エーテルとは何か?

時折ファンタジー作品などに名前が登場するエーテル。実は古代ギリシャの時代から存在する単語であり、科学がまだ哲学から分化していない時代の名残を感じさせてくれます。当初は形而上学的な用語でしたが、現代の化学でいわれるエーテルとはどのようなものなのでしょうか?(ちなみに英語でエーテルは“ether”と綴り、”イーサー”に近い発音です。日本語と読み方が大きく違うので戸惑う単語の1つです。)

エーテルとは酸素原子(O)に炭素原子(C)2つが結合した構造(エーテル結合, -C-O-C-)を持つ化合物のこと指します。エーテルの1つであるジエチルエーテルは図1のように表され、この物質を単にエーテルということもあります。

図1. ジエチルエーテル

ジエチルエーテルの高い揮発性を見た発見者が、「まるで天に帰ろうとしているようだ」¹⁾と評したことが名前の由来と言われているようです。しかし、実際のジエチルエーテル蒸気は空気よりも重い²⁾ため、低い場所に滞留し、火や火花から引火することで火災の原因になります。残念ながらジエチルエーテルは天には帰れないようです。

ジエチルエーテルは前述のように高い揮発性を持つうえに、高い引火性から消防法上の危険物の特殊引火物に指定されています。特殊引火物はガソリンよりも高い引火性を持っています。絶対に火気を使用している場所で使用してはいけません。火気を使用する場合は、事前にジエチルエーテルを含めた引火性の有機溶剤を使用している人が周囲にいないか必ず確認しましょう。炎に液体が接触しなくても、見えないジエチルエーテルの蒸気によって離れた場所からも引火します。(これはジエチルエーテルに限った現象ではなく、引火性の高い有機溶剤全般に言えることですが、特にジエチルエーテルの場合は注意をするべきです。)

ジエチルエーテルの実験室での用途は化合物の抽出や反応の溶媒です。特に分液時に使用したことがある方も多いかもしれません。その揮発性の高さにより、分液操作後の溶液の濃縮を他の溶媒より素早く容易に行うことができますが、価格が他の溶媒と比較して高いことが欠点です³⁾。実験室では便利な溶媒ですが、前述のように引火性が非常に高く、消防法で特殊引火物に指定されているため指定数量が厳しくなっている(貯蔵できる量が少ない)ため、工業的な大スケールでの利用は難しくなっています。また、濃縮後のエーテルを回収して再利用もできますが、空気中の酸素と反応して爆発性の過酸化物を生じる性質があるのでお勧めできません。エーテルを空気中に放置したり、古いものは濃縮しないようにしましょう。

以上までジエチルエーテルについて紹介しましたが、他のエーテルについても紹介します。身近にエーテル化合物は存在するのでしょうか?実は存在します。代表例としてポリオキシエチレンアルキルエーテル、DMEとグルコースの3つを紹介します。

ポリオキシエチレンアルキルエーテル(図2)は、衣類用や食器用の洗剤に含まれる成分の1つです。この成分によって本来は水洗いだけでは落としにくい皮脂や油汚れを落とすことができます。その理由を簡潔に説明すると、分子内に水に溶けやすい水溶性の部分と油に溶けやすい親油性を併せ持っているためということになります。“油汚れを分子内の親油性の部分で捕らえて、汚れとエーテルを一緒に水で洗い流す”という表現が近いのかもしれません。炭素が連なったRの部分が親油性を、-(CH₂O)n-の部分が親水性を持っています。なお、“ポリオキシエチレンアルキルエーテル”という名前の物質そのものがあるわけでなく、図2のような構造を持つ物質の総称になります。n=10⁴⁾, m=12-15 ⁵⁾のものが一般的なようです。

図2. ポリオキシエチレンアルキルエーテル

DME(ジメチルエーテル, 図3)は最も単純な構造のエーテルであり、スプレー缶の液化ガスの成分として利用されています。低沸点の化合物(沸点:-24.8℃)⁶⁾になります。そのため、消防法上の危険物としての規制ではなく、高圧ガス保安法の適用⁷⁾を受けます。

