見出し画像

メディア進化論――プラットフォームのニュース争奪戦と伝統メディアの抵抗

■メディア進化論

絶滅、生存、そして自然淘汰――。最近、生物学における「進化論」を、メディアを取り巻く状況変化にうまく適用できないかと考えることがある。

これにはきっかけがあった。

2015年8月、オランダのメディア取材で同国のジャーナリズム基金を訪れたときのこと。この基金ではメディア関係者150名以上にヒアリングをしてまとめた「What's New(s): Scenarios for the Future of Journalism」という未来予測レポートを出しており、米国とはまた異なる未来を描いている。

米国ではThe New York Timesの「イノベーション」という社内改革レポートが漏洩して話題となったが、オランダジャーナリズム基金の場合はそれとは対照的に外に向けて公開されたレポートとなっている。特に注目すべきは、4つのシナリオを通じて未来予測していることだ。

そのひとつに、「Darwin's Game」というシナリオがある。ダーウィンの進化論を引き合いに、メディアが環境の変化に合わせて進化していくという未来を描くものだ。伝統メディアは適応しなければ絶滅してしまうのである。

また、たとえ適応したとしても、ソーシャルメディアがコンテンツ流通に大きな力をもつので、読者は広告や真偽不明の情報があふれる状況に嫌気がさし、限られたメディアだけが信頼される状況が生まれる。この未来では透明性や責任説明が重要になり、さまざまなことを可視化する必要性が高まる。

メディアは環境が変わるたびに、生存のためのコラボレーションや実験を繰り返すため、どんどんメディアのスリム化が進む。多くのメディアはフリーミアムモデルで収益を上げ、クオリティの高い記事や調査報道は少数読者の課金によって成り立つ──。

そんな未来像がシナリオのひとつとして描かれていた。基金のジェネラル・ディレクターを務めるRené van Zanten氏は「この基金は新聞を残すためではなく、ジャーナリズムを残すためにある」という。たとえ新聞がなくならないとしても、「なくなった世界」を想像しながらトライアンドエラーを重ねることが重要になるだろう。

環境変化が激しい現在、「メディア進化論」を研究するにはまず、その変わりぶりをできるだけ正確に押さえる必要性がある。そこで数回にわたって、主に2015年以降における重要な動きを記していきたい。

***

■世界最大のメディア兼プラットフォーム「Facebook」

2015年はプラットフォームによる「ニュース争奪戦」が激化した1年だった。Facebook、Snapchat、Twitter、Apple、Google、LINE……。多くのプラットフォームがそれぞれのやり方で、ニュースと向き合い、時間を奪い合っている。

その先頭を進むのは、いまや月間アクティブユーザー数16.5億人(日間アクティブユーザー数は10.9億人)を超えたFacebookだ。Facebookメッセンジャーの月間アクティブユーザー数も9億人以上となり、もはや敵なし状態である。そんなFacebookは、世界最大のソーシャルプラットフォームであると同時に、多くの人にとっては最大のメディアとしても機能している。

Facebookが対外的にメディアとしての色を強めだしたのは、2015年5月に新サービス「Instant Articles(インスタント記事)」を発表したことに端を発している。これはアプリ内でリンク先に飛ばずとも記事を読むことができるホスティングサービスである。

当初、BuzzFeedやThe New York Times、The Guardian、National Geographicなど9媒体をパートナーに迎えて米国でスタート。昨年10月にはiPhone版Facebookアプリ、同12月にはAndroid版Facebookアプリの利用者はInstant Articlesを利用できるようになった。昨年12月には韓国、インド、台湾などアジアの50以上のメディアとの提携を発表し、今年1月からは日本でのテスト導入が開始した。

実際に体験するとわかるが、記事表示の素早さが大きな長所となっている。媒体側でFacebookのサーバーに記事をアップする仕組み(プラグインなどを利用すればもっと容易に配信できる)で、パブリッシャーは各種データにアクセスできる。Facebookによれば、これまでは記事の読み込みに「平均8秒」かかるとされており、これを10倍以上速くするのだという。また、Instant Articlesの利用で記事のクリック率が2割、シェア率が3割増すことがわかっている。

表示速度のほか、実はニュースや広告をよりリッチに表現できることもメリットのひとつ。メディア側は、地図や写真のパン・チルト(上下左右振り)、写真への音声埋め込み、動画や音声の自動再生など新しいニュースの閲覧体験を提供できる。Facebookの技術力に乗っかるかたちで、伝統メディアの記事表現が多様になる、なんてことを感じる機会も増えてくるのかもしれない。

収益面については、Instant Articlesには広告を掲載することができ、メディアが販売する場合は広告収入の100%がメディアに入る仕組み。Facebook側が出稿する広告の場合、広告収入の70%がメディアのものとなる。伝統メディアのなかでは、2015年9月にすべての記事をInstant Articlesで配信すると発表したワシントン・ポストが積極的に利用している。しかし、広告と課金のうち、後者の収益モデルを描くメディアはどこか躊躇している印象がある。

Instant Articles開始から約1年。まだ一部のメディアによる利用にとどまっているため、個人の利用も広がらないと適切な評価はできないだろう。ただ、サービス名に「記事(Articles)」という言葉が入っているのは、ニュースとまっとうに向き合う姿勢を表しているのかもしれない。発信者としては、こういったプラットフォームをどれだけ有意義な接点にできるのかが問われている。

