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適応障害になりました

皆さん、お久しぶりです、けいです。
ここ最近、全然note更新できていなかったのですが、ぼちぼち再開してみることにしました。
ちょっと長めの記事になりますが、お付き合いください。


○はじめに

いきなりですが、私は今、休職中です。

GWの前後でがっつり体調とメンタルを崩し、挙げ句の果てには仕事が手につかなくなってしまって、「適応障害」と診断されました。

こういう風に文章にして打ち明けることは、自分がしんどい状況にあることを自覚してしまいそうでなかなか書けませんでしたが、最近は体調も回復してきたので、思い切って書いてみることにしました。

この記事を読んでくれている人の中には、

毎日頑張りすぎて辛い思いをしている人
プレッシャーに押しつぶされそうな人
私のようにお休みされている人
当たり障りのない毎日にうんざりしている人
それでもコツコツ努力している人
希望に満ち溢れている人
一心不乱に物事に取り組んでいる人

など、様々な人がいると思います。
まずは、ここまで読んでくれてありがとう。
極力無理せず、肩肘張らずに過ごして下さいね。

上記を踏まえて、この投稿は

毎日しんどくて今にも逃げ出したい人
将来の自分

に向けて、書いてみようと思います。
毎日頑張っているあなたの心に、少しでも寄り添うことができれば幸いです。

今の自分をを後々振り返った時に、
「あぁ、そんな時もあったなぁ」
「もしかしたらあれが転機だったかもなぁ」
と思える気がしているので、将来の自分にも届けたいと思います。

まぁ要するに、しんどい経験もコンテンツにしてしまえ!といった魂胆です笑


○予兆

今年の2月頃からだったと思います。
タイピングのしすぎで右手首〜前腕が痛くなってました。ずっと力が入ってる感じがして、全然リラックスできない。それでも毎日何時間もPCと睨めっこをしながら、作業中はサポーターを付けたり、湿布を貼ったりして、騙し騙しの日々を過ごしていました。

結局左手首も痛くなってきて、流石に痛みが激しくなってきてたので、4月中旬に整形外科に行くと「手根管症候群(初期段階)」と診断を受けました。特に妊婦さんなどに多く、手首を酷使するとなりやすいのだとか。
20代男性なんですけど、自分、、と思いました。

そんなこんなでGWに入り、前半の3連休が明ける頃、急に全身のだるさと関節痛が酷くなり、熱が出てしまいました。GW後半には実家に帰省する予定だったので、念の為次の日にインフルエンザ、コロナの検査を受けました。

結果は陰性。喉風邪だと診断されました。

確かに咳は止まらなかったし、毎朝目が覚めた時に強烈に喉が痛かったので、薬を飲んで、龍角散を舐めまくり、安静に務めました。

それでも次の日、体調は良くならず、結局中3日、有給を使って自宅にて休むことにしました。

そして何とか頑張って飛行機に乗り、実家に帰って来ることが出来たのですが、寝ている時以外、咳が全く止まりませんでした。恐らく1日に300〜400回くらいは咳してたと思います(おかげで腹筋が少し割れました)。

実家に集まっていた親戚や家族、久々に会えた彼女や友人達に心配されながらも、しばらくして東京に戻りました。

後々振り返ってみて思い出したのですが、実家へ帰省する前〜帰省中の期間、食事があまり美味しいと感じられていなかったと思います。
実家のご飯もいつも凄く美味しいし、彼女と食べたサンドイッチもハンバーグも、友人と行った居酒屋の料理も全部美味しかったはずなのに、味を思い出すことができませんでした。

今見たらすんごい美味しそう🥹
やばい、ヨダレ出てきた


体調を崩して仕事を休み、毎食後に薬を何錠も飲む生活をしていたからか、この頃から少し病んでいたのかなと、今では思います。


○きっかけ

GWが明けて、熱は下がりましたが、体はだるいまま、咳も止まらず、自分のペースで何とかリモートにて仕事をしていました。
でも、頑張れたのはたった2日だけ。

今でもはっきり覚えています。
水曜の仕事終わり、流石に元気が無かったので、自分を励ますためにも、と思って1人でステーキを食べに行きました。確か1600円くらいするやつだったと思います。

