【小説】JK芹沢千絵理はかく語りき Op.3『白樺は野に立てり』①
私の名前は「会長」。
もちろん本名ではない。生徒会長だからそう呼ばれているだけだ。
私のことを真面目そうとか、頭良さそうとか、人気者とか思う?半分は当たり、半分は外れ。
たしかに真面目とはよく言われる。親や先生から怒られたことはないし、喧嘩もしたことない。でもそれは単に波風を立てたくないだけ。
別に頭が良いわけじゃない。テストの点数は平均よりちょっと上ぐらい。先生受けは良いから通知票の評価は悪くない。
嫌われ者ではないけれども、決して人気者ではない。見た目は普通だし、面白いことができるわけでも、何か特技があるわけでもない。どちらかと言えば、地味で目立たないタイプだ。
じゃあ、なんで生徒会長なのか?
誰もやりたがらないから。そして、私は頼まれると断れない性格だから。
フィクションでよく見る「生徒会長」は、教師と同等かそれ以上の権力を持っていたり、カリスマ的な人気を誇っていたり、何か普通とは違う超越的な存在として描かれることが多い。しかし、言うまでもなくそれは現実とは大きく異なる。
実際は、教師にとっての便利屋であり、生徒にとっての苦情受付窓口であり、いわばカスタマーサポートのような存在。何かと表に出る機会は多いが、裁量権は皆無に等しい。そんなの誰もやりたがらないから、私みたいなのがやる。
その日は朝礼があり、私は全校生徒の前で話をした。いちおう自分で考えたものだが、その内容は極めて薄く、つまらないものだという自覚はあった。マイク越しに見える生徒たちの表情からもそのことは確認できた。話しながら喉の奥がキュッと詰まりそうになっていた。
「会長の話、長いしつまんねーんだよ」
「ハゲのがマシじゃね?」
「てか、吉田さん貧血で倒れたじゃん。あれ会長のせいじゃね?」
教室に戻ると何人かの生徒達から話しかけられた。ハゲとは頭髪の薄くなっている校長のことだ。
「そんなこと言われても、しょうがないじゃん…それに吉田さんが倒れたのは校長のときだし、そもそも寝不足だって言ってたじゃないか」と思ったが何も言い返せず、へらへらと薄ら笑いを浮かべていた。また喉の奥がキュッとなる。
その日の放課後、私は生徒会室にいた。生徒会室と言っても特別な設備があるわけではなく、PCやプリンターすらなく普通の部室と変わりない。
そこで9月に行われる文化祭の会議をしていた。今回は生徒と来場者へ配布するパンフレットの原稿の進捗確認。印刷会社へ提出する期限は夏休み明けだが、夏休みに入ると回収が難しくなる。まだ半数近くが未提出のまま。最悪自前での印刷も視野に入れなければならないかもしれない。
すると、ドアをノックする音があった。
「はい、ちょっと待ってください」
私がドアを開くとそこには女子生徒がいた。
白百合のような、という形容はまさに彼女のためにあるのだろう。掴めば容易く手折れそうな細い四肢と透き通った白い肌。背中まで真っ直ぐに伸びた黒い髪。可憐なというよりは端整な姿はとても魅力的だと感じられた。
「失礼します。新しい部活動発足の申請をしたいのですが」
こんな時に厄介だな、と思った。会長になる前は書記をやっていて、もう1年以上は生徒会役員をやっているが、そんなの請け負ったことないぞ。
「…えっと、今は会議中なので」
「わかりました。では待ちます。何時に終わりますか?それとも明日改めた方が良いですか?」
「…じゃあ、1時間後には終わると思うから、また来てもらえますか?」
「はい、お願いします!」
ドアを閉めて席に戻ろうとすると、全員がこちらを見ていた。そのうちの一人、副会長の天原美穂が口を開いた。
「この忙しいのに部活の申請って…なんなの?」
「まあ…とりあえず後で話を聞いてみるよ」
「もちろん断るよね?」
「えっ、うん、まあ」
「あ、私はこれ終わったら帰るから。頼んだよ」
「…わかった」
約束の1時間後、彼女は再びやって来た。
「先ほども言ったとおり、部活発足の申請をしたいのですが」
「うん、そしたらここに部活動発足に必要な要件が書いてある規約とそれを満たしていることを証明する申請書があるから…」
「はい、要件は確認して申請書も用意してあります。これです」
「あ、ありがとう。いちおう内容に不備がないか確認するから、ちょっと待ってて」
私は彼女に椅子をすすめ、自分も向かい側に腰かけると「部活動団体登録申請書」と書かれた用紙に目を通した。そこには以下のように書かれていた。
・団体名:古典音楽鑑賞部
・活動の種類:文化部
・主な活動場所:
・活動内容:クラシック音楽の鑑賞を通して、教養および生徒間の交流を深める。
・顧問:
・部長(代表):芹沢 千絵理
・部員(会員):2名
「…あれ、こことここ空欄みたいだけど」
「はい」
「活動場所と顧問の先生、決まってないの?」
「はい」
「そうすると、さすがに無理かな…」
私は内心ほっとした。この件はこれで終了だ。
「あの、それでお願いがあります」
「お願い?」
「はい。顧問の先生と活動場所にあてはないでしょうか?私、まだ入学して3か月なので、生徒会長の方がその辺り詳しいかなと思いまして」
「なるほど…でもどうかな?引き受けてくれる先生いるかな?」
「心当たりだけでも良いんです!交渉は私が直接しますから!」
「うーん…あと、活動場所も部室を新たに用意することはできないと思うし」
「それは全然!空き教室とかで大丈夫なので!」
「……」
「あの、本当にご迷惑はかけないので!」
「……」
「ダメ、ですか?」
「!」
そのあまりにも純粋で真っすぐな瞳の力は効果抜群だった。たしかに私は頼まれると断れない性分だが、それを差し引いても彼女の要求に抗える者はいないだろう。
「…わ、わかりました。力になれるかは正直かなり微妙だけど、協力するよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
ぱっと花が開いたような笑顔が眩しかった。
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