FacebookはInstant Articlesのほか、著名人限定の「Facebook Mentions」、Trendingセクションの設置、ジャーナリストがコンテンツの発見・記事投稿するための「Signal」機能、ニュース通知アプリ「Notify」のリリース、そしてライブ機能のリリースなど、ニュースやジャーナリズムをめぐる施策を次々打っている。

また、4月のF8カンファレンスで発表があったように、「bot(ボット)」がメディアやコンテンツの接点として重要な機能を果たすようになる可能性もあるかもしれない(現状はコマースでのカスタマーサポート的なチャットボットが大動脈なのだろうが……)。

Pew Research Centerの調査では、Facebookを日頃のニュースソースとしている大人は4割というデータが出ている。各種メディア自体を第一ソースとするのではなく、SNS自体が情報収集のための場所と化しているのだ。

当然ながら外部でコンテンツが消費される場合、ブランド認知の獲得や読者との関係構築をどのようにおこなっていくのかが大きな課題となる。これらを丁寧に積み上げていくならば、プラットフォームに乗らない、もしくは自分たちでプラットフォームをつくってしまうくらいのほうが、賢い選択となるだろう。

■ミレ二アル世代を押さえた「Snapchat」

世界的に見てFacebookに次ぐ、注目プラットフォームは2011年にローンチされたSnapchatだろう。消えるメッセージングアプリとして、送信者が10秒以内の閲覧時間を設定、受け手はその時間以上コンテンツを見ることができない特徴が若者たちを惹きつけた。

デイリーアクティブユーザーは2月時点で1億人以上、デイリーの利用時間は25~30分、月間の動画再生数が100億回を超える。Facebookの月間動画再生数は昨年11月に80億回と発表されている。その後の成長を加味すると、投稿される動画の種類は異なれど、Facebookとほぼ同等の規模感を誇る(ちなみにSnapchatは2013年にFacebookの30億円の買収提案を断っている。この2つのプラットフォームの勝負はさらに見所がありそうだ)。

そんなSnapchatは、2015年1月、パブリッシャーがコンテンツの入稿・配信を行う「Discover」という動画セクションを設置した。ローンチ時の12媒体には「CNN」や「Vice」などが名を連ね、いまでは「BuzzFeed」「Vox」なども参加。コンテンツは24時間で消滅し、縦型ならではのコンテンツが毎日並び変わる。どの媒体も1日分として10本前後のコンテンツを配信。記事と記事の間に動画広告が差し込まれる。収益に関してはレベニューシェアモデルを採用し、パブリッシャーは広告掲載料の7割を手にすることができる。


Snapchatは縦型かつ写真や動画などビジュアルコンテンツがメインのプラットフォームであるため、Discoverはこれまでのコンテンツのあり方を大きく変える可能性を持っている。百聞は一見に如かず。実際に見てもらえば、これまでになかったスマホにおけるコンテンツ体験だということはすぐに理解できるはずだ。

多くの媒体がテキストよりは、アニメーションやモーショングラフィックが多用される。チャンネルをもつ新興メディアの自由なコンテンツを体験すると、その新規性、革新性に驚くだろう。USA TODAYによれば、Snapchatの縦型動画は通常の横型動画よりもエンゲージメント率が9倍高いことがわかっており、このプラットフォームを積極的に利用する理由もすでにある。

FacebookのInstant Articlesは「記事(Articles)」とあるように、あくまでこれまでの記事体験の延長線上で、読み込みを速くするサービスだと捉えることができる。しかし、縦型動画のDiscoverは記事の概念自体を大きく変え、新しい時代にフィットした新しいコンテンツのフォーマットを定義しようとしているのではないだろうか。コンテンツはある程度メディアのかたちに規定されるところがあるのだから、Snapchatが多大な影響力をもつようになれば多くの動画が縦型への転換を求められるタイミングが来るのかもしれない。

comScoreの調査によれば、Snapchatの利用者の7割が18~34歳(ミレニアル世代)である。特にDiscoverは、若者とニュースの接点を築けなかった伝統メディアにとってみれば、新たなコンテンツ流通に向けた貴重な場だろう。参画したいメディアは多いと推察されるが、動画やグラフィックコンテンツのため人材獲得は課題となりそうだが……。

また、Snapchatはほかの機能も充実している。たとえば、2013年にはユーザーが「Story」を投稿できるようになった。ライブ配信できる「Live」機能は毎日1500万人を超える視聴者がいる。自社のオリジナルコンテンツも制作するため、分散型メディアの代表格「NowThis」社長を務めたシーン・ミルズ氏をオリジナルコンテンツ部門のトップに採用し、2015年に「Snap Channel」というオリジナルコーナーを設けた(しかし、2015年10月には閉鎖発表された)。

と、ここまでいい面を強調して紹介したが、動画についてビューアビリティ基準に課題は残る。再生数に応じて広告費が発生するにもかかわらず、動画広告がほぼゼロ秒でも再生カウントされていることがあると海外メディアでたびたび報じらている。まだ広告事業が順調とはいえないが、Business Insiderによれば年間1億ドル(約120億円)の売り上げも見えてきているそうだ。

さらに話はそれるが、2016年はトランプの躍進などもあり、米大統領選が盛り上がっている。Snapchatはニュース部門のトップに元CNNのピーター・ハンブリー氏、Googleで政治関連広告を担当していたロブ・サリターマン氏を迎えて、政治関連のコンテンツ制作もおこなっている。オバマ大統領の時代にはTwitterと選挙の関係が注目されたが、政治とメディアにおいてもSnapchatから目が離せない。

