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デザイン留学で学んだナラティブ・ストーリーテリングの力

Parsons School of Designなどでデザイン留学をしていると、ナラティブ(Narrative)やストーリーテリング(Storytelling)という言葉は頻繁に聞かれるワードの一つです。私もParsonsでの授業の個人プロジェクトの時に、先生から「ナラティブを作ってみたら?」という指摘を何度か受けました。

しかし授業ではナラティブやストーリーテリングの方法論は具体的に教えてもらうこともなく、正直ナラティブやストーリーテリングについて全く知識が無かった私は、ナラティブって何?何をすれば良いの?というのがその時感じたことです。

自分なりに勉強し理解を深め、このノートでは私が学んだナラティブとストーリーテリングについてまとめました。

この記事をまとめるにあたり、ナラティブ・ストーリーテリングに詳しい以下の3人に追加でお話を伺っています。



ナラティブやストーリーテリングの事例

初めにナラティブやストーリーテリングの事例を紹介します。

National GeographicのInstagram

https://www.instagram.com/natgeo/

National GeographicのInstagramはストーリーテリングを効果的に活用している事例の1つです。印象的な写真でユーザーを惹き付け、ストーリーを読むと何度もNational GeographyのInstagramの投稿を観たくなるように作られています。

2013年からThe Fulbright-National Geographic Storytelling Fellowshipという学生向けの奨学金制度も作っており、ストーリーテリングに対して大変先進的な活動をしています。

AmazonのテレビCM

アメリカや日本のAmazonのCMでも効果的にストーリーテリングが活用されている大変わかりやすい例です。商品をただ紹介するのではなく、ユーザー(人以外も含む)に共感出来るようにナラティブを作ることで、最終的にAmazonに興味を持ってもらうというマーケティングで使われています。

曲でストーリーを伝えるAdel

企業がマーケティング目的で使う以外にも、アーティストが伝えたいストーリーを曲や絵画、アート作品に込めることもあります。AdeleのSomeone Like Youは失恋ソングですが、そのストーリーに共感する人も少なくありません。

このように多くの企業やアーティストがナラティブやストーリーテリングを採用しています。多くの企業はマーケティング的にストーリーテリングを使っていますが、音楽やアート、映画などではもっと小説や実体験に近いストーリーを伝える時に使われる事が多いです。なのでナラティブやストーリーテリングという同じ言葉を使っていても、使われる対象に応じて少しだけ意味合いが違います。

ナラティブやストーリーテリングとは?

アメリカではナラティブやストーリーテリングは概念的には昔からあったそうですが、2010年頃から注目されているキーワードとのことです。ではそれぞれどういう意味なのでしょうか?

ナラティブはwikipediaによると、

narrative(ナラティブ)とは、英語で「物語」「話術」などを意味する単語。

ナラティブ - Wikipedia

一方ストーリーテリングは、

ストーリーテリング: storytelling)は、語り手が、相手に伝えたい思いやコンセプトなどを、それを想起させるような印象的な体験談あるいはエピソードなどの「物語」を引用し、例示することで聞き手に聞かせ、印象付ける手法のこと。

ストーリーテリング - Wikipedia

ナラティブは物語そのものである一方、ストーリーテリングはストーリーにナラティブを内包しさらに相手に伝える部分のテリングまで含めたものと理解出来ます。

2つに違いがあることは、アメリカでも混乱するようで多くの記事で議論されています。

Parsonsの授業ではナラティブの方がよく出てきましたが、調べるとマーケティング業界ではストーリーテリングの方がよく出てきます。一方、大学にてナラティブとストーリーテリングをわざと区別して使っている先生は多くないように感じました。

ナラティブやストーリーテリングを作るということは、ユーザーの共感を生む一連のストーリー(物語)を作ることと、それを相手に伝わる伝え方を作ることという風に理解しています。(もし間違っていたらご指摘下さい!)。

これ以降は、ナラティブやストーリーテリングを上記の意味で使います。

ロジック vs ナラティブ、どちらが効果的?

