硫酸(H₂SO₄)

最も有名な酸と言えば何でしょうか?乳酸、クエン酸、塩酸と様々な候補が挙がりますが、おそらく硫酸(H₂SO₄)はその候補に入るでしょう。硫酸は分子内に硫黄を含む酸の1つです。何でも溶かすというイメージを持たれているかもしれない硫酸ですが、溶かせないものもあります。金、ガラスや一部のプラスチック¹⁾などは硫酸で溶かすことができません。そんな硫酸ですが、実は身近なものに使われています。車のバッテリー(鉛蓄電池)の液は硫酸です。

硫酸は濃度にかかわらず取り扱いに注意するべき物質です。それがもしも皮膚や衣服に付着したらどのようなことが起きるのでしょうか?
濃度の薄い硫酸が皮膚に付着したとします。硫酸は沸点が非常に高いため揮発せず(不揮発性)、水分だけが蒸発して硫酸が濃縮されていきます。濃硫酸は強力な脱水作用を持ち、触れるものから水を奪い、それらを炭化させます。よって、付着した硫酸を洗い流さずに放置すると皮膚上でこの現象が起き、硫酸が濃縮されて化学熱傷(化学火傷)が起きます。衣服に硫酸が付着した場合も洗い流さなかった場合は、この現象が起こり、時間が経つと衣服に穴が開いてしまいます。濃硫酸であればすぐに酷い化学熱傷が起こります。今年は公共の場所で硫酸による事故²⁾がありました。

硫酸の特徴的な性質として、高い水和熱(水と混ぜた時に発生する熱)も挙げられます。そのため硫酸を希釈する場合は、万が一の場合に備えて冷却用の氷を側に用意し、水に硫酸をゆっくりと加えるようにしましょう。この逆は絶対にやってはいけません。発熱により沸騰した水が硫酸と共に飛び散り大変危険です。また、局所的に硫酸の濃度が高い部分が発生しないようによく撹拌しましょう。不十分な撹拌は突沸の原因になります。撹拌にはガラス棒やテフロン製の撹拌子を使いましょう。当然ながら、金属製の薬さじやスパチュラなどは腐食してしまうので使ってはいけません。この方法は硫酸の希釈だけでなく、化学反応を停止する際に大きな発熱が見られる場合にも応用できます。通常は反応容器に水などを加えて反応を停止しますが、反応溶液を余裕を持った量の水などに少量ずつ加えて反応を停止すれば、系の温度上昇を抑えることができる可能性があります。

硫酸に限らず、薬品を扱う場合はその性質や危険性を事前に調べ、保管、使用、輸送や廃棄時などに事故が起こらないようにする必要があります。そのためには、メーカーや販売者から発行されているSDS(安全データシート, 旧称はMSDS)³⁾を事前に調べることが大切です。これは、試薬メーカーや原料メーカーなどの販売者のWebサイトから閲覧および、ダウンロードをすることができます。

【参考文献】
1) AXELショップ, 耐薬品性一覧表 - AXEL - アズワン, https://axel.as-1.co.jp/contents/ks/cr_list (2023年12月7日閲覧)
ポリエチレンとポリプロピレンは濃度と温度によっては硫酸に侵されないようです。また、フッ素樹脂であるPTFE(テフロン)とETFEは侵されないようです。
2) NHK, 東北新幹線の乗客の手荷物から漏れた薬品 硫酸と硝酸と確認, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231027/k10014238681000.html (2023年12月7日閲覧)
3) 厚生労働省, 化学物質: 硫酸 - 職場のあんぜんサイト, https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0626.html (2023年12月7日閲覧)
上記のURLは厚生労働省が提供する硫酸のモデルSDSです。SDSには物質の性質、危険性、有害性、取り扱いと保管時の注意、応急措置、火災や漏出時の対応などの多くの重要な情報が記載されています。実験や作業前に自身で読んで必ず理解することはもちろん、作業者にも情報を周知しましょう。