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”美しい”ってなんだろう? 「保科バラ園」のクラフトマンシップ


▲ バラ(薔薇)。
紀元前500年頃に古代中国の宮殿で栽培されていた最古の栽培記録から現代まで品種改良は進み
その数は4万種を超え、今もなお進化を続けています。




⚫︎ 約3,000軒の花卉かき農家がある “花の長野県”

出荷量全国第1位の品目をはじめ、豊かな切花や花木があふれる“花の長野県”。
標高400m〜1,000mという標高差がある圃場ほじょうでは、四季折々、さまざまな花が栽培されていて、国内はもちろん海外でも高い評価を受けていることで有名です。

今回は長野県北信州 中野市で、今年50周年を迎える農園を受け継ぐ『保科ほしなバラ園』さんに伺い話を聞かせていただきました。

▲ 3代目の『保科 利徳ほしな としのり』さん
シャイで芸術家のような感覚派。猫好き。

お祖父様が始められた農園は、当時果樹栽培が盛んだった周りの影響でりんごを中心に、養蚕ようさんなど様々な生産を請け負うところから始まりました。
先代であるお父様の代で品目をバラに変え、『保科ほしなバラ園』として動き出します。

当時 果樹栽培が盛んだった中野市で、バラ生産をやっていくというのは珍しいことだったそうですが、現在では栽培品種は20種類以上に増え、ほとんどが有名どころとは違う珍しい品種ばかり。
育種も手掛けていてオリジナル品種『アンブルジョン』『アンフロレゾン』『ミルクティー』『フロッシュ』『スターリー』など。

▲ 2023年にデビューしたばかりのオリジナル品種『スターリー』。
『星空・星をちりばめた』という意味が込められている。


⚫︎ そもそも日本の環境はバラ栽培には向いていない?

▲ 保科バラ園の圃場ほじょう。ここでバラが生産される。

「バラにとっての中野市の環境について教えてください。」

保科さん暖地だんち(比較的暖かい地域 愛知県など)で栽培しているバラは夏には頭が小さくなって採れる量も減るのでオフシーズンに入りますが、
長野県(高冷地こうれいち)では夏の終盤からたちまち朝晩の気温は下がり、いち早くボリュームや品質を取り戻すことができます。
暑さが残ると色が抜けてしまうので、美しい色味が保たれるのも長野県産のバラの魅力ですね。長野県の中でもここ中野市は北部なので、それがより顕著です。」

▲ 涼しくなると収穫ごとに目でわかるほど、花のボリュームが豊かになっていくんだそう。

「良い環境でs…」

保科さん「というのが外向きの説明です。」

「…!」

保科さん「もう少し踏み込んで説明します。」

保科さん「環境が良いかと言うと、そもそも日本の環境はバラ栽培には向いていないんです。
特に長野県は四季がハッキリ際立っている土地なので、温度変化があってバラにとってストレスになり得ます。

それでも長野県産のバラに価値があったのは、暖地がオフシーズンに入る夏場に涼しい環境を利用して栽培したバラを出荷して、夏と冬をリレーするように棲み分けながら出荷できたから。

それが近年は変わってきています。
今は環境制御が進んで夏の暖地でもガンガン冷房を掛けて、一年中出荷が可能になっているし、高冷地は温暖化でしっかり夏が暑くなった。
暖地と高冷地という境界は曖昧になっていって、バランスが取れなくなってきてしまっています。
バラ生産を畳んだ(廃業した)方も居ます、それだけ厳しいのが現状です。」

▲ 見学させていただいた6月。この日も汗だくになるほど暑かった。

季節の流れがあるものを人の都合に合わせようとすると、どこかに皺寄せが行く。
長野県内の別の花卉農家さんや果樹農家さんも皆んな口を揃えて『温暖化で、急激に(今までの)ものづくりが出来なくなってきている』とこぼしていました。

「冷房を掛けすぎている暖地の農家さんが悪いんじゃない。
私たち消費者の『当たり前に年中バラが手に入る』という無意識の価値観が、そうさせているのかも。」
正直な現状を伝えてもらったおかげで、私も自分の価値観に疑問を持つきっかけになりました。


⚫︎ 『長野県のバラ農家はクレイジー。』   昼食をとることも忘れて議論に熱中できる農家のための組織作りと積極的なコミュニケーション

「長野県には、オリジナルの世界観にこだわる魅力的なバラ農家が多いイメージです。同じエリアの花卉農家同士のコミュニケーションって結構あるんでしょうか?」

保科さん「はい。適地ではないバラ栽培だから、良くなっていくためののアイディアをみんな真剣に模索しています。

世田谷市場には『バラ研究会』という全国で唯一の組織があって、父の代から保科バラ園も属しています。
そこが農家のコネクションにもなっていて、お互いの圃場を見学し合ったり、みんなで集まると昼食をとることも忘れて議論に熱中したりと、貴重な情報源になっているんですよ。
長野県のバラ農家は本当に好きで突きつめてやっている人しかいないです。」