■速報に強いが、決定打がない「Twitter」

ハドソン川の奇跡やアラブの春など、社会的にも重要な価値を発揮してきたTwitter。それでも2016年の1~月期の純損益が7973万ドルという発表もあり、低迷が続く現状がある。近々の機能アップデートを見ていても、「お気に入り」から「いいね」の変更が示すようにFacebookの後追いのような印象も受ける。

そんなTwitterは、特に速報ニュースにおいて独自の立ち位置を築いてきた。しかし、(特に長い)コンテンツへの取り組みが弱い印象がある。これまでも、たびたび「Flipboard」や「Nuzzle」などのニュース・マガジンアプリを買収するのではないかと報道されてきた。

FlipboardのCEOのマイク・マッキュー氏は2010~2012年にかけてTwitterの取締役も務めていたことすらある(競合関係が強まり、メンバーからはずれたが)。Twitter前CEO ディック・コストロ氏が退任した際には、彼が次のTwitterのCEO候補として名が挙がるほどの関係性だ。Twitterがニュース系アプリやコンテンツ拡充をどのように図っていくのかは、プラットフォームとして生き残りが関わる点となるだろう。

もちろん2015年には、「ニュース機能」や、編集スタッフやツイートや画像などをまとめる「Moments」機能がはじまってはいるものの、ほかのプラットフォームと比較してしまうと決定打には欠けている。追って詳述するグーグルによるモバイルアプリのロード時間を短縮するプロジェクト 「Accelerated Mobile Pages(AMP)」にも参加しており、この効果は今後期待されるところである。

Pew Research Centerが実施した米国のTwitterユーザーへの調査(http://www.pewresearch.org/fact-tank/2015/08/19/how-do-americans-use-twitter-for-news/)によれば、その半数がニュースに関してツイートをし、4割が意見も合わせてツイートしている。加えて、ニュース取得のためにTwitterを利用するユーザーは6割を超えているというデータもある。本当にニュースに強いプラットフォームであるはずなのだ。しかし、あらゆるプラットフォームのなかでいまいち優位に立てていない。


今年に入ってからの迷走といえば、字数制限を撤廃し1万字まで投稿できるようにするのかどうかという話題だ。後日、CEOのジャック・ドーシー自身によって否定されているが、これはコンテンツをめぐる大きな一歩になり得るとも思われていた。

つまり、Facebook(Instant Articles)やSnapchat(Discover)と違って、メディアのコンテンツをホスティングする機能がないTwitterが長文コンテンツを受け入れるようになるのか、と。Twitterではスクリーンショットでのコンテンツ共有も盛んなように、またInstant ArticlesやDiscoverのように、リンクに飛ぶという行為は減っていくだろう。この点において、字数制限の撤廃(の実現)は、ほかのプラットフォームに追いつく一手でもあったはずなのだ。

Twitterは速報ニュースへの強みを保持している一方で、やはりメディアやコンテンツへの向き合い方が問われている。記事、写真、動画、中継などでどのように差別化していくのか。また買収などを通じた強化策があるのか。決定打が待たれる。

■Apple、ニュースアプリの衝撃

2015年6月、AppleがiOS9を発表した。なかでも、無料ニュースアプリ「News」の提供は一大トピックとなった。AppleはこれまでNewsstandなど雑誌や新聞を購読できる機能はあったが、スマホやタブレットに最適化した美しいニュースアプリを用意したのだ(Newsstandは閉鎖となった)。新OSのアップデートがはじまった9月から、米国ではNewsが利用できるようになった。見た目はFlipboardのようでもある。

このアプリでは、The New York TimesやThe Economistなど伝統的なパブリッシャーに加え、BuzzFeedやQuartzなど新興媒体も参加。メディアだけでなくブロガーなど個人が参加できることも優れたポイントだろう。

収益化も注目されている。具体的には、パブリッシャーが販売する広告収益を100%受け取れることができる。Apple側が販売する広告については、利益の配分が30%となる。なお、App Storeにおけるサブスクリプション課金のパブリッシャー側の取り分は、変わらず30%のままである。

パーソナライゼーションも特徴のひとつである(フォローしているチャンネルやトピックの話題が表示する「For You」機能)。それでも、基本的には編集者がニュースの選定をおこなう。実際、以前からTechCrunchやMacworldなどテックメディアからライターや編集者を採用している。ニュースをユーザーに届ける仕事をアルゴリズムに任せすぎないことは意外と大切なポイントかもしれない。

Appleのニュースアプリ参入は、Facebook、Snapchat、Twitterなどのソーシャルプラットフォームにとって新たな競合が生まれたことを意味する。AppleはSNS運営企業ではないプレイヤーであるのが強みである。つまり、iPhoneにおけるニュースの標準を作り出せる。ただ、結果はどうだろう。

DIGIDAYでは「(2015年)11月2日までにiPhoneユーザーの66%が入手している。また、2015年10月のAppleの発表によると、Newsのユーザーは、すでに約4000万人もいる」「パブリッシャーにおいて、Newsから得られる流入は、1カ月あたり100万ビューに少し届かないほど」と報じている。思いのほか、規模は小さい。

