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【小説】JK芹沢千絵理はかく語りき Op.7『私のソナタⅢ』

 ツヴァイクの『復活』を聴いたときに青井輝が言ったことが気になっていた。
 「友達と音楽を聴いて、しゃべったりできる部活があったらいいのに」

 結局、音楽を聴いているときは一人である。たとえ誰かと一緒にいようと、聴いている間は私と音楽だけの世界になる。絵画や映画もそうだろう。だから友達はいらないと思っていた。
 しかし、オルフェオ・ホールからの帰り道、彼が興奮した様子で音楽の素晴らしさを語ってくれた。そのときに音楽それ自体の喜びとはまた別の喜びを感じた。
 誰かと同じものを共有する楽しみはたしかにあるのだ。「友達はいらない」というのはルサンチマンに過ぎないだろう。
 そこで私は部活を作ることにした。クラシック音楽を聴くための部活―「古典音楽鑑賞部」である。

 「だから、ぜひ青井くんに入ってほしい!」
 「うん、いいよ」
 「本当に!?」
 ことの経緯を説明し、祈るような気持ちで彼に懇願すると、それはあっさりと快諾された。
 「ただ、僕はすでにテニス部に入ってるから毎日は活動できないけど大丈夫?」
 「全然大丈夫!」
 同年代の人とのコミュニケーションから遠ざかっていた私は飛び上がるような思いだった。
 「それからもう一つ相談があるのだけど」
 そう言って私は「部活動団体登録申請書」を机に広げた。
 「生徒会規則を調べたところ、この申請書が生徒会と職員会に承認されることで部活発足ができるみたいなの」
 「なるほど」
 「それでこの『活動場所』と『顧問』で困ってしまって」
 「うーん…」
 二人して腕を組んで書類を睨む格好となった。
 「そしたら生徒会に相談してみれば?」
 「うわっ、びっくりした!ナベか」
 隣で話を聞いていたらしい男子生徒(あだ名から察するにワタナベと思われる)が割り込んできた。
 「新しい部活作るんでしょ?こないだ朝礼で『何か困りごとがあれば生徒会へ』って会長が言ってたし。それに今度の会長、えっと村井さんだっけ?話しやすそうじゃん?」
 「たしかにそうかも…芹沢さん、生徒会に相談してみようか?」
 「そうね」
 「てかさ、なに?テルと芹沢さんってそういう関係?」
 「ちげーよ、バカ!」
 私と違って社交性がある青井輝の存在は大きかった。


 早速、その日の放課後に生徒会室を訪れた。
 すると、会議中とのことで1時間後に出直すように言われた。たしかに会長は物腰が穏やかで良い人みたいだったが、やはり歓迎はされていないようだ。文化祭の準備で忙しいみたいだし、それも当然か。

 1時間後、再び生徒会室を訪れると会長一人だった。
 申請書を示しつつ、顧問の先生と活動場所にあてはないか尋ねてみた。
 会長ははじめこそ難色を示したものの、なんとか協力を取り付けることができた。
 
 順調である。しかし、それがかえって不安であった。



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