ロジックによる説明とナラティブによる説明の違い

私が10年程前にいた理系の大学ではロジカルな説明が問われますが、アメリカのデザインやアートの文脈ではナラティブを問われることが多いです。これはアメリカだけでははくヨーロッパでも同じと聞いたことはあります。自分が伝えたいメッセージを、どのメディアにどの様なナラティブを乗せて伝えるのかというポイントを考えなければなりません。

ロジカルな説明とナラティブでの説明とはどのような違いがあるのでしょうか?

クラスメートの具体的な事例での比較

クラスメートのプロジェクトとして、トルコの女性の権利向上を訴えるプロジェクトがありました。トルコでは女性が不平等に扱われており、トルコのエルドアン大統領でさえも男女平等でないと発言をしています。ある政治政党のバスに女性候補者は顔出しさえ出来ないとい状況です。プロジェクトではトルコでの女性の権利向上を訴えたものでした。

https://www.duvarenglish.com/turkish-islamist-party-censors-woman-mp-candidates-picture-on-election-bus-news-62319

ロジカルな説明だと、女性の権利がどのくらい低いのかの根拠となる数字を提示し、解決策でその数字がどれだけ改善するかを確かめる。という流れになるでしょう。

しかしナラティブを使ったクラスメイトのプロジェクトでは、女性の権利が如何に低いかを、女性だけ影になっている上記画像の様なインパクトのあるビジュアルを使って提示した後、歴史的にこれまでトルコの女性が作ってきたKilimを題材にしました。歴史のあるKilimの各シンボルにはそれぞれメッセージが込められてます。最終的に作った作品では、新しいメッセージを込めたKilimの作成とそれを説明するインタラクティブな本の作成をしました。

新しいメッセージを込めたKilimとそれを説明する本

女性の権利についての課題から、女性が作ってきたKilimの歴史とKilimに込められたのメッセージ、そして自分の込めるメッセージを新しいKilim作品に入れたことで、全体が一連となっており、共感できるナラティブとしてとても良い作品となりました。

多くの人が共感出来るナラティブを持っていると、その相手にプロジェクトにより興味を持ってもらえたり、相手に行動を促したりすることができます。またロジックだけでは得られないような解決策にも導いてくれることもあります。

日本のナラティブやストーリーテリング

日本でもナラティブやストーリーテリングというキーワードはアメリカで流行り始めた10年程前から使われているようですが、ナラティブやストーリーテリングというワードを使わずしも、その意味することはそれ以前より使われています。

映画や小説、アニメや漫画では、視聴者に共感を生むナラティブやストーリーが大切です。またナラティブやストーリーを伝えるメディアもアニメや漫画など日本独自の成長を遂げているものもあります。

またゲーム業界では、CEDEC 2013でナラティブについてのセッションがありました。ナラティブを使った過去の作品が多いことも認識した上で、ナラティブをどの様にこれからの作品に活用出来るかを議論しています。

さらに最近では企業でも、外部の投資家や顧客の心を引くため、ストーリーテリングとしてパーパスを作っています。実際のユーザーに対してでなく投資家に対してのストーリーテリングの使い方もあります。

アメリカではストーリーテラーという肩書きの方が多い

アメリカで注目されているストーリーテラー

アメリカではストーリーテラー(Storyteller)という肩書きが一般的に使用されています。ブランドデザインやマーケティング界隈ではよく出てくる肩書だそうです。LinkedInで”Storyteller”で調べただけでも100,000件の結果が出ました。一方日本語の"ストーリーテラー"で調べると21件でした。

LinkedIn、"Storyteller"で検索した結果

またChief Storyteller Officerというポジションも存在します。Microsoftでも10年以上Chief StorytellerであったSteve Clayton氏がVPに昇格するなどStorytellerの重要度が高まっています。もちろんナラティブやストーリーテリングが日本より前から流行っているという理由もありますが、アメリカの文化的背景もあると考察しています。

特にマンハッタンはそうですが、アメリカは文化的、教育水準的などにも多種多様な人がいるので、何かを説明する時は前提知識から全て説明しなければなりませんし、難しい説明では伝わらないことも多いです。そうなると全てを説明するのに、簡潔でわかりやすい説明が必要です。そこでナラティブやストーリーを活用することで相手へ伝わりやすいのではないかと考えています。