■高速化を実装する「Google」とジャーナリズム

「コンテンツ表示に3秒以上かかると、大多数のユーザーが閲覧をやめてしまう」

そんなデータをGoogleが発表している(ちなみにFacebookはInstant Articlesのローンチ時に、URLの読み込みに8秒かかるというデータを発表している)。先述のWebページの高速化プロジェクトAMPでは、従来よりも表示速度を4倍速く、データ量を10分の1にすることで高速化を実現した。

「遅いより速いほうがいい」

これは、Googleが掲げる「10の事実」の3番目に書かれている言葉である。まさにAMPプロジェクトを体現するようだ。AMPはユーザーがスクロールしてから画像や動画をロードするという仕組みで、Googleの最高性能のサーバーにキャッシュすることで、モバイルでの記事の読み込み時間を大幅に短縮することができるという。

ページの読み込み時間を激減することは、ジャーナリズムのアクセスしやすさに貢献する意味合いもあるだろう。Googleはジャーナリズムについても自覚的であり、特にジャーナリストの支援に積極的なのだ。

Googleは2015年6月、ジャーナリストや起業家支援をおこなう「News Lab」というプロジェクトのローンチを発表。ツールとデータ、プログラムの3つの観点からジャーナリズムを支援する取り組みである。

1つめのツールでは、調査・レポート・流通・最適化をテーマに、「Google Search」「Google Maps」「YouTube」「YouTube Newswire」「Google Play Newsstand」「Google News」「Google Public Data Explorer」「Google Earth(Pro)」「Google Alerts」「Google Consumer Surveys」「Google Translate」「Google Permissions」「Google Scholar」「Google Crisis Map」「Fusion Tables」「Google Trends」の活用法を共有する。

2つめのデータでは、検索トレンドをリアルタイムに可視化する「Google Trends」の概要とメディアの活用事例を紹介。3つめのプログラムでは、「Matter.」「Hacks/Hackers」「European Journalism Centre」などの企業・組織と協力して支援プログラムやイベントを提供している。

また、Googleは2015年4月に「Digital News Initiative」という、モバイル時代におけるデジタルジャーナリズム支援の取り組みを開始。同年10月には、プロジェクトチームが、Google社内のリソースとヨーロッパ地域内のメディア企業の共同運営による「Digital News Initiative fund」をスタートし、未来的なアイデアやプロジェクトを実現したいニュースメディア企業に支援(最大1.5億ユーロ)するとした。

2016年2月にはThe TelegraphやThe Financial Timesをはじめとする受賞者が発表された。今回は1.5億ユーロのうち2700万ユーロが、23地域128媒体/プロジェクトへの支援となる(30地域1200以上の媒体/プロジェクトもの応募から選出された)。

Googleとジャーナリズムのかかわりはソフト面や金銭面以外にも存在する。ハードウェアの観点から例を挙げるならば、2015年10月に発表されたThe New York TimesによるVRの新プロジェクト「NYT VR」がある。同紙の有料購読者100万人以上にダンボール製のVRビューワー「Google Cardboard」を配布、スマホアプリを通じて没頭できるジャーナリズムを提供するというのだ。難民をフィーチャーしたドキュメンタリーなどいくつかのVRコンテンツを体験できる。

「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」という壮大な使命を掲げるGoogleだが、SNS領域においてはその市場を逃している。Google+はいまのところ「失敗」と言っていいだろう。だからこそ、さまざま企業・組織・団体と組み、Googleなりのジャーナリズム支援を行なう必要があるのだ。

AMPのようなモバイルインターネットの高速化は、実はGoogleにとって諸刃の剣かもしれない(4月からGoogle NewsもAMP対応を開始したが)。

先に紹介した「遅いより速いほうがいい」というメッセージを思い出してほしい。本来、検索サービスと広告モデルで拡大してきたGoogleにとってみれば、滞在時間を伸ばしたほうが売上につながるはずだが、高速化によってユーザーの滞在時間をできるだけ短縮しようとしている。そこからは、あくまでユーザーを見つめる姿勢を感じることができる。

■パッケージ配信できる「LINE」アカウントメディア

日本ではLINEが2015年12月から、公式アカウントを利用したニュース配信機能をメディア向けに開放している。24媒体からスタートし、いまでは60ほどの媒体のニュースを「LINE NEWS DIGEST」や「LINE NEWS マガジン」のような見せ方で読むことが可能になった。

参加メディアは自分たちが設定したタイミングで、LINE社が用意したCMSを用いて、写真やテキスト、タイトル、パッケージの配置などを決め、配信することができる。「LINEアカウントメディア プラットフォーム」は、公開後1日で登録者が300万人、1月7日時点で累計購読者数は1000万人を超えた(「LINE NEWS」の月間アクティブユーザー数は2200万人)。

3月にはブロック紙・地方紙の参画を発表。同時に、パーソナライズ配信機能やLINEタイムライン最上部へのニュース枠の新設などLINEアプリとの連携強化の方針を打ち出し、多くのユーザーとニュースとの接点を創出している。世界でみれば2億人以上のユーザーを抱えるLINEはこれまで紹介してきた海外発のプラットフォームとどのような勝負を見せるのか楽しみではある。

LINEアカウントメディアはInstant ArticlesやDiscoverなどとは異なり、単体の記事ではなくパッケージとして配信できることが大きな特徴だ。ご存知のように、SNS全盛の時代において、1本1本の記事がURL単位でバラバラに消費され、メディア名(ブランド)もなかなか意識されなくなってきている。その意味で、媒体側にとってパッケージで配信できる重要性は増している(ユーザーにとってそれがどれほどの価値なのかはわからない)。この逆張り戦略には注目したい。

