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自由と壁とHIP HOP

2012年11月

世界一周中の僕はイスラエルのエルサレムにいた。

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教と3つの宗教の聖地とされる場所、エルサレム。

イスラエルへはお隣の国、ヨルダンからバスで国境を越える。

ヨルダンの首都、アンマンからイスラエルへ向かうバスチケットを買う際、地元の人が

この路線のバスが先週爆破されて30人死んだんだ。」

そんな話を聞いた、不安定な情勢と時だった。

日本ではほとんど存在を感じることがなかった「死」というものが本当に自分のすぐ隣にある。

そんな環境の中にいるんだと初めて感じた国だった。

そんな事を感じながらもバスは無事にヨルダンから国境を超え、イスラエルのエルサレムに到着した。

バスを降りた瞬間、つい数時間前までいたイスラムの国ヨルダンとは違った人々で作られた国…

ユダヤ人の国、イスラエルがそこには広がっていた。

ユダヤ人によるユダヤ教の国、イスラエル。

それまで僕が出会ったどんな人種より品が高く見え、規律に満ちた人達だと感じたのが僕の第一印象だった。

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バス乗り場から市街地へと歩く。

程なくして今日の安宿を見つけた僕は荷物を部屋へ置くと、すぐさままたバス乗り場へと戻り

エルサレムから更にバスでパレスチナ自治区へと向かった。

エルサレムとパレスチナ自治区は他の国の国境越えと同様の検問があり、バスから全員降ろされる。

そこでパスポートチェックと身体検査、パレスチナ自治区へ入る目的を検査官に聞かれる。

白人、黒人、ユダヤ人、黄色人…

どんな人種の人達でもこの検査は受けさせられていた。

同じイスラエルという国の中でもパレスチナ自治区というだけで国境越えと同じ厳しい検査が行われる。

エルサレムから3時間程でパレスチナ自治区の中心街、ガザ地区へとバスは無事に到着した。

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普段の何気ない生活を送るガザ地区の町の中を地図を片手に歩いて行く。

市場や商店で買い物をしているパレスチナ人の視線を横目に感じながら町の奥へと進む。

それまでに訪れたどんな国よりもピリピリとした空気感で辺りは包まれていた。

言葉ではわからない【なにか】を感じる感覚は人一倍強いことは旅をしながら解った事だった。

他の日本人が感じない【なにか】

親しげに話しかけてくる人達の中でたまに感じる表情の違和感と言葉。

何気ない町に思える通り沿いにいる人達のちょっとした表情の変化と空気感。

話しても他の人にはあまり理解できない、わずかな感覚。

そんな感覚がガザ地区にはまるで視覚にまで表れそうな程、ピリピリとした感覚がとても強い場所だった。

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そんな町中をシャッターが立ち並ぶ裏路地を歩く。

正直、これまで行ったどんな街よりビクビクしながら周りを警戒して歩いた。

しばらく歩くと1人のアラブ系の顔をした男の人が英語で話しかけてきた。

アラブ人男「どこから来たんだ?」

僕「日本から来た。」

アラブ系男「何をしに来たんだ?」

僕「旅行中でイスラエルに来たからついでにガザ地区も見たくて来た。」

アラブ系男「そうか。外の国の人間にこの場所のことを知って欲しい!案内するからついて来てくれ!」

僕「……。」

そう言われて僕はその男の人について行く。

シャッター街が立ち並ぶ細い路地。

アラブ系男「この町は今ではほとんどシャッターが降りているけど、数年前までは商店が300軒以上

連なっている市場だった…。

それが今では30軒も営業してない…更に争いが酷くなったせいで。。」

町の奥へと続くその路地は、シャッターで硬く閉ざされたていた。

路地を歩きながらアラブ系の男が黒く炭がかったシャッターを指差して言った。

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アラブ系男「この食堂も先月まで営業していたんだけど、燃やされたんだ…奴らに…。」

少し顔を下げ、ため息をつきながらその男は首を左右に振った。

男は路地を歩きながら色々と町の状況を説明をしてくれる。

アラブ系男「見て欲しい家がある!」

そう言うと僕をとある民家の3階へと案内してくれた。

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階段を登りながら空を見上げると2階と3階の間に金網が張り巡らされており、その金網の上は