日本とアメリカのウェブサイト比較から考察

それはデザイン・アート文脈以外の日常生活でもストーリーを活用していると感じることがあります。

例として日米の老舗レストランHPを比較してみます。マンハッタンにある1972年創業のアメリカ料理レストランJ.G. Melon HPと、東京にある1950年創業のお蕎麦屋さん麻布永坂 更科本店 HPです。

J.G. Melonだとトップページは「ENTER」のみで、ENTERを押すとWELCOMEページに飛び、そこにはお店の歴史とレストランで得られる体験の文章(ストーリー)、お店の写真が掲載されています。

文章の中で「地元の人から国際的なスターなど様々な人が来てくれている」と、いかに自分たちが周りから支持されているか、すごいかの自分情報を自分でアピールするストーリーで伝えています。後は別ページに少しだけメニュー(しかもjpeg画像)とお店情報が書いているのみです。メインはWELCOMEページの文章と写真のみでお店を伝えたいという風に感じます。

J.G. Melon HPのトップページ
J.G. Melon HPのWELCOMEページ

次に麻布永坂 更科本店では、トップページにごあいさつ、イベント、お席のご案内、おしながきなど様々な情報へ飛べるリンクがついています。ごあいさつページにいくと、お店紹介文章が記載されています。

文章の中で「お客様に支えられながら」と、お客様があってこそ私達はやっていけたというのがすごく日本的な伝え方です。別のページには、席がどうなっているか、メニューの詳細などなどきめ細やかな情報が記載されています。自分情報をストーリーとしてアピールするのではなく、出来る限りの情報をあくまでも情報として伝えたいという風に考えられます。

麻布永坂 更科本店 HPのトップページ


麻布永坂 更科本店 HPのごあいさつページ

日本生まれ日本育ちの私からすると麻布永坂 更科本店 HPの方が、お客様中心に謙虚で、必要な情報が細かく掲載されているためしっくりきます。日本の文化的共通認識より、お店の外観や名前を見ただけで、ある程度の情報を推測出来ることも影響していると感じます。

一方アメリカ生まれアメリカ育ちの方々にとっては、細かい情報の羅列がよりも、自分自身や、優れた点を上手くアピールする方が自然なのだそうです。アメリカではパーソナルな話もシェアする文化があり、そのオープンさが好感を持たれるそうです。

J.G. MelonレストランHPでは文章とビジュアルで構成されるストーリーが自然でわかりやすかったということです。全てのレストランや製品にこれが適応されるとは思いませんが、アメリカではストーリーやナラティブが簡潔にわかりやすく伝える手段として広く使われていると感じます。

良い料理や商品を提供していたとしても、そこにストーリーが無かったり情報過多だとユーザーに伝わらないことが多くあります。逆にストーリーが魅力的であれば、料理や商品の室に関わらず売れることもあります。

ストーリーを作る時は、誰か(ユーザーなど)が中心に考えることが重要です。レストランの場合はそのレストラン自体がストーリーの中心になります。日本のレストランでストーリーで伝える場合、自分の話を沢山しているような気分になり、オープンに何でも話す文化が無い日本では逆に違和感を感じるかもしれません。

こういった文化的背景の影響から、ナラティブやストーリーテリングがアメリカでは日本より根付いており、様々な業界で企業が注力しています。その結果多くの企業でストーリーテリングが求められ、多くの人の肩書としてストーリーテラーが登場するようになったのではないかと考察しています。

ナラティブやストーリーテリングの作り方

Parsonsの授業で学べるのか

私がParsonsで受講したクラスでは具体的にナラティブやストーリーテリングのつく方を教えてもらいませんでしたが、受講していないクラスでナラティブやストーリーテリングを教えているクラスもありました。

ナラティブ作りが大変だったことをParsons School of DesignのDesign and Technology program(通称DT)のDirectorであるColleen Macklin教授に話したところ、「良いこと聞いた!だから日本人や中国人とかはナラティブを作るのが苦手な子が多かったのね。来年から授業でサポートしよう!」と言ってくれたので、来年の授業からはナラティブの作り方をParsons DTのMajor StudioやCreative Practice Seminar等の必須授業で学べる可能性はあります。