ここまでFacebook、Snapchat、Twitter、Apple、LINEという巨大プラットフォーム企業のニュースに対する取り組みを紹介してきた。そのほかにも「WhatsApp」(月間アクティブユーザー10億人)、「WeChat」(月間アクティブユーザー6.5億人)、「Kik messenger」(月間アクティブユーザー2億7500万)、「Viber」(月間アクティブユーザー2.5億人)など巨大なプラットフォームが存在する。

The New York TimesやUSA TODAYがWhatsAppを活用し、The Huffington PostはViber、The The Washington PostはKik、BuzzFeedはWeChatやViber、BBCはLINEやWhatsAppなどを使い始めている。この流れは今後もますます進むはすだが、サイト外で読まれるコンテンツが増えれば増えるほど、媒体にとって「データ」が非常に重要となる。

特にSNSやメッセンジャーアプリからの流入はノーリファラーである場合も多かったため、「ダークソーシャル(Dark Social)」とも呼ばれる不透明なソーシャル情報として捉えられていた。そうなるとデータ収集・分析ができず、コンテンツの試行錯誤することがむずかしかった。

しかし、各プラットフォームが媒体向けのプログラムを用意するにつれて、メディアにデータを提供したり、メディアがデータを分析したりすることができるようになった。コンテンツがあちらこちらに分散すればするほど、データを把握・分析する必要性が増してくるのである。

■分散型コンテンツの時代

読者に来てもらうのではなく、読者のいるところに届けていく――。

ソーシャル時代の流通にはこのような考え方が前提となっている。PCからウェブサイトに訪問すれば、ロゴやデザイン、記事の切り口など視覚的に認知できるが、スマホからの訪問ではパッケージではなく、URL単位での情報消費となる。そのため、記事は読まれても、メディアのブランドを認知してもらうことが困難になりつつある。

サイトに来てもらうのではなく、さまざまなプラットフォームを利用する読者のいるところに最適で効果的なコンテンツを出していく動きは「本流」と言えるだろう。

「BuzzFeedはウェブサイトさえ必要ないと思う」
「メディアとコミュニケーションはひとつになりつつある」
「BuzzFeedはただのサイトではなく、流通までのプロセス全体」

2016年の大潮流である「分散型」を理解するうえで、上記のようなBuzzFeedのCEOジョナ・ペレッティの言葉が役に立つ。2006年にスタートしたBuzzFeedは、かつてThe Huffington Postが検索時代の有力メディアとして名を上げたように、ソーシャルメディア時代を代表するメディアとなった。流入経路を見ればわかる。

ジョナ・ペレッティがRe/codeに明かしたところによれば、27%がFacebook動画、23%が直接もしくはアプリ、21%がSnapchat、Google検索はたった2%だという。Snapchatがトラフィックの5分の1を占めていることから、ソーシャルに加えて若者の支持を受けていることがうかがえる。また、BuzzFeedの食の動画メディア「Tasty」の人気はFacebook動画なしには語れないだろう。このようなプラットフォームとメディアの共存関係は興味深い。

今年のSXSWのセッションにて、BuzzFeedは1日600コンテンツ、すべてのプラットフォーム上で月間60億回の閲覧数というデータを発表した。

「ニュースとエンターテインメントのためのグローバルで、クロスプラットフォームなネットワーク」だけあり、コンテンツ数は圧倒的である。BuzzFeedは数だけでなく、その種類も多様だ。それらを広く流通させ、得られるデータをもとに、より良いコンテンツづくりにフィードバックするという循環はプラットフォームを乗りこなす上で欠かせないだろう。

BuzzFeedの流通に関して、「BuzzFeed Distributed」というデザイナーやイラストレーターを中心としたチームがある。2014年夏、5000万ドル(約54億円)もの巨額調達を受けて新設された。さまざまなネタをソーシャルメディアやメッセージアプリに次々と投稿しおり、buzzfeed.com向けにつくらない、Webサイトに載らないコンテンツをつくる、という点で非常に新鮮だ。このことは、人々とコンテンツの出会いがWebサイトの外になりつつあり、その点を研究・実験する必要が高まっている証左となる。

BuzzFeedの編集部門はBuzz、News、Lifeの3つに分かれてURL付きのコンテンツを制作しているが、BuzzFeed Distributedではリンクのないコンテンツをひたすら外部プラットフォーム(Twitter、Vine、Tumblr、Instagram、Facebook、Pinterest、Snapchat Stories)に配信し、特にミレニアル世代の読者とのエンゲージメントを図る。

「ウェブサイトさえ必要ない」「メディアとコミュニケーションはひとつになる」「ただのサイトではなく流通までのプロセス全体」──改めてこれらの先見性に驚くばかりだ。実際、ミレニアル世代にかぎっては、テレビを超えるリーチを記録していることからも、その凄みがわかる。

BuzzFeedについては、「バズフィードはなにがすごいのか? 海外における新興・大手メディアの現状比較」というスライドにまとめているので参照されたい。

■分散型時代に切り込んだ「NowThis」

分散型、という意味でいち早く最前線に立ったのは、新興の動画ニュースメディアNowThisである。それは、ホームページをなくす、というラディカルな手法をもってであった。PC経由でWebサイトを訪問すると、各プラットフォームへと誘導を促すデザインとなっている。

