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コロナ陽性が判明した被疑者の釈放

今年に入り、コロナ陽性(無症状)の被疑者を弁護する機会がありました。
軽微な暴行事案であり、逮捕されるほどの事件とは思えませんでしたが、不幸にも現行犯逮捕されました。
留置場に入る前の検査で、被疑者の陽性が判明しました。

今回知った、新型コロナウィルス陽性者に対する警察・裁判所の対応、顛末について、備忘として記します。

コロナ陽性被疑者に対する運用

まず、警視庁の一部の署に、コロナ陽性者の専門フロアがあります。
面会室では、被疑者と弁護人を隔てる窓は、ビニール袋で覆われています。
感染防護として科学的に十分かどうかは不明。
面会室を出入りする警察官は、防護服を着ています。
一方、(当たり前といえば当たり前だが)弁護人が防護服を着ることはないですし、接見の時間も制限されません。

弁護人が被疑者とやり取りした書面(弁護人選任届など)は、弁護人に交付する前に、警察官がビニール袋に包み、その上を消毒します。
ただし、疑問なのは、中身(書面)は除菌していないということ。
私のときも、警察官が「中身は除菌してません! 注意して下さいね。ウィルスは3日くらい消えないので」と親切にも(?)教えてくれました。
しかし、弁護人は、被疑者に書いてもらった書面を、検察庁や裁判所に提出する必要があります。
だから、弁護人は、警察から受け取ったビニール袋を開けて、自分で書類の消毒をしないといけません。二度手間です。

被疑者は、その後、裁判所で裁判官と面接します(勾留質問)。
東京地裁の場合、コロナ陽性者の被疑者の勾留質問は、他の被疑者より後の順番になるそうです。ウィルスの滞留を気にしているのでしょうか。
コロナ陽性の勾留質問は、アクリル板越しに行われます。
裁判官や裁判所書記官は、とくに防護服は着ません。

早期釈放はできるか?

逮捕後に就任した弁護人の目標は、何よりも、早期釈放です。
被疑者は、逮捕後48時間以内に、検察官に送致されます(送検)。
検察官が被疑者の勾留を請求したら、前記の勾留質問となります。
裁判官は、そのとき被疑者を勾留するかどうか決定します。
勾留になると、被疑者は、約10日間の身体拘束となります。
裁判官が勾留請求を却下したら、被疑者は、釈放です。
裁判官の判断がとても重要です。

今回の事件は勾留にはならないだろう、という見通しはありました。
もっとも、今回は、被疑者がコロナ陽性という事情があります。
「人質司法」と批判される日本の裁判所の姿勢を知っているので、少し気になっていました。

勾留の実体的要件は、刑事訴訟法60条1項及び判例により、次のとおりとなっています。

⑴ 被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること

 被疑者に次の事由のいずれかに該当すること
一 定まった住居を有しない
二 罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある
三 逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある

⑶ 勾留の必要性があること

上記⑴や⑵の要件は、実務上、大変緩やかに解釈されている現実があります(納得しているわけではありません)。
そのため、被疑者が勾留されるかどうかの勝負どころは、主に ⑶勾留の必要性の有無になっています。

不安になるのは「勾留の必要性」という要件が、漠然としていることです。
法律上の明確な定義がないため、個々の裁判官の判断に委ねられているところがあります。
もちろん「コロナ陽性者は勾留して良い」という法はありません。
勾留の可否は、あくまで刑事司法の観点から決まるものです。
コロナ陽性だから、罪証隠滅の可能性が高まるわけではないし、逃亡の可能性が高まるわけでもありません(むしろ低下する)。

しかし、詳細は省きますが、(法律の条文にはない)「再犯のおそれ」があれば勾留を継続してよいと主張する裁判官など、人権感覚に疑問のある裁判官も相当数います。

ですから、今回も、
「コロナ陽性者は隔離が必要だから、釈放する必要はない」
「陽性の状態で帰ってきたら、家族も迷惑ではないか」
と裁判官が言い出すかもしれない。
表向きはそういう暴論を吐かないとしても、証拠隠滅や逃亡の可能性を大目に見積もることによって、被疑者に対する勾留を正当化する裁判官がいるかもしれない。若干の懸念がありました。

結論としては、幸いにも、同居家族の方が大変しっかりしていました。
東京地裁の裁判官(刑事14部・馬場嘉郎判事)も「勾留却下=釈放」の判断をしてくれました。
勾留質問当日の夜、被疑者は釈放されました。自宅への帰路は、警察車両で直接送られたようです。公共交通機関はなるべく使わせないという警察の判断でしょう。

今回の事件は、依頼者がコロナ陽性という不測の事態でした。
その中でも「法律の原則に則って判断する」ことの大切さを感じました。

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