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パイナップルで灯す帰り道 〜オランダ編〜

パイナップル!?

間違っているのはわかっていても、一度そう聞こえるような気がすると、もうそうとしか聞こえなくなってしまうのだ。自分が慣れ親しんできた言語とは違う言語が、時に、あたかも自分が慣れ親しんできた言語の同音異義語に聞こえるようになるという現象はよくあることだ。

バスが高速道路を走り、アムステルダムからアルメーレに向かう。アルメーレは、今私が住んでいる場所だ。オランダのフレヴォラント州にあり、アムステルダムより約30km前後離れたところに位置するため、アムステルダムやその近郊都市へアクセスし通勤や通学をしている人も多くいる。20世紀後半になって、干拓地造成や開発が行われ、自治体となったことから、オランダで最も新しい都市の一つとされている。数分散歩をするとビーチがあること、故郷の北海道小樽のように港があるところが、私の中では気に入ったポイントだった。何より、私が起業をするにはもってこいであろう、グリーンシティとして多くの取り組みを行っているということもあった。実際私は、内見をしたその日に、入居を希望している人が他にも沢山いると知り、そんなこんな熱意をメールにしたため、大家さんに送り、幸運にも争奪戦に勝つことができたのだった。一方で、正直な気持ちとして、オランダへやってきて1か月半程のそれまでのホテル暮らしや、オランダの深刻な住宅不足の中で繰り広げられる争奪戦から、できるだけ早く解放されたかったというのもあった。住み始めると、近所には、実に多様な人種、文化、宗教的背景の人が住んでいることもわかり、伝手もなくいきなりやってきた身としては、今のところ、居心地も悪くはないと感じている。

バスがアルメーレに入ると、窓から見える黄金の夕焼けが眩しかった。オランダでは、どこを移動していても、大抵は都市部を抜けると、比較的すぐに緑が続く広大な田園風景へと変わっていく気がする。その日は、引っ越してきて少し落ち着いてきた頃なので、オランダへやってきて2か月程が経過した頃だった。アムステルダムでは、どこでも大抵英語が頻繁に聞こえてくるのだが、このバスの中では、オランダ語しか聞こえてこなかった。私は、ポツンとバスの座席に座り、数日前に行った図書館のカウンターでの出来事を回想するのだった。

その日は、単に図書館のコピー機を使用したかっただけなのだが、まずは図書館専用のプリペイドカードのようなものを入手しチャージする必要があったため、カウンターにて、英語で説明をお願いしたのだった。すると、年配の女性が小さな溜息をつき「オランダ語をちゃんと話せるようにならないとね、あなたならすぐに話せるようになるわよ」と英語に切り替えて言ってきたのだった。私は、苦笑いでその場を乗り切ろうとしようとしたが、彼女は直ぐに「ちょうどよかった」と、図書館の中にある、オランダ語を母国語としない人向けの相談窓口の方へ私を案内したのだった。そこには、年配の男性がいて、複数の無料のオランダ語学習プログラムのようなものを次から次へと紹介してくれるのだった。なんでも彼は、退職後、週に3日その図書館で働いているとのことだった。「ところで、オランダで何のビジネスをやるの?」と私に質問をしてきたのだった。「ごみから何かモノをつくりたくて、私、ごみに夢中でして」といった具合に説明をすると、彼は「私も現役の時は、汚染水を浄化する仕事をしててね、汚いものに夢中になっていたから、わかるわかるその気持ち」と話し始めたのだった。私は、何だか話しが合いそうな人だと感じつつも、本当はオランダ語の勉強だけではなく、今は生きていくためにやらなきゃいけないことが山のようにあるんだよと言いたかったのだが、それは飲み込んだのだった。彼は、私がオランダ語を話せるようにと、私の言語教育のバックグラウンド、オランダで何をしたいのかなどを踏まえて、長い間、あーでもないこーでもないと独り言も言いながら、試行錯誤し、プログラムを組み立ててくれたのだった。そうこうしている間に、この図書館で働く彼らの厳しさとやさしさに、どうにかして、こたえていかなくてはならないと気づかされるのだった。

私はバスの中で、今の自分のライフスタイルをどう変えたら、オランダ語を話せるようになるのだろうか? と、改めて考えていたのだった。バスが停車し、降車のためドアが開いた。

すると降車する乗客、運転手が、次々と「パイナップル!」と挨拶をするのだ。それが、パイナップル!ではなく「Fijne avond! 」と挨拶をしているのだと知る。オランダ語の発音を無理矢理カタカナにすると、ファイナアーボンをパイナップルと発音するような感じで、直訳すると、素敵な夜を!といったような意味だ。

そういった挨拶は、彼らにとっては、ごく当たり前の習慣なのかもしれない。でも私にとっては、それまで、バスを降車する際にこういった挨拶をするという習慣がなかったこともあり、ほのぼのとしたのだった。辺りが少し薄暗くなってきた中で、それぞれが挨拶を交わすことで、まるで誰かの夜を穏やかな灯りで灯しているようにさえ感じたのだった。

そして私もバスを降車する時に、ボソッと誰にも聞こえないような小さな声で「パイナップル」と言い、もう一度「Fijne avond! 」と今度は少しだけ大きな声を出して言ってみたのだった。少し発音が違うような気がし、なぜか、シンフォニーを奏でている中で、私だけが鈍い音を出して外してしまったような感覚を味わうのだった。

やはり私の場合、しばらくは、いっそ「パイナップル!」と言った方が、違和感なく、挨拶ができるような気になってしまうのだった。

✨地名の”Almere”の日本語表記は、「アルメーレ」ないしは「アルメレ」が多いようなのですが、「アルメーレ」としました。一方、私には、オランダ語の発音を無理矢理カタカナにすると、語尾の”re”が英語より強調されて聞こえるような気がし、アルミダの方が近い気もしてます。(舌を巻いてダと発音する感じ)もしも、今オランダ語が堪能な方が読んでくださっていて、諸々私の見解が間違っておりましたら、あくまで今の私が感じたこととしていただき、いつか私もオランダ語が堪能になったらきっとわかるはずと、どうかあたたかく見守っていただけますと嬉しいです。

✒️最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございます。もしよろしければ、ぜひ応援よろしくお願いいたします。

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いつかこの「地球人のおもてなし」がNetflixでドラマ化されたらいいなと夢みながら😴💫

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