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海外の人が日本企業にどういうイメージをもっているか聞いてみた

[収載マガジン:カイシャの経営企画、keikyが思ったこと]

先日、自社の海外拠点の有能な経営者とじっくり話す機会があったので「海外の人が日本企業に対して感じる疑問」について簡単にまとめた。

今回はその続きで、海外では一般的に「日本企業はどういう会社と思われていて、どういう風に語られているか」についてもうちょっと聞いてみたという話。

彼の話では日本企業に関するハウツー的な書籍は結構海外でも出ているようだ。

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多くの分析が高度経済成長期の時にアメリカ企業が特に自動車などで日本企業に負けてジャパンバッシングをしていたような日本品の不買運動があった時代にされていて、日本企業は研究対象のホットトピックだったらしい。

今ではアメリカは中国と覇権を争っているわけなのでVS中国的な本が多いらしい。

いまでも日本がその後に沈没していったことを含めた研究も進んでいて、最近の中国の脅威とあわせて、米中日の三カ国に独自路線の欧州とそのアジア版になる可能性がある東南アジアも加えて比較するような研究もあるようだ。

そんな彼が教えてくれた日本企業の特徴のうち、特に多くの日本企業で改善が必要だと思われるものにフォーカスしてシェアしてピックアップした。

彼自身が結構な歳なので最近の新しいビジネスよりもオールドエコノミー、昔ながらの会社についての一般的に語られていることと考えた方がよいかもしれない。

■強い官僚主義が新陳代謝を阻んでいる。

まず第一に年功による昇進と強い権力の土台が日本と韓国には共通して多いと認識されている。

中国や北朝鮮のような共産主義や独裁政治と比較対象で語られることも多く、そういったことが強い官僚主義につながっていると見られているようだ。

一方の欧米でも欧州のファミリーが所有しているような古い歴史のあるビジネスや、アメリカの重厚長大な産業も同様の傾向があるので日本だけの話ではないが、彼が言いたかったのは日本は総じて規模や産業によらず、こういった傾向が強いということだ。

権力を持つものともたないもの、現場と経営の乖離、こういった話は日本人は大好きであり、古くは沈まぬ太陽や、踊る大捜査線、半沢直樹にはじまり、だいたいのサラリーマン系のドラマではこの構造がテーマとして取り上げられているということは、それだけ日本企業の実態を表している。

韓国も似たようなところがあるが、ファミリービジネス的に固定された富裕層と一般人の格差や、ソウル大学出身のエリートばかりのサムソンや現代のような大企業とそれ以外の人々という構図がとられている気がするのでより封建的な色が強い。

■ 全員で合意をとろうとするので意思決定が異常に遅い。

この文脈については前の記事でも考察したが、日本企業はあえて責任の所在を曖昧にすることでリスクを不明確にする傾向があり、これが長い承認プロセスを生み出している。全体としては上層部は責任を取らない発想が先に念頭にあるのだ。

もちろん、対外的には責任をなすりつけて相手が必要なので、なすりつける相手を決めたりする。相手を陥れて恨みを買うような社内政治や社内抗争は普通にあるわけだが、それでも基本的には曖昧にしてせいぜい降格や異動をさせる程度で終わらせる傾向がある。

こういった集団主義的な考えは日本企業を語る文脈の中で海外では大きな特徴として語られる。Collectivismは日本企業の代表的な特徴と思われていると思って海外の人に接っしたほうがよい。

会社としてはそういう傾向があるけど、今変えようとしているとか、少なくとも自分は変えたいと思っているということを伝えると彼らもI understandといってわかってくれることも多い。

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お互いこういった文化の違いはあるけど、どっちが優秀とか劣っているということではないよね?って最初に伝えると相手も歩み寄りの姿勢をみせてくれるものだ。

最悪なのは、これが日本のやり方、日本企業のスタンダードだから合わせろ!俺らが親会社なんだ!というスタンスで接すること。そういった瞬間なんて野蛮な会社だと思われるし、日本企業の評判を落としてしまう。

