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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第6話 解明と模倣 【1,2】

<2,600文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

【 1 】

「ありがとうございます。迎えに来てくださって」
「いやいや、釈放されてなにより」

 ナンコツの自家用車に阿佐ヶ谷研究所の面々が勢揃いした。その七人乗りバンの助手席には体格の大きいアゲダシドウフが座り、二列目に博士と千堂、三列目にトリカワポンズが着席している。
 夕暮れの警察署はいつになく慌ただしかった。駐車場から出るために、行き交う人々に気を配らなければならなかった。

「それにしても助かりました」
 千堂が博士に頭を下げる。
「おや、私が助けたと確信があるんだね」
「違うんですか?」
「違わないよ」
「警察官が急に慌て出して。しきりに謝罪されましたよ。ね、アゲダシさん」
 アゲダシドウフは首から上だけで振り返る。
「ええ。あの態度の急変ぶりには驚きましたね」
 博士がアルケウスと取引をしたことで、監視カメラの映像を確認した全員の認識が変わったのだ。なぜアゲダシドウフを勾留しているのかわからなくなり、逮捕を命じた本人も首をひねった。千堂に至っては、留置されているのを担当官が見つけ「これ誰ですか?」と上司に尋ねたことから発覚した。
 同様に、学校への放火を疑われていた中学生も誤認であることがわかり、事故を起こしたトラックは前夜に細工されていたことが判明した。東京モノレールの運転手を殺したのも、ホームから女性を突き落としたのも、あらゆる目撃証言が同一人物を指していた。警察はその人物がサイゼリヤのバイトを終えた直後に逮捕した。

「さて、そろそろ博士には話してもらわないといけないことがあるな」
 後部からトリカワポンズの声がする。
「博士だけじゃないか。千堂さんもだ」
 その声は静かだが、車内によく通る力強い声だ。
 西陽が低く差し、それぞれの顔をオレンジ色に照らしている。
「なにを……話せばいんです?」
 博士は振り返らない。
「いくつかあるけどな。まず、アルケウスが生み出された理由とか。俺たちが戦っている敵は何者なのか、とか。博士が取引するときに見せていた写真は誰なんだ、とかな」
 太陽のせいで、博士の白衣はむしろ金色に見えた。
「俺は、ぜんぶ一直線に繋がっているんじゃないかと踏んでるんだけどな」
「どうしてそう思うんです?」
「ただの勘だよ。当たらないと教えてもらえないのかい?」
「いえ」
 博士と千堂は視線を交わす。千堂は小さく頷いた。

 交差点を左折すると太陽が正面にまわった。西陽が強く差し込んでくる。ナンコツは天井からサンバイザーを下ろした。

「わかりました。ここにはお茶も茶菓子もないですし、退屈しのぎに少し昔話でもするとしましょう」

【 2 】

「ヒロシ。またジンくん来たよ」
 母親が部屋をノックする。
「……おう」
 中から覇気のない返事が聞こえた。母親は苦笑する。
「一日のうちでヒロシと会話するのって、このときだけなの。あとは無視されちゃうから」
「まあまあ。僕も自宅ではそんな感じですから」
「ジンくんも? あらそうなの。どこも高校生の男の子ってこんな感じなのかしら」
 鍵が音を立て、ドアが開く。
 半身だけ姿を見せたヒロシが「おう」と呟く。これは「ジンだけは入っていい」という意味だ。拒絶されないことを知っているジンは、遠慮なくドアをくぐる。
 母親が口を開きかけたのを察して、ヒロシはドアを閉じる。あえて必要以上に音を立て、鍵をかけた。
「よっ」
「おう」
 必要最小限の会話で、それぞれの定位置に移動していく。ヒロシは自分の研究用デスク。ジンは本棚からマンガを抜き取ったあと、三人掛けソファに寝転んでそれを開いた。「大東京トイボックス」の七巻だ。
 そこは高校生の勉強部屋にしては広すぎた。中小企業の会議室のなかには、ここより狭いところもあるだろう。しかし、人の往来できるスペースはほとんどなかった。至るところにモノが散乱し、カーペットの見える獣道のような細い空間だけが、辛うじて足裏の安全を保証していた。

「ゲームとかマンガがさ」
 デュアルディスプレイに向き合ったまま、ヒロシは背中で語る。
「ん?」
 ソファに寝転んだジンは、視線だけをその背中に向けた。
「人間の欲望に影響を与えると思う?」
「……どうだろうな。まあ、そういうこともあるんじゃないの」
「俺は懐疑的だね」
「……ふぅん」
 ジンはソファから半身を起こした。マンガは肘置きに立てかけておくことにした。ヒロシが研究中に雑談をするのは珍しかったからだ。
「人間の欲望ってそんな浅いもんじゃないよ。本能的な欲望から高度の欲望までいろいろあるけどさ。まぁ、野生動物に襲われるような状況があったら、たしかに影響を受けたと言えるかもしれない。でも、マンガみたいな視覚情報だけで左右されるほど浅いものじゃないんだ」
 ジンは無意識のうちに、さきほどまで読んでいたマンガの表紙に目をやった。
「逆なんだよ」
「逆?」
「ああ。菓子パンを盗んだヤツは、ルパン三世を観たから盗んだんじゃない。腹が減ってたからだ。浮気相手を刺し殺したヤツは、名探偵コナンを読んだからじゃない。そいつが憎かったからだ」
「まぁ、そうだな」
「むしろ、なんで表現物にそういうのが多いかっていうと、みんなやれないからだよ。リアル北斗の拳みたいな世の中だったら、怪盗も名探偵も出番がない。窃盗も殺人も日常なんだから」
「まぁな」
「ルパンやコナンが流行るってことは、つまりルールとか、倫理とか、社会通念とか、そういったものにみんなが従順に生きている証拠なんだと思う」
「……なるほど」
「ただ、例えば、もう食べなければ死んでしまうというような極限のときは、生命として当然の反応をすると思う。目の前に食い物があって、倫理上は盗むべきではないと知っている。だけど、倫理がそれを止められるだろうか」
「まぁ、盗んで食べるだろうな」
「そうだろ。欲望ってそういうもんだよ。倫理のために死ぬように生命はできていない。言ってみれば、生きるための条件を整えるのが欲望の正体だと思う」
「生きるための条件……か。なるほど。条件が不足していればそれを求める」
「そう」
 ヒロシはそこでようやくディスプレイから視線を外した。椅子を回転させて、身体ごとジンに向き直る。

「だから不思議なんだよ。人間にしか備わっていない高度な欲望はなぜ必要なのか。食べるとか寝るとかじゃない、生命維持に関係ないはずの欲望が、生きるための条件として並べられたのはなぜか」

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)