NowThisの編集体制における特徴のひとつは、Twitter、Facebookなど各プラットフォームに担当者を配置していること。分散型戦略を立てるには、そこにいるユーザーの特性を理解することがスタート地点とも言えよう。

現在、NowThisはFacebook、Twitter、Snapchat、Vine、Instagram、Tumblr、YouTube、Weibo、WeChatという9つのプラットフォームで1日60ほどのコンテンツを展開。5つの編集チームのうち、Facebookには3つのチーム、Twitterには1つのチーム、それ以外に1つのチームという割合で動いている。

そのなかでも、特にFacebookに力を入れている。メインのページ以外にも「NowThis Election」や「NowThis Entertainment」「NowThis Future」「NowThis Weed」「NowThis Booze」といったジャンル特化を進め、大統領選報道にも積極的に取り組む。

そんなNowThisは、2016年1月時点でさまざまなソーシャル/メッセージングプラットフォーム上での月間動画再生数が約10億回を超える。NowThisがカバーする領域のほとんどが短尺動画でのニュースということもあり、まだ収益モデルを描けていないように見える(ネイティブ広告とプラットフォームへの配信料など、まだ予想の範疇を超えていない)。

収益モデル以外には、ブランド認知が課題となっているだろう。正直なところ、NowThisは分散型への振り切りの良さから、日本では過大評価されているように思う。ただ、これまでのメディアの前提を疑い、試行錯誤を続ける姿勢は高く評価されるべきである。

分散型時代には言うまでもなく、データが重要になる。NowThisで言えば、初期はアンカーを起用していたが、現在は字幕スーパーでニュースを報じている(そうすると音声なしでもニュースを知ることができる)。いまのところ、ニュースの短尺動画においては、広くこの手法が用いられている。

BuzzFeedとNowThis、分散型時代に急成長するメディアと伝統メディアを分かつものはなんだろう。顔が見えているかどうか。読者の居場所を知っているかどうか。テクノロジーやデータを使う体制にあるかどうか。たとえばこういった要素を挙げられるだろう。

しかしながら、分散型時代のブランド構築と収益モデルにまだ答えは出ていない──。

■The New York Timesの大復活

プラットフォームと分散型の話の次は、この新時代に苦しむ伝統メディアを取り上げる。はたして、激変するメディア環境のなかで生き抜くことができるのか。2015年10月にはデジタル版の有料購読者が100万人を突破し、デジタルへの舵切りが顕著なのがThe New York Timesだ。

「デジタルの有料購読者を増やすため、グローバルなオーディエンス(聴衆)を増やしたい。デジタル広告も増やしたい。ライフスタイル分野でクッキングアプリを開発しているが、さらにこういうものの開発も増やしたい。あと、イベントのビジネスも増やしたい。ビジネス界向けの事業も検討している。過去5年間でデジタル収入は倍増しており、さらに倍になればティッピング・ポイント(臨界点)を超え、デジタル収入が紙の収入を大幅に超えてくる」(毎日新聞「NYT:CEO講演…報道プラス聴衆との新たな関係がいる」より)

2015年9月に日本記者クラブで講演した同社社長兼CEOのマーク・トンプソン氏はこのように語ったという。米国だけでなく世界を見据え、報道だけでなくサービスやイベントも提供していく……150年以上の歴史をもつメディアとして、非常に積極的な姿勢だと捉えることができる。

The New York Timesがこのような意識で動いている背景には、2014年5月にリークされた96ページにも及ぶ「イノベーション」と題したレポートの存在があるだろう。リークされたレポートの中身は衝撃をもって受け入れられた。

約6カ月の調査期間の末に漏れ出てたこのレポートでは、メディアをとりまく環境の激変を詳細に記したうえで、新規読者の開発とデジタル時代に向けた組織改革の重要性を訴えている。

レポートでは競合として、BuzzFeed、Circa、ESPN、First Look Media、Flipboard、The Guardian、The Huffington Post、Linkedin、Medium、Quartz、Vox、Yahoo Newsという12のメディアやアプリ、プラットフォームを挙げているのが興味深い。

第一章は「読者を増加させよ(Growing Our Audience)」、第二章は「ニュースルームを強化せよ(Strengthening Our Newsroom)」となっている。

第一章では、Discovery(発見)とPromotion(拡散)、Connection(つながり)の重要性から新しい読者の開発について、検索エンジン最適化(SEO)やコンテンツの再パッケージ化、ソーシャルメディアの活用、パーソナライゼーションの必要性や徹底などを提言。第二章では、ビジネス部門とさらに接近・協業することや戦略に特化したチームを立ち上げることについて書かれている。

レポート流出後の2014年8月に、読者開発チームのリーダーにアレクサンドラ・マカラム氏を任命。同氏はThe Huffington Postの最初のニュースエディターで、検索やソーシャルなどの環境変化におけるニュース配信の経験をもつ。ニューヨーク・タイムズでは料理アプリ「NYT Cooking」の開発にかかわっていたことから、新しい読者との接点を探ることができる人物だったのだろう。

読者開発チームはInstagramやSnapchatのアカウント開設など、新しい読者との接点づくりに注力した。たとえば、Instagramについては、2015年3月にスタートし、フォロワーは130万人を超える。もちろん、ジャンルに特化し、より読者の関心に沿ったアカウント運営をおこなっている。ファッションに特化したアカウントは140万フォロワー、食と旅行と動画のアカウントは10万人~20万人以上のフォロワーを抱え、そのほかスポーツ、オピニオンなどのアカウントもある。