こういったコンセンサス重視の経営が遅い意思決定プロセスを生み出しているという指摘は全体としては当たっている。

■ 調和を重視し衝突を避けるため本質的な議論をしようとしない。本質にふれないようにする経営の強迫観念がある。

これはぼくの会社のような日本的な会社に非常に当てはまると思う。外資系の日本支社や、外資系金融機関、新進気鋭のベンチャーやソフトバンクや楽天などは例外。

基本的に調和を崩すヤツは日本企業では排除される(ぼくは排除されないギリギリをいつも攻めているつもりだが本当はすでに排除されているかもしれない)。

MBAやビジネススクールの世界では本質的なことを考えるように、イシューを明確にするように常に語られるし、そういったトレーニングを受けたり本を読むわけだが実際にそれを現場でやりまくると内部の理論で排除されることもある。

本質的な課題を先送りにして、自分が経営しているときは何も起きないことを願って権力に酔っている経営者がいかに多いか。

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日本は上場をしていても外部や株主からのプレッシャーは少ないので企業は基本的にやりたい放題であり、最近のアクティビストの動きを除けば社長の自由が効く。

そういった権力へのプレッシャーがなくなったら最後、経営者は自分に都合の良い経営だけをやるようになるので、志が低かったり、思いがなかったり、先送り思考の人がトップにつくと、それからずっと意思決定が遅い状態が続くことになる。

また社長の顔色を伺ってみんな仕事をするので、機嫌を損ねてはいけにように、危険なトピックス、経営批判につながるトピックスについては話さなくなり、現場の事実として都合が悪い情報は社長に話が上がらないように途中でもみ消される。

経営側も知りたいとも思っていないことも多く、経営のほうこそが表面的な調和を求めて先送りにしている傾向が強い会社もたくさんある。

我々はこういった良い特徴とはいえない環境で非常にストレスをかけられながら仕事を続けることになる。

■ 企業の活動はカイゼン活動が主軸にあり、その仕事自体をやめたり新たなものに変えるようなことは考えないので労働集約型の経営になりがち

リーン生産方式と労働慣習がストレスフルな状況を進んで受け入れる労働者を必要とする。よって自動化が進みづらく職人的な作業が増え、労働者が常に必要になる体制は確かに多くの場合ある。

リーン生産方式とは、とてもざっくりいうとプロセス管理を徹底して効率化することで、従来の大量生産方式と同等以上の品質を実現しながらも作業時間や在庫量が大幅に削減できる生産方式のこと。 トヨタ生産システムとも言われておりひたすら改善することに注力する。

こういった思考は労働そのものを無くしたり、やめるということよりも、とにかく現状の延長戦として改善する活動というのは現場に大きな負荷がかかり労働者にミスを許さず完璧を求める傾向が強いといえる。

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日本のこういった努力は頭が下がるものであるし、日本企業の成長の根源を支えてくれている日本人の強みであることは否定しない。しかしながら新しいものにガラッと変えることは非常に苦手としており、イノベーションが起きにくい理由はここにあると考えられる。

全く新しいものを考えるよりも我慢強い日本人は職人気質も手伝って、いまあるものをさらに磨くことを得意としていてる。そういったことをやさせれば日本人は世界でピカイチだと思う。

どにいっても飯は安くてうまいし、物の品質も良く、種類も異常に多い。海外の人を家電量販店や、ロフト、東急ハンズにつれていくとcrazyと言われるくらいだ。

そういったある種、効率は度外視したバラエティの多さや品質のアップ(消費者が分からないレベルまで)については素晴らしい向上心があるが、新しいサービスや、今までのカテゴリーを駆逐するような製品を生み出す能力が低いことは世界の企業ランキングに日本企業がほとんど入っていないことにもつながる。

ぼくはそんな日本企業を誇りに思うし、海外の連中には絶対負けないという日本国民の自信がある。

そういった日本の強みを活かしていけば世界をリードすることも可能であると思う。海外の人だって一度日本のものを使えば必要と思うかは別として、良いと思ってくれるのだから、まだまだやれることはたくさんあるので、海外に迎合してスペックを落とすのではなく、ぼくたちの特徴を活かすことをもっと考えるべきではないかと常に思うのだ。

