてできること、さらには今後起こりうる危機への対応もにらみつつ備えるべきこととして、どのようなものがあるでしょうか。

藤井 まず、感染症学・公衆衛生学の分野で、経済学が貢献しうる余地は非常に大きいのではないかということを感じました。私たちもまだまだ分野の全容が把握できているわけではないのですが、先ほども述べたように理論疫学系の分野では動学的最適化問題を解くようなアプローチがほとんど普及していません。そこに経済学に基づく分析を適用することで、新しい発見がどんどん得られるのではないかと思っています。実際に私たちも経験しましたが、ワクチン配分についてフォーマルなモデルで最適化問題をつくって分析しようとすると、かなり難しい問題になります。動学的最適化問題を解くときに不等式制約がバインドしてしまう場合も考慮して分析するなどといったアプローチは、おそらくまだ研究レベルであまり取り組まれていないけれども重要だと思うので、新たな発見につながる可能性があります。

また、こうしたアプローチから導かれる含意が政策的にも示唆に富む可能性もあります。たとえば、「ワクチンの供給に制限がある中で、社会的に最適な配分を実現するにはどうすればよいか」という問題からは、まさにワクチン配布計画を考えるうえできわめて重要な含意が得られるはずです。2020年から経済学分野で非常に多くの研究が行われた最適化問題を含んだ疫学マクロモデルに基づく研究が導く含意には、実務的・政策的にも重要なポイントがたくさんあるだろうと思います。

こういう問題を危機の真っただ中で分析する際には、やはり経済学にカルチャーとして定着している「過去のデータをきちんと精査し、なるべく現実的な仮定のもとで分析する」というアプローチが力を発揮するのではないかと思います。仲田さんが専門とする金融政策の研究で蓄積されてきた成果やリアルタイムでの分析も、今後も多くの貢献ができるのではないかと感じています。

―― 特にアメリカの金融政策の現場では、地道にデータを追いかけ、わかりやすい指標を示しつつ政策コミュニケーションをすることが重視されていると思います。それに関連して蓄積されている研究や経験の成果は、今後も活用しうるものなのでしょうか。

仲田 そうですね。中央銀行では「何を目標とすべきか」という点から議論して、一般に向けてどのようにコミュニケーションすべきかについても非常に慎重に検討して進めていくのが通常です。しかしこれができるのは、やはり何十年もの研究や経験の蓄積が背後にあり、しかも常に継続して取り組んでいるからこそです。先ほども述べたように、新型コロナのような100年に1度あるかどうかというパンデミックに対して金融政策と同じような質の高い分析とコミュニケーションで対応するのは難しい。だから、その場その場を手探りで頑張っていくしかないという面がどうしてもあります。

最後に強調しておきたいことがあります。それは、新型コロナの問題に関与する感染症・公衆衛生の専門家の方々は、この問題に全力を尽くしフルコミットメントで臨んでいるということです。2020年1月以来、もう毎日毎日朝から晩までこのことを考えて、週末も休まずに働いていらっしゃる方もたくさんいます。

加えて彼らは、専門家の間で分析・議論しているだけではなくて、政府の会議に出席してプレゼンをしたり、ご自身たちのチャネル(「コロナ専門家有志の会 | COVID-PAGE」) やマスコミ等を通じて一般の方々に向けて発信したりといった活動にも全力を尽くしています。そうした多大なコストを払って懸命に取り組み、何とか新型コロナを乗り越えようと努力を重ねておられます。たとえば、テレビをつけたら感染症・公衆衛生の専門家の誰かが毎日何かを解説していますよね。立場は違えど、こういう姿勢には敬意を払うべきだと思っています。私と藤井さんはまだ半年しかコロナ分析をしていませんが、それでも精神的に大変な場面を何度か経験し、諦めたくなることもありました。古瀬祐気先生がAbema TVの番組で発言されていたように、精神的に病んでしまった方々がいるのも十分に理解できます [注9]最前線で1年半以上も闘ってこられた感染症・公衆衛生の方々には、感謝と尊敬の気持ちしかありません

[注9]『観客上限数、私たちの提言はほとんど反映されなかった』『心を病んでしまった専門家、距離を置くようになった専門家も』“専門家有志の会”メンバーが明かす政治との“距離”」ABEMA Times、2021年6月22日。

このようにすでに他分野でフルコミットしている人たちがたくさんいる中で、私たち経済学者が何かインパクトを与えたいと思ったら、やはりこちらもフルコミットメントで取り組むしかありません。それができなければ、全く相手にされなくて当然です。このことは、最初に感染症・公衆衛生の方々と関わるようになった段階から強く感じていますし、政治家、官邸、内閣府コロナ室(内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室)、オリパラ事務局の人たちとの交流を通して、さらに強く感じています。そして、私と藤井さんの2人がフルコミットしてもそれだけでは全然足りなくて、やはり大きなチームをつくって分析・発信をする必要があります。採用に採用を重ね、2021年7月現在で27人のチームになっています。

[2021年7月1日収録]

■仲田泰祐・藤井大輔「Covid-19と経済活動」ウェブサイト:

■プロフィール

仲田泰祐(なかた・たいすけ)
東京大学大学院経済学研究科および公共政策大学院准教授。
2003年にシカゴ大学経済学部を卒業し、同年よりカンザスシティ連邦準備銀行調査部アシスタントエコノミスト。2012年、ニューヨーク大学Ph.D.(経済学)取得。
同年より連邦準備制度理事会(FRB)調査部エコノミスト、同シニアエコノミスト、同主任エコノミストを経て、2020年4月より現職。
専門はマクロ経済学、金融政策。『経済セミナー』にて、2020年12月・2021年1月号より「ゼロ金利制約下の金融政策:FRBの政策運営」を連載中。
藤井大輔(ふじい・だいすけ)
東京大学大学院経済学研究科特任講師。
2007年、アメリカ創価大学にてリベラルアーツの学部課程を卒業。その後2009年にハーバード大学にて修士号(統計学)、2014年にシカゴ大学Ph.D.(経済学)を取得。
南カリフォルニア大学経済学部研究員、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学部講師等を経て、2018年より現職。
専門は国際貿易、企業間ネットワーク、マクロ経済学。

なお、下記(経セミ増刊号)のChapter 2では、「政策と経済学をつなぎ、コロナ危機に挑む」と題した仲田・藤井先生へのインタビュー記事が収録されています。モデルのエッセンスや分析のねらいなどがより詳細に語られています。その他、経済学の立場から新型コロナの影響のさまざまな側面を多角的に分析した19本の記事が収録されています。






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