読者開発の成果もあったのか、先述のとおり、デジタルの有料購読者が100万人の大台を突破。デジタル版の有料化は2011年から開始したので、毎年25万人ほどが新規の有料会員となっている計算だ。現在、デジタル以外にも新聞の購読者は110万人おり、The New York Timesの歴史上、もっとも購読者が多い状況になっている。

たとえばDIGIDAYによれば、トラフィックは2014年4月と比べて月間訪問数が5900万(28%増)、特にモバイルは3600万(52%増)を記録(調査会社comScoreデータ)。エンゲージメントに関しては、Newswhipのデータをもとに、2015年5月にはFacebookで1630万のエンゲージメントを記録したという(2014年から2倍)。

2015年10月には「Our Path Forward」という文書を公開し、2020年までにデジタル売上を現在の2倍(8億ドル)にする計画を発表。このなかで、たった12%の読者がデジタル売上の90%に貢献していることや、100万人のデジタル有料購読者のうち10%が米国外といったデータを示した。売上の倍増にあたり、デジタル有料購読者を増やすとともに、広告制作部署「T Brand Studio」による効果的なネイティブ広告の開発が期待される。

同社発表(2015年4月)によれば、T Brand Studioが制作した記事のほうが、広告主が制作する記事よりも訪問数が361%、滞在時間も526%多かったという。フェイスブックからの流入は1613%、ツイッターは504%、グーグル検索での流入は632%上回っていた。同時に、読者の半数以上がスポンサードコンテンツが媒体の信頼性を傷つけるとの印象をもっていることも判明した。

スマホやソーシャルが普及した時代に新聞社は生き残れるのか。The New York TimesはR&Dスタジオを「Story[X]」として再出発する。VRコンテンツなど新しいコンテンツ開発に一層力を注ぐようだ。これまでの慣習に疑問を持ち、先を行く新興のプレイヤーを見習うことも引き続き必要だ。新聞社からデジタルメディア企業へのシフトは日本でも当然のこと求められているだろう。

■Axel Springerのグローバル戦略

The New York Timesが米国(英語圏)におけるロールモデルだとすれば、英語圏以外でのロールモデルはAxel Springerになるだろう。The Financial Times Groupの買収に手を挙げていたことでも知られている。驚くべきことにこのメディアコングロマリットは、収入全体の7割をデジタルが占めている(10年前はデジタル収入の割合はたった1%だった)。

Axel Springerは大衆紙「ビルト」をはじめ多数の紙媒体を発行している。Axel Springer本体からの投資や買収のほか、子会社としてAxel Springer Digital Venturesを立ち上げ、新興メディアに対するアクションを加速させている。

『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)によれば、「現在の従業員は1万3000人。世界40カ国でビジネスを展開し、収入の43%はドイツ国外」「同社が発行する数々の新聞の総部数は国内市場全体の23%を占める」「2014年第1四半期にはデジタル収入の割合が初めて50%を超え、現在は70%」だという。

デジタル収入が右肩上がり(2015年度第3四半期では昨年比7%増)であり、自社で保有するメディアにおいては特にデジタル課金に注力している(約59億円。2015年度時点で前年比25%増)。そして、これからまさに英語圏へ攻め入るところである。

2015年9月、3.4億ドル(約386億円)でビジネスニュースサイト「Business Insider」を買収。同時期には、男性ライフスタイルメディア「Thrillist」への5400万ドル(約61億円)の投資ラウンドをリードした。このほかNowThisやミレニアル世代の読者を多く抱えるニュースメディア「Mic」と「Ozy」などに投資している。

メディアだけでなく民泊の宿泊提供サービス「Airbnb」やVR企業「Jaunt」など幅広い分野へお金を張っている(投資に関して、過去にはThe Financial TimesやForbes Media、The Daily Telegraphの買収に失敗している)。

ほかにも、2014年冬にはアメリカの政治メディア「Politico」とのジョイントベンチャーとして「Politico Europe」を立ち上げている。英語圏に進むだけでなく、英語圏のメディアをヨーロッパで広げていくこともおこなう。

そんなAxel Springerは分散型時代にも臨機応変に取り組む。たとえば、「ビルト」は2016年に入り、Facebook「Messenger」を利用したニュース配信を開始。

また、サムスンと組み、パーソナライズの効いたニュースアプリ「Upday」をリリースするなど隙を見せない。いまやこのアプリを1200ものパブリッシャーが利用しており、Instant ArticlesやDiscover、Appleのニュースアプリなどに対抗する。

これからはメディア企業(群)によるプラットフォームづくりが重要になる。なぜなら、サイト外でコンテンツが消費されるいま、自分たちのルールの下でコンテンツや広告を展開できる場所がほとんどないからだ。その意味でも、メディアがプラットフォームと共存していくのか、対抗していくのかは大きなテーマとなりそうだ。

英語圏以外からグローバルメディアの勝者の座を狙うAxel Springer。ほかのメディアと同様、どのように外部環境の激変に対応し、組織内部のデジタルシフトをおこなっていくのか、英語圏における快進撃を楽しみにしたい。

■オランダ発「Blendle」の革新性

伝統メディアの代表例、The New York TimesとAxel Springerがそろって投資するプラットフォームがある。オランダ発、記事を1本ずつもしくはパッケージで購入できるコンテンツプラットフォーム「Blendle」である。2014年春のローンチ後、わずか半年で伝統メディア2社からの投資(380万ドル)にこぎつけた。