これだけ業界の垣根がなくなってきて企業が入り乱れていて、利益の源泉がものづくりからサービスやソフト、ITにシフトしている中で日本は部材メーカーとしての地位はあるものの利幅をとれる分野が少なくなっている。

上記の彼の指摘はいまでも当たっている側面が強いだろうが、ものづくりが見直される字だはまた必ずくるのでそれまで日本企業はしたたかに準備をしていくと明るい未来があると信じている。

■ 経営の固定化で長期的になり外圧が働かない。昇進が年功により行われるため他社へ移るのがまれ

前半の外圧が働かないという部分は今でもそうだといえる。上場しているにも関わらず、社長も雇われるサラリーマンなのにも限らず外圧が働かず、経営責任をとることなくずっとポストに居座ることが可能だ。

一度権力について仕舞えばこんなに楽な国は他にはないと言える。永遠に安定していればいいが、未来へ手を打っていかないといずれは沈没していくので、先送りは経営者の犯罪行為に近いと言える。

ただし犯罪行為として逮捕はできないわけで、失策のツケを払うのは若手社員や未来の社員であって、意思決定したひとは定年して悠々自適な老後を送っているに違いない。

また、年功序列もいまだに根強い。これはまだまだ分からない。とにかく耐えることが出世の王道だ。意見を言わず反発せず、とにかく何十年も従うことが自分の安定につながるのであれば、だれもリスクを取らないのは当たり前だ。

チャレンジ精神が足りないとか自社の社員を嘆く前に、チャレンジしたほうがデメリットが多いと思われているということを認識した方がいい。やるべきはチャレンジをするように指示するのではなく、チャレンジしても大丈夫であるという安心を与える方が適切な場合もあることを考えたほうがいい。


■ 自社でしか通じないマネジメント教育ばかりさせられる。市場で使えるスキルを教育すると会社を辞めてしまうので教育しないという雰囲気がある

こういったことをいうセンスのない人事部門はないだろうか。せっせと会社で使えるスキルは身につけさせる一方、他社でも通じるスキルは身につけさせてくれる機会を与えない傾向が強い。

やめたら無駄になるから人的資源に投資しないというのは本末転倒である。ぼくは入社数年目にビジネススクールにいきたいといって補助を掛け合ったことがあるが、やめたら費用はどうするんだと一蹴された経験がある。

また、ビジネスで必要な本を費用で買う場合でも、毎回必要な理由や、長い申請書が必要で、書き込み禁止で会社に保管することが義務付けられる。そんなんでは買う気が失せるし、ぼくは全て自腹で買うようになった。

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また、社員教育など、外部講師を呼んで底上げをするような教育投資がもっと必要だ人事に掛け合ったときも、販管費の削減目標があるから削っているとか、教育しても辞める可能性があること、やる気がある人は自分でやるというのが理由としてできてがっかりとしたことがある。

ぼくは会社に何かしてくれることを諦めて独学で自腹で全て勉強をしてきたが、外資系で働いている知人の会社の方がよっぽど人的資源に投資をしている事実と照らし合わせると悲しいものである。

ある意味彼の指摘はここでもあたっている面がある。

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以上、今回は彼が話してくれた日本企業について二回目のまとめをしてみた。

彼が教えてくれた海外で言われる日本企業の特徴は当てはまっている部分もあるし、それは古い考えでもう当てはまっていないものもある。

新しい若い会社では時代遅れのものかもしれないし、大企業も変革はしているのが現状で、だいぶ変わってきている感じもする。

その一方で海外の人は上に書かれたようなことを先入観としてもった上で接してくると思っておいた方が良い。カイゼンするべきところは改善しつつ、もうすでに変わっているのだとしたら「あなたの会社は思っていたよりもcool」と思ってもらえるに違いない。

今日はこの辺で失礼します。

keiky.



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