アメリカの小学校では、Show & Tellという自分の好きなものをクラスメイトに見せて、それについてみんなに口頭で発表するアクティビティがあるそうです。アメリカの小学校に通ったことのある人なら、Show & Tellに慣れているので(嫌いな人も多いけど)、ストーリーを作って示すという作業は慣れているのかもしれません。またアメリカの企業内でのアイスブレイクでも、適当に表示された画像(その人は初見)を見て数分話をすると言ったアクティビティがあるそうです。

しかし大学まで日本で教育された私のような人は、正直言ってストーリーテリング苦手です。自分なりにどういうことをすればストーリーテリングを作れるかを纏めました。ナラティブやストーリーテリングはただ小説や物語を作ってそれを示すだけではありません。

ナラティブ・ストーリーテリングの基本の作り方

先生に聞いたり、周りの学生のやり方、またネットで調べたりして基本の作り方をまとめました。

対象がアートなのかマーケティングなのか、またデザインプロジェクトなのかによってアウトプットは大きく異なります。しかし基本はユーザーの共感を得られる一連のナラティブを作ることです。

ナラティブを作るには、情報収集と情報提示の2つをセットで考え、イタレーションを回します。そこには自分が伝えたいコアメッセージを膨らますフェーズと、コアメッセージが一番伝わるメディアで共感出来るナラティブを作るフェーズがあります。

  • 情報収集(コアメッセージを膨らます)

    • デスクトップリサーチで課題やテクノロジー、ユーザーについて調査

    • 自分自身が伝えたいコアメッセージを明確化

    • コアメッセージを伝えたいユーザーを明確化

    • 自分が出来る(feasible)な提示手段をリスト化

  • 情報提示(コアメッセージが一番伝わるメディアで共感出来るナラティブを作る)

    • 映像、音声、文章、絵

    • デザインフィクション、サイエンスフィクション、スペキュラティブフィクション、マニフェスト

    • フィジカルなモック(紙、ダンボール、粘土など)

    • インタラクティブメディア(AR/VR、Physical Computingなど)

    • などなど

この情報収集と提示手段(メディア)の2つは、プロジェクトを進める際に多くの方がいつもやってることだと思います。これらをいかにユーザーの共感を得られる一連のナラティブにするかがポイントです。これをイメージしながらメディアのプロトタイプをイタレーションするのが良いと思います。

プロトタイプを作るにあたって最初にぶつかる壁は自分が伝えたいメッセージは何かです。選択するメディアで個人的に一番わかりやすく容易なのは小説や詞、マニフェストなどの文字を書くことです。文字として書き出すと自分が伝えたいメッセージが浮かび上がってきます。その後ユーザーの共感を得やすいメディアに変える事もありです。

メディアでは、これまでの映像や音声、文章などを使う方法の他に最近はAR/VRなどのインタラクティブメディアを使うことも増えてきています。インタラクティブメディアでは、映像を見るだけでなく、ユーザーが主体的に動けるのでよりユーザーがそのプロジェクトに共感してくれるチャンスが増えます

ただしインタラクティブにすると、ユーザー自身の動作や選択が提示メディアに反映されるので、見て欲しいもの全てをユーザーが見るわけではなくなります。自分自身が伝えたいメッセージがそのまま伝わらない可能性もあることを念頭に置いた上でナラティブ作りをすることがおすすめされています。

体験してくれるユーザーを中心としたナラティブを作ることで、共感が得られやすいです。最初はとても難しいし、何が正解かわからない事が多いと思いますが、何度か試しにやっていくうちに自分なりの解が見つかってくると思います。

最後に

どんなプロジェクトでも、ナラティブやストーリーを用いて相手の共感を生むことで、相手がプロジェクトの意義を自分ごととして理解しやすくなります。モノ自体は面白いけど、結果何が言いたいの?の状態からは開放され、プロジェクトが広がっていく可能性が高まります。

今回はナラティブとストーリーテリングについてまとめました。しかし日本では日本の伝え方、アメリカではアメリカの伝え方があることを念頭に、ターゲットとしているユーザーにどのように情報を伝えるのが良いのかを考えるきっかけにして頂けると幸いです。

質問等ございましたら@keijirohnからDM下さい。



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