このプラットフォームの特徴はとことんユーザーを向いている設計だ。特に若者の視点を持っている。パッケージで買うのが高いなら、1本ずつ購入できるようにすればいい。各媒体へのユーザー情報やクレジットカード番号を登録するのが面倒なら、一回の登録で済ませばいい。記事がよほどつまらないなら、返品すればいい(返品率は全購入のうちの5%以下にとどまる)。

記事の価格は媒体が決定できる。おおよそ1本あたり20~30セント(日本円で30~40円程度)が多く見られる。ワンクリックで記事を購入できることも特徴だ(返品機能があるから思い切れたのだろう)。収益はレベニューシェア型で、媒体社7割、Blendle3割の比率で分配する。そんなBlendleの問題意識は3つに集約される。

ひとつは、共同創業者2人がジャーナリストとして自身の置かれた市場を見渡したとき、「流通に問題がある」と考えたことだ。端的にいえば、紙媒体は若い人に届いていない、との実感。だからオンラインで、若い人が利用するプラットフォームをつくろうと思い立った。

2つ目は新聞や雑誌のオンライン版が採用する有料制モデルについて。アメリカでは500以上の媒体がペイウォールと呼ばれる、メールアドレス(や住所や口座番号など)の登録が必要な課金モデルを採用。ペイウォールは2種類。課金したユーザーのみ閲覧できるモデルと、月に○○本は無料で閲覧できそれ以上読みたい場合に課金するメーター制がある。

日本ではメーター制のほうがなじみがあるかもしれない。たとえば日経電子版であれば有料会員限定記事を月10本まで閲覧でき、すべてのメニューを利用するには月額4,200円支払うモデルとなっている。多くの媒体を読みたい熱心な読者にとってみれば、それぞれにメールアドレスや口座番号などを登録しなければならない状況は煩雑だろう。

3つ目は、バナー広告。読者の体験を損なうとの認識が広がり、広告ブロックソフトの利用者が急増中だ。広告ブロックを調査するページフェアとアドビの調査によれば、世界で月間2億人近くが広告ブロックを利用しているという。オランダでは利用率が10%ほど。隣国ドイツ(人口約8000万人)では1800万人が利用するなどヨーロッパでも普及している。

2015年8月に話を聞いた国際担当のMichael Binning氏は、「ジャーナリズム業界にはユーザー体験を考えたサービスがない。いま必要なのは、摩擦のないサービスだ」と語る。使いやすいサービスであることから、一時ユーザーの3分の2がミレ二アル世代だったこともある。ちなみに取材時点で累計数百万本の記事が売れていると聞いた。いまやオランダとドイツの主要メディアすべてが参加し、今年になって英語圏での展開もはじまった。

Blendleは20代の共同創業者2人からはじまった。若手のジャーナリストがメディアではなくプラットフォームをつくり、しかもオランダから英語圏という巨大市場へと挑んでいる。「iTunes for Journalism」を体現するサービスの快進撃を楽しみにしたい。

いま、ポータル、検索、ソーシャルの次の時代が到来している。URL単位での勝負、もっと言えばそれすら意識されない世界。読者目線の重要性は増す一方で、その目線を獲得するのはむずかしくなりつつある。

特に伝統メディアでは新しいツールが登場しても、それを使いこなし特性を把握するのに時間がかかるようだ。だから、いまだにイノベーションのジレンマの事例が生まれ続けているのだが……。これまでのメディアやコンテンツのあり方とその前提を疑い、新しいルールを一つひとつ確認する作業が求められるのだろう。

***

■プラットフォームとメディアの力関係

ここまで、プラットフォームのニュース争奪戦、分散型の時代について書き記してきた。今後、ますますプラットフォームとメディアの力関係(のバランス)から目が離せないだろう。

Webサイトよりもプラットフォーム内での閲覧が多くなれば、プラットフォーム側の規約・仕様(変更)の影響を強く受けることになる。プラットフォームの影響力が高まれば高まるほど、依存度も比例して高まるにちがいない。この点は長く付き合うことになる課題だろう。

たしかに新聞や雑誌での時間消費が減少するなか(広告費はまだまだ伝統メディアが高い)、スマホ時代における時間の取り合いはメディアにとってもプラットフォームにとっても重要な勝負どころである。

ただし、プラットフォーム側が本質的にニュースを提供したいのか、滞在時間を延ばしたいからニュースを欲しがっているのかどうかはわからない。もし後者であれば、ニュースが単なるプロダクトのひとつとして成り下がり、メディアとしては悩ましい。

メディアがいかにプラットフォームに乗っていくのかが重要であることと同じくらい、プラットフォームにとってコンテンツをどう作り出すのか、どう乗せていくのかは重要である。コンテンツをつくらないプラットフォームの上では、そのコンテンツはプラットフォームの素材・手段になりかねない。

今回は取り上げなかったが、プラットフォームに乗らないメディアのあり方もより議論されていくことだろう。マス×グローバルなルールに則らず、少数の熱心なリピーターを集め、コミュニティを形成していくようなメディアもじわじわと登場している。

そうは言いつつも、メディアとプラットフォームの力関係の変化それ自体が、メディアの進化を読み解くうえで最重要のポイントだと思う。2016年、メディアを取り巻く環境はめまぐるしく変わり続けている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?