めちゃくちゃ美味そうやん、飯テロ失礼します

食欲はあまりありませんでしたが、何とか食べ切ることが出来ました。でも、料理を待ってる間も、食べてる最中も、全くテンションが上がりませんでした。こんな感覚は生まれて初めてです。

この日は、いつも息抜きに嗜んでいる読書もできませんでした。読みかけの小説、1ページ分も読めませんでした。

いつもなら何気なくできていた息抜きも、今まで楽しめていたことも、楽しめなくなっていたんです。ここでやっと、自分の様子がおかしいことに気づきました。

ネットやSNSで自分の症状を検索してみると、どうやら「抑うつ状態や適応障害の可能性がある」ということが分かりました。

明日も普通に業務がありますが、このままでは業務に支障をきたしかねません。上司に連絡して、念の為だ、と思って心療内科の予約をし、次の日の午前中に診てもらいました。

そこで適応障害と診断を受け、診断書を書いてもらいました。1ヶ月ほど休職して様子を見てはどうか、という事だったので、その旨を上司に相談して、次の週から休職に入ることとなりました。

2週間ほど東京の家で過ごし、先週実家に帰省してきて、今に至る。といった流れになります。


○どんな一日を過ごしていたか

まだ完治している訳では無いと思うのですが、1番厄介だな、と感じていたのが「無気力感に襲われる」ということです。

1番酷い時は、3日間お風呂に入れませんでした。
1歩も家の外に出られませんでした。これも同じく3日間。一日中ベッドの上で過ごしていたので、スマホの万歩計がたった20歩しかない日もありました。

食欲もあまり湧いてきませんでしたが、薬も飲まないといけなかったので、頑張って1日2食は食べてました。もちろん自炊もできず、有り合わせのものを食べるか、スーパーの弁当やUberなどで済ませていました。

睡眠時間も毎日バラバラで、午後10時から午前10時まで寝ていた日もあれば、午前4時になっても眠れない日もありました。
寝る前に咳がめちゃくちゃ出ていたせいで、寝つきが悪くなっていました。眠れないことにストレスを感じてしまう日々が続いていた気がします。

しばらくして、少しずつ気力が出てきました。
ゆっくりお風呂に入ったり、読書をしたり、散歩をしたりすることができました。

でも、休んでいることに対して後ろめたい気持ちがあったのか、まだこの時は社用PCを開くことはできませんでした。何度か試したけれど、なかなか上手くいきません。何がそうさせてしまっていたのかは、まだ言語化できていないのですが、もう同じような状況にはなりたくないな、と心の底から思っています。

実家に帰省してからは、比較的ゆっくり時間が流れているように感じています。
祖母が作ってくれる手料理の温かさを、改めて実感しました。帰ってきた初日の夜にカレイの煮付けを食べた時は、思わず泣きそうになりました。


○自分との向き合い方

まずはとにかくしっかり休もう!と思ってます。
6月中旬には東京に帰って、病院行ったり申請書書いたりと、色々とやることがあるのですが、とにかく焦らないようにしようかと。

会社の先輩・後輩、同期たちには心配も迷惑もかけっぱなしだけど、今では休む決断ができて良かったと思っています。
あのまま無理して続けてたら、もっと取り返しのつかないことになってたかもしれないから。

Youtubeのとある動画で、心療内科の先生が
「鬱はギフトだ」と言っていました。
これまでの生き方を見直すチャンスなんだよ、だからゆっくり焦らず自分を労わってあげてね。
そんな風に言ってくれてました。

この休職期間を前向きに捉えて、改めて自分のキャリアややりたいこと、今後のことについて考えてみようと思います!!
こんな時こそポジティブに!笑


最後に、毎日しんどくて、今にも逃げ出してしまいたいと思っているあなたへ向けて。

しんどい時は休んでもいいと思います。
というか休んだ方がいいと思います!

体を壊してまで、精神をすり減らしてまで悩むことは無いです。自分の心に素直になりましょう。

一旦立ち止って休んでみる。考えてみる。
しっかり休めたら、またゆっくりスタートする。

そうやって一緒に、1歩ずつ進んで行けたらいいな、と思っています。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!!
今後もっと色々やりたいことができるようになってきたら、noteも更新していこうと思います!!応援してくださると嬉しいです!

ではまた。

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