旅するアーティスト

旅から得るもの

現在、私は日本の山口県山口市に住んでいます。縁もゆかりもない土地でした。名古屋市で生まれ22年間過ごし、アメリカのテキサス州ヒューストンに6年間留学をし、帰国後、山口の地に訪れてから約12年ほどが経ちました。小さな頃の感覚では、西日本というのはとても遠い存在でしたが、実際に住んでみるとかなり見え方、捉え方が変わりました。実際にその土地に身を置いて、じっくり生活しながらしか見えないものがありますね。アーティストはスタジオでもくもくと制作をしていると思われがちですが、その制作のための着想や想像力というのは、旅から得ることも大いにあると思います。
実際、私の場合は、人類学を専攻していたこともあり、色々な場に出かけ、リサーチをして、見聞を広めたり、深めたりして、制作することが多いです。その土地の物語、その土地の素材、その土地の価値観など、その場に独特な事物を地域の文化芸術資源と捉え、一定期間身を置いて、作品制作やプロジェクトとして発展させます。

蓑虫山人

実は、私の生まれ育った近所のお寺は、蓑虫山人という放浪絵師の終焉の地となっているのですが、アメリカ留学後に実家帰省をするようになり、この蓑虫山人の存在を知り、生き方にとても心地よく共感したことを思い出します。蓑虫(みのむし)という名前ですから、今で言うテントのようなものを背負って、興味本位に身を任せて、旅をしていたんだろうと思います。詳しくは、リンク先をご参照ください。

アーティスト・イン・レジデンス

最近は一般的にも聞かれるようになったアーティスト・イン・レジデンス、または滞在制作と言われるものですね。
さて、私が初めて参加したアーティスト・イン・レジデンスは、以前にもご紹介したアメリカ、テキサス州ヒューストンにあるProject Row Housesのプログラムでした。実際には、その施設での滞在はできませんでしたが、約2ヶ月ほどスタジオを自由に使わせていただき、制作と展示をすることができました。アメリカの大学院卒業直後には、大学院からの渡航助成金をいただき、この大学院と関連のあるドイツ人のアーティスト兼大学教授が運営するレジデンスに参加することができました。約1ヶ月ほどだったと思いますが、他のアーティスト6名ほどと一つの大きな家で共同生活をしつつ、リサーチや制作をしたのを覚えています。この他に、アーティスト・イン・レジデンス・プログラムにはいくつか参加しましたが、どれも運営手法、プログラム、立地、規模などが多種多様で、どれも特徴的なプログラムでした。制作のためには欠かせない支援体制で、これまでに公式、非公式な形で、受け入れていただいてきました。

地域資源の探求と文化交流を通した相互理解

実は、当初、山口に来た時は、このアーティスト・イン・レジデンス・プログラムのサポート・スタッフとして、国内外のアーティストの活動支援をしていました。山口県美祢市に秋吉台国際芸術村というレジデンス施設があり、そこで行われているプログラムに短期間採用され、携わる機会があり、山口県に来ました。自分自身もアーティストでレジデンスに参加したことのある身でしたので、今回はその滞在するアーティストのサポート側になりました。リサーチ、通訳・翻訳、制作補助などの業務を数ヶ月サポートするような内容でした。国内外から来られるアーティストは、その地域の生活者が気づかないこと、見落としてしまうことなどを独自の感性と創造性で作品にしたててくれるとともに、地域との文化交流などの相互理解といった教育や地域活性化に貢献してくれるので、とても有益な活動だと思います。実際にアーティストととしてもサポート側としても関わって、地域との親和性が高いプログラムだと実感しています。

尾張の画工

さて、最後に、これも山口市に移住して知った事実なのですが、こちらで地域資源を探求するアート・プロジェクトに携わった際に知り合った今八幡宮という神社の宮司さんと奉納されていた絵馬についてお話を伺ったことがあります。昔は実物の馬が奉納されていたとのことでしたが、時代とともに馬の絵へと変化し、それが今の絵馬となって奉納されるようになったというお話でした。奉納されていたさまざまな絵を見ていた時、ふと、「この絵は尾張の画工が奉納されたものです」と言われました。この地に自分と同じ故郷の尾張(名古屋)から来た絵師(アーティスト)が絵を奉納したことに、偶然の喜びを感じながら、もう少し深く絵を見てお話を聞いていくと、地域の氏子さんたちがお金を出し合って、この尾張の画工に絵馬の制作を依頼し、額工と呼ばれる方が額を施され、ここに奉納されているとのことでした。もちろん制作するにはある程度の日数が必要ですから、神社に滞在し、その御世話は地域の方々がしていただろうとのことでした。まさしく、アーティスト・イン・レジデンスとコミュニティー・プロジェクト!

日本版アーティスト・イン・レジデンス

お話を聞きながら、当時の様子をイメージしてみると、まさしく現代で言うアーティスト・イン・レジデンスじゃないかと。もともと日本には、地域に支えられながら精神性の中核となる地域の活動が脈々となされてきていたと言う日本の風習を目の当たりにしました。「絵馬」という単語もじっくり考えていくと、見えていなかった歴史やお話に触れられたように、その後、この神社の名前「今八幡宮」の「今」とはどう言う意味かを宮司さんに伺ったところ、「まさしく現在、今のことですよ」とのお答え。昔から常に「今」な神社と日本の滞在制作(アーティスト・イン・レジデンス)のお話を聞くことができ、まさに古いものに触れて新しいものを知る、温故知新な体験となりました。



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