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【小説】JK芹沢千絵理はかく語りき Op.3『白樺は野に立てり』②

(①はこちら)

 「…で、安請け合いしちゃったわけ?」
 「や、安請け合いっていうか…断るのもかわいそうだから、とりあえず受けただけだよ。どうせ却下されるだろうし」
 「当然でしょ!こんな時にわざわざ余計な仕事増やさないでよ!馬鹿じゃないの?」

 翌日の休み時間、天原さんは隣のクラスからやって来て私を問い詰めた。
 「ちょ、ちょっとみんな見てるから、落ち着いてよ」
 「誰のせいだと思ってるの?」
 彼女は私の幼馴染で、昔から優柔不断な私を引っ張ってくれる。生徒会長になったのも彼女が副会長になると言ってくれたからみたいなところがある。
 「わかった。じゃあ、その1年の芹沢さん?彼女のところに行って話つけてくるから」
 「え?どうするつもり?」
 「どうするって、こんな部は認められませんって突き返すんでしょうが」
 「そ、それはあんまりじゃないかな?」
 「は?どこまでお人好しなのよ?…わかった、もういいよ。好きにして」
 そう言うと彼女は自分の教室へ戻っていった。

 放課後、私は生徒会室でぼんやりと天井を眺めていた。なんとなく一人になりたいとき、私はここを避難所にしていた。私が行使できるほとんど唯一の生徒会長権限。
 ああ、なんで私はいつもこうなんだろう?また喉の奥がキュッとなる。

 そのとき、ドアをノックする音がした。
 「は、はい!どうぞ?」
 今日は会議の日じゃないのに、誰だろう?
 「失礼します」
 芹沢さんだった。
 「突然、すみません。たぶんここだろうって聞いたので、お邪魔します」
 「へ、誰から?」
 「えっと、副会長の方が」
 天原さん?なんで知ってるんだろう?
 「…そう」
 「あ、すみません。それで今日お伺いしたのは…」
 「ごめんなさい、私、協力できない」
 「え?」
 「ごめんなさい」
 「どうして?」
 「ごめんなさい」
 私は俯いて「ごめんなさい」を繰り返すうちに、視界がぼやけていくのを感じた。
 「大丈夫ですか?あの、こちらこそ無理言ってすみませんでした」
 私のただならぬ様子を見た彼女は狼狽している。ああ、また迷惑かけてるや、私。


 「ねえ、なんで部活を作りたいの?見たところ部員、2人みたいだけど」
 少し落ち着いてから私は芹沢さんに尋ねた。
 「私、もともとは一人でクラシック音楽を聴いていたんです。誰とも関わらず…」
 この学校のある生徒と偶然コンサートホールで出会ったこと。仲間と音楽の素晴らしさを共有する楽しさを知ったこと。周りにも目を向けるようになったこと。もっといろんな人にクラシック音楽を聴いてほしいと思うようになったこと。そんなことを彼女は私に語ってくれた。

 「いいなぁ…」
 私の口から思わず羨望の言葉が漏れた。それを聞き逃さなかった彼女はこう言った。
 「会長も聴いてみます?クラシック」

 帰宅した私は芹沢さんから半ば強引に押し付けられたCDを聴き始めた。
 チャイコフスキーの交響曲第4番ヘ短調。全部で50分近くかかるので、とりあえず第4楽章だけでいいとの言葉に従い、4曲目をかけた。
 いきなりのフル・オーケストラの咆哮に思わず体がビクッとした。驚かせたかったのかな、意地悪だなぁ…
 このまさに喜びの爆発というような部分と哀愁のある落ち着いた部分が少しずつ変化しながら交互に現れる。盛り上がりが頂点に達したところで、不吉なファンファーレがすべてを破壊してしまう。静寂から徐々に盛り上がっていき、再び喜びの爆発が訪れて終わる。

 ドラマティックな音楽だ。それでいてペシミスティックだとも思った。
 最後の盛り上がりは、最初の方と比べて自暴自棄のように感じられたから。どんなに努力しても報われない、幸福の後には必ず不幸が訪れる、ならば刹那的な快楽に身を任せてしまえ…そんな人生観が伺えた。


 どうしたらこんな曲が書けてしまうのだろう。作曲家の技量や才能ではなく、あまりの闇の深さを想像して暗澹たる気持ちになってしまった。
 クラシック音楽は「癒される」とか「頭が良くなる」とか、人間を良くするものというイメージを持っていたけど、完全に打ち砕かれた。こんなに恐ろしく絶望的だったなんて。
 そして、そんな音楽を好んで聴き、他人に勧めてくる芹沢さんとは一体どんな人なのだろう?

 私は翌日、芹沢さんにお礼と感想を伝え、「古典音楽鑑賞部」発足のために協力することを約束した。



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