見出し画像

「マネジメントとは何か?それは何をするものか?」について、正しく理解されていない現実。

経営者JPが運営する志高き経営者・経営幹部・次世代リーダーが集う会員制プラットフォームKEIEISHA TERRACEスペシャルコラムドラッカー再論では、ドラッカーは何を見、何を伝えたのか、私たち、実務経営者にとっての「実践的ドラッカー論」について、再考・熟考・使い熟しをしています。


マネジメントとは、事業に命を与えるダイナミックな存在である。

このドラッカーの一文には心震えるものがある。

「彼らのリーダーシップ無くしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない。彼らの能力と仕事ぶりが、事業の成功、さらには事業の存続さえ決する。マネジメントこそ、企業がもちうる唯一の意味ある優位性である。」(『チェンジ・リーダーの条件』、2000年)

マネジメントが主導的な機関として出現したことこそ、人類の歴史における画期的なできごとであるとドラッカーは言う。
マネジメントほど、社会の新たな機関、主導的な機関として急速に現れ、絶対不可欠な存在であることが急速に明らかにされたものはないともドラッカーは述べている。

「マネジメントは、おそらく文明が存在するかぎり、基本的かつ支配的な機関として存在する。それは、経済システムの特性と、人的、物的な生産資源を託された組織体のニーズを考えれば、必然である。」(『チェンジ・リーダーの条件』)

さらにそれのみならず、マネジメントとは、現代社会の信念の具現であり、それは資源を組織化することによって人類の生活を向上させることができるという信念であるとドラッカーは断言する。

「経済発展が、人類福祉の向上と社会正義の実現の強力な原動力になるとの信念である。」(『チェンジ・リーダーの条件』)

物的な豊かさが人間精神の向上をもたらすとの考えは、昔ながらの唯物論とは真逆の、対立する考えだ。
もともとは、資源とは人間活動を制約するもの、あるいは環境への働きかけを制限するものとされた。資源とは神からの授かりものであり、不変のものだと。
これをコントロールするようになったのが現代文明であり現代社会である。

資源を生産的なものとすることを託された機関、すなわち経済発展の責任を託された機関としてのマネジメントは、現在の基本理念を反映する存在になる。
事実、ドラッカーが言う通り、マネジメントは不可欠の存在であり、それゆえにほとんど批判されることなく急速に発展してきたのだ。

ドラッカーの出現以来、実際にマネジメントの能力、真摯さ、仕事ぶりが決定的に重要な役割を果たすことになった。同時にマネジメントに対する要求のレベルは急速に高まり続けてきている。

「マネジメントは、その重要度の高さ、目立ち方、発展ぶりにも関わらず、社会の基本的な機関のうち、最も知られず、最も理解されていない。企業の中の人間さえ、マネジメントが何をしているか、何をすべきか、い...

▼続きはこちら✨(無料会員)

▼KEIEISHA TERRACE(無料会員)へ登録して全文読む

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?