「たしかに、長野県のバラ農家さんは熱意を感じる方ばかりなイメージ!」

保科さん「みんなクレイジーだよね。笑」

保科さん「昔と今では市場との関わり方も確実に変わってきています。
『うちだけに(独占)出荷して』『花屋と直接会わないで』と言われるようなことも無くなりました。生産者もいろんなチャンネルを持つ方が増えたし、花卉業界も多様になってきていますね。」


⚫︎ 環境に負荷をかけ続けて得る農産物だから、『農薬』と上手く付き合っていく

▲ 強い芳香が特徴の『イブピアッチェ』

「保科バラ園では農薬を使わないハウスで『食べられるバラエディブルローズ』も栽培しているんですよね。」

保科さん「はい。チャレンジを始めて3年目になるけど今だに全く収穫できない時があったり、思うようにいかないです。

バラに限らず農業はなんでも、天候やあらゆるものに影響を受け左右されるので、たった一回の調整ミスでハウスが全滅してしまうことだってあり得る。
雨が降り続ければ必ずシミが出てしまうし、今年の夏みたいに暑ければダメージもひどい。虫や病気も絶対避けられない。
皆さんが普段目にしてる綺麗なバラって、大変な思いをしないと作れないものなんです。
農薬を使わないって自殺行為なんですよ。」

▲ 無農薬ローズ。花の保ちの問題や、傷・虫の影響が出やすいので観賞用では出荷できない。

「それでも無農薬栽培へチャレンジし続ける理由を教えてください。」

保科さん「環境に負荷をかけ続けて得る農産物だからこそ、『減らしていく』という意識は普段からしています。
無農薬のハウスはそのヒントになるんです。
農薬以外で虫除けに効く材料を試して、普段のハウスに活かしたり、減農薬できれば節約にもなる。
こういうこと減農薬栽培が出来るようになれば全国の花卉農家さんに教えられることがあるかもしれない。
一人きりではお金も掛かるし難しいけれど、都内の花卉企業と協力することで挑戦しやすいと思ってやっていってます。」

▲ 無農薬ローズはジャムに加工して販売されています (こちら)


闇雲に農薬を無くそう!と考える前に、どうして必要なのか?必要ならどう使うのか?もっと勉強したいと思いました。
持続可能なサイクルの中には自然だけじゃなく人(農家さん)も含まれなきゃいけないのだから。

農薬以外の環境へのアプローチとして保科バラ園では、地産地消を目指して近隣の花屋さんとの連携に取り組んだり、輸送のためのプラスチック容器を無くしたり花を巻くビニールを紙に代替したりと、日々気を配って活動しています。


⚫︎ 自分らしさを貫くクラフトマンシップ。 『バラじゃないと続けていけなかった。』

保科さんといえば、一言では言い表せられないようなニュアンスカラーとたっぷりの花弁、それから『フルブルーム』(通常つぼみで出荷するバラを、圃場で限界まで咲かせた状態で出荷すること)が印象的です。

保科さん「良いもの、綺麗なもの、自分の好きなものだけを集めた『バラのセレクトショップ』みたいなバラ園を目指しています。」

保科さん「利益の出しにくい難しいバラばかりに手を付けては売上が立たず、そのせいでバラだけをやっていくのに限界を感じて、ユーカリや葉物を植えてみたりして迷ったこともありました。

今では認めてもらってる『フルブルーム』だって、当時の感覚だと『開いていてダメな花』と評価されいろんな市場から反対されて。
『もう来年は(栽培するのを)やめるか…』というところまで考えた。けど結局好きで生産を続けました。」

▲ 私が最初に保科さんのバラに出会ったのもこのarrangementで使った『ラビンダ グリーン』。
あの時、保科さんが諦めていたらこの作品も出来なかったのである。

保科さん「続けていたから今取引している世田谷市場の仲卸に『おもしろい』と目を付けてもらって今まで取り扱ってもらえています。」

「信じたものをやり続けるって、しんどいけど本当に大切なことなのですね。
今やその『保科バラ園らしさ』がブランドになっている…!」

▲ 伝統的な品種の『ブラックビューティ』もフルブルームすることで剣弁(尖った花弁のこと)が際立つ。
圃場で限界まで栄養を吸った状態で出荷するので花保ちも良いです。

保科さん「迷っていた時期は毎日寝る時間を削って、考えられるものは全部試しました。がむしゃらに働けば何かはなると信じて。
でもバラじゃないとやっていけなかった。他のものを切っていても、心がワクワクしなかったんです。

これからも『保科バラ園らしい』感性を大事にオリジナル品種の育種にも力を入れて良いものを提供したいです。』

▲ 今はまだ名前の無いバラ。
これから市場ベースに調整していく。

新しい品種の開発ひとつでも、毎日手入れをして3〜5年も掛かるのだそう。
私たちが美しいと思うものは当たり前なんかじゃなくて、いかに誠実にコツコツと作られているかを知りました。

市場で花を買うだけでは決して知り得なかった理不尽なまでの過酷さと、それをやり続ける美しさ。たくさん学ばせていただきました。ありがとうございます!



location | 保科バラ園 / instagram:@hoshina_rose
writing | keine. / instagram:@ja.kirin / online shop



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