図3. DME(ジメチルエーテル)

グルコース(図4)はブドウ糖とも呼ばれ、飲料や菓子類を始めとした食品に広く用いられており、名前を聞いたことがある方も多いと思います。エーテルとして言及されることは少ないように思いますが、分子内にエーテル結合を持つためここで取り上げました。分子内にヒドロキシ基(-OH)を持つためアルコールの1種といった見方もできるかもしれません。グルコースは多くのヒドロキシ基を持っているために水に溶けます。糖類には様々な形をしたものがありますが、酸素原子を含んだ六員環構造(六角形)のものを、母核とする化合物のピランにちなんでピラノース、五員環構造(五角形)のものを、母核とする化合物のフランにちなんでフラノースと呼ぶことがあります。グルコースはピラノースの1つです。

図4. グルコース(ブドウ糖)

以上までが身近なエーテル化合物の紹介になりますが、世の中には変わった構造のエーテルも存在します。クラウンエーテル(図5)は名前の通り王冠(crown)のような形をしたエーテルです。この分子の王冠は輪の大きさに適したサイズの金属イオンに被せることができます。

図5. クラウンエーテルの一例(18-クラウン-6)

【参考文献と注釈】
1) 有機化学美術館・分館, エーテルという言葉 : 有機化学美術館・分館, http://blog.livedoor.jp/route408/archives/52079281.html (2023年12月12日閲覧)
2) International Labour Organization, ICSC 0355 - ジエチルエーテル, https://www.ilo.org/dyn/icsc/showcard.display?p_lang=ja&p_card_id=0355&p_version=2 (2023年12月12日閲覧)
3) “原料であるエタノールに酒税がかかるため高価である”と記述しようとしましたが、エタノールに関する法律について調べた結果、必ずしもそうではなさそうです。詳細な説明は省きますが、酒税の対象になるのは1度以上から90度未満のエタノールです(酒税法)。この度数に相当する濃度のエタノールをジエチルエーテルの原料として購入すれば酒税がかかります。また、90度以上のエタノールは、“一般アルコール”という酒税や不正使用防止のための加算額がかからない括りでの購入もできます。ただし、事前の使用許可などの手続きや、使用量などの記録に加えて定期的な報告義務が発生します。他には、“特定アルコール”という加算額を上乗せした購入方式があります。特定アルコールは一般アルコールのような手続きや記録の必要はなく自由に使用できます。一般アルコールや特定アルコールの括りは、酒税法ではなくアルコール事業法によって定められています。ジエチルエーテルがどのような枠で購入されたエタノールを原料として製造されているかまでは不明ですが、おそらく酒税や加算額がかからない一般アルコールで購入したものが使用されているのではないかと思います。
アルコール事業法については以下のWebサイトをご覧ください。
・化研テック株式会社, 工業用アルコールとは ~ アルコールとエタノール②, https://www.kaken-tech.co.jp/trouble/alcohol_ethanol-2/ (2023年12月12日閲覧)
・佐々木化学薬品株式会社, アルコール事業法, https://www.sasaki-c.co.jp/hatena-h/alcohol.html (2023年12月12日閲覧)
4) 化学物質評価研究機構, CERI 有害性評価書 ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテル, https://www.cerij.or.jp/evaluation_document/yugai/9002_92_0.pdf (2023年12月12日閲覧)
5) 環境省, 7 ポリ(オキシエチレン)=アルキルエーテル, https://www.env.go.jp/chemi/report/h22-01/pdf/chpt1/1-2-3-07.pdf (2023年12月12日閲覧)
6) 厚生労働省, 職場のあんぜんサイト:化学物質:GHSモデル SDS情報, https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/115-10-6.html (2023年12月12日閲覧)
7) 倉敷市コールセンター, Q.危険物とは、具体的には何ですか?, https://www.callcenter-kurashiki-city.jp/faq/detail.aspx?id=1283 (2023年12月12日閲覧)