大量のゴミで埋め尽くされていた。

これが噂には聞いていた、同じ建物の上の階に住むユダヤ人から下の階に住むパレスチナ人へと

投げられるゴミなのか…。

ガザ地区では同じ数階建ての住居にパレスチナ人とユダヤ人が共に生活する。

パレスチナ人は1〜3階の低層階に。

ユダヤ人はそれ以上の高層階の同じ住居に住んでいる。

ユダヤ人はその高層階から低層階に住むパレスチナ人へゴミを落とす。

そのゴミを防ぐ為に3階と4階の間は金網が張り巡らされていた。

ガザ地区へ入る前に話には聞いていたが本当にそんな光景があったんだとうっすらと光が差し込む

金網越しの空を見上げながら思った。

階段を上るとイスラム教のヒジャブという黒い服をまとった女性がいた。

男はその女性にアラビア語で何かを伝えていた。

女性との会話が終わると男が再び英語で説明を始める。

アラブ系男「彼女はここで子供達を殺されたんだ。」

その女性は英語は話せないようで男が通訳として僕と女性の間に入る。

アラブ系男「この部屋で子供が部屋ごと燃やされた!6ヶ月の子供と3歳の子供が部屋で寝ていたのに、

そこに奴らは火をつけて生きたまま燃やしたんだ!まだ、6ヶ月と3歳の子供がいるのに!

あいつらは人間じゃない!クレイジーだ!!」

男はそれまでの親しげな話し方とは違い、声を荒げて僕へと訴えかけて来た。

アラブ系男「キミはこれから世界中を回るんだろ?少しでも良い…このガザで起こっている状況を友達でもSNSでも何でも良いから外の人達へ伝えてくれ!キミが今見ていることをただ、話すだけで良いんだ!」

隣にいた女性も両手を組みながら、僕の顔を真っ直ぐ見て必死にアラビア語で何かを伝えている。

先ほどとは全く違う必死に訴えてくる2人に

僕「わかった…。」

としかただ伝えられなかった…。

アラブ系男「これからどこへ行くんだ?」

僕「この地図のモスクへ行きたいんだ。」その事を伝えると

アラブ系男「こっちだ!」と言い再び案内してくれた。別れ際、

アラブ系男「お願いだからこの場所の状況をキミが世界へ伝えてくれ!SNSで書くだけでも良い!

それだけで外の世界の人達へこの場所の状況が伝わるんだ!頼む!」

再度その言葉伝えると僕と彼は別れた。

ガザ地区を後にした僕は来たときと同じバスを乗り継ぎ、エルサレムの宿へと戻った。

宿へ到着すると宿のオーナーがフロントで話しかけて来た。

オーナー「お〜!お帰り!今日はどこへ行って来たんだい?」

僕「ガザ地区へ行って来たよ。」

オーナー「あんな場所へ?あんな奴らの所へは行かなくて良いい…あいつらは人間じゃない…。」

僕「……。」

その宿のオーナーはユダヤ人だった。

僕が2012年に訪れたイスラエルでは距離にして僅か100㎞弱の同じ国内でこんなにも敵対しながら生きている人達がいた。

お互いがお互いを憎み、人間ではないとお互いに言っていた。

僕が出会った2人は人としてとても良い人達だと感じた。

でも、そんな中2つの人種はお互いのことを人間ではないっと僕に言いあった。

基本的に無宗教、無信仰、多種多様な文化を受け入れた日本で育ってきた僕には想像しても

理解できないほどの歴史と沢山の壁と問題がここイスラエルにはあるんだろうと思う。

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自由という生活と自由という言葉にははっきりと目の前にそびえ立つ分離壁という壁がイスラエルには存在した。

そして宗教と歴史という目には見えない壁もまた同じようにはっきりと存在していた。

遠く離れた国日本では感じることもなかった、自由と壁という2つのモノ。

最後にあの時僕が感じたモノを鮮明に思い出した映像作品を紹介しておきたい。

映画「自由と壁とヒップホップ」

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