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【小説】JK芹沢千絵理はかく語りき Op.2『間奏曲』①

 16歳になったばかりの私の心は完全に腐っていた。

 中学時代の3年間は、吹奏楽部でトロンボーンを吹くことに捧げた。
 平日は授業開始前の7時半から8時半まで朝練、放課後は18時まで練習。土日祝日も9時から18時まで練習。テスト期間と盆暮れ正月以外は練習。それと「自主練」があるから、少なくとも練習開始の30分前から学校にいることにはなる。
 筋トレや走り込みによる体力作りから始まり、個人練習、パート練習、全体での合奏を行うのが大まかな流れ。パート練習では先輩が後輩を詰め、合奏では顧問が罵声を飛ばす。少しでもミスをしたり、「決まり」を破ったりすると、「連帯責任」による「罰」が待っている。
 たしかに、肉体的にも精神的にも辛い3年間だったが、そのおかげで全国大会に出場もできた。コンクールで賞を獲った喜びを仲間と分かち合う瞬間は何ものにも代えがたい。

 だから、絶対に私立白林学園高校に行くと決めていた。白学は言わずと知れた吹奏楽部の強豪校。毎年全国大会に出場し、あらゆるコンクールの賞を総なめにしている。

 結局、私は入れなかった。
 もちろん、部活動を引退しても同じくらいの努力で勉強したし、模試では十分に合格圏内に入っていた。筆記試験も面接試験も特に問題はなかったはずだ。合格発表の日、私は意気揚々と受験番号が貼り出されるのを待っていた。
 けれども、そこには私の番号と合致するものはなかった。すでに暗記していた番号が本当は記憶違いだったんじゃないかと、何度も手に握られた受験票を確認したが、間違いはなかった。

 私は滑り止めで受けた県立明ヶ丘高校に入った。当然のように白学に行く気でいた私は明高について何も知らなかった。入学式で吹奏楽部が入退場の音楽と校歌の演奏を行ったが、ここは私の来るべきところではないとすぐに悟った。

 それからの明高での生活は何もかもが気に入らなかった。授業のレベルは低く、定期テストなら適当に勉強していても満点に近い点数は取れた。教師や生徒も私にとって侮蔑の対象でしかなく、まともに相手をする気にはなれない。
 試しに吹奏楽部の見学に行ってみたが、和気藹々と言えば聞こえは良いが、その緩み切った空気は噴飯ものだった。なるほど、こんな雰囲気では入学式のあの演奏も納得である。
 だから、私はどの部にも入らず、かといって大学受験の勉強に力を注ぐわけでもなく、大して仲の良い友達もできず、ただただ時間ばかりを浪費していた。


 9月の中旬になると文化祭が行われる。私のクラスは縁日というコンセプトで教室にあれこれ屋台を出した。一応は準備を手伝ったり、店番のシフトにも組み込まれたりはしたが、それ以外の時間は他の教室や催しを見物する気にもなれず、買い出しのふりをして校外へ避難することにした。

 まだまだ残暑が厳しく屋外にいるのは辛い。住宅街をさまよいコンビニを見つけ、キンキンに冷えた空気を求めて入店した。身体が冷えてくると、またジリジリと焼けたアスファルトを踏み出す。少し歩くと、別のコンビニを探す。その繰り返し。
 アヴリル・ラヴィーンのアルバムを2枚聴き終わったころだろうか。コンビニ巡りにも飽きて、というよりは単純に疲れたので、仕方なく学校へ戻ることにした。

 とにかく静かなところ、一人でいても放っておいてくれそうなところを探したが、やはり困難を極めた。
 まず思い浮かんだのが図書室。ここは新聞部の展示場となっており、人が少ないのは良いが、来場者が少ないため却って部員達から厚遇を受けてしまった。そそくさと退散する。
 次に昼休みによく避難している屋上手前の踊り場へ来てみたが、普段は閉まっているはずの屋上が解放されていていた。簡単なテーブルと椅子が設けられた無料休憩所となっており、教室で買った飲食物を持ち込んだ家族連れや他校の生徒達で賑わっている。これはだめだ。

 「さて、どうしたものか」と思いながら廊下を歩いていると、「名曲喫茶アルマ」という文字が書かれた木目調の看板が部屋の入口に立て掛けられているのが目に入った。そこは「準備室1」と呼ばれる通常の教室の半分程度の広さしかない部屋で、普段は教材置き場となっているはずだ。室内からは静かなピアノの音が聞こえていた。
 まあどうせ他に行くところもないので、入ってみることにした。もし気に入らなかったら、図書室のときみたいにさっさと出てきてしまえばいい。

 「いらっしゃいませ」
 やや立て付けの悪い引き戸を開けると、落ち着いた女子生徒の声が出迎えてくれた。
 白百合のような、という形容はまさに彼女のためにあるのだろう。掴めば容易く手折れそうな細い四肢と透き通った白い肌。背中まで真っ直ぐに伸びた黒い髪。可憐なというよりは端整な姿はとても魅力的なものだと感じられた。

 教室机を二つ繋げて並べ、白い無地のテーブルクロスをかけ、二人分の椅子が用意された席が5つほど用意されている。先客はなかった。
 私は入り口から一番遠くにある窓の近くの席に掛けた。壁側にはCDやレコードが収納された棚とやや大きめの箱型のスピーカーを伴ったオーディオが設置されている。

 「当店はコーヒーや紅茶などと共に、静かにクラシック音楽が楽しめる空間を提供しております。曲のリクエストなどございましたら、お気軽にお声がけください」
 机上に置いてあるメニュー(A4サイズのコピー用紙をラミネート加工しただけの簡素なもの)にはそう書かれていた。私は1杯100円のアイスコーヒーを頼んだ。プラスチックのカップに注がれたそれはコンビニで手に入るものよりも安い味だった。

 スマートフォンの液晶画面を軽く叩くと「13:19」という文字が浮かび上がった。この退屈な校舎から解放されるまでまだ1時間以上もあるが、とりあえずここなら落ち着けそうだ。
 この部屋は4階であるため、窓からは先ほどまで歩いていた住宅街が見渡せる。ガラス一枚隔てた先はジリジリと焼けるような暑さであろうが、幸いにもこちらは冷房が効いていた。こんな狭い部屋にまでエアコンが設備されており、私は初めてこの学校を良いと思った。

 スピーカーから流れているピアノ曲は聞き覚えのないものだが、どこか懐かしい響きである。小春日和に老人が並木道を歩きながら、若い頃を回想して微笑むような、多幸感と寂寥感が渾然一体となった複雑な気持ち。
 「これ、なんて曲ですか?」
 私は入り口近くのカウンター(と言ってもこれも教室机を並べただけのものであるが)にいる彼女に声をかけた。
 「ブラームスの『6つの小品集』の2曲目で間奏曲です」
 「へぇ」
 「ええ、まあ、6曲のうちの4曲は間奏曲ですけど」
 「何それ?もうちょっとそれっぽいタイトル付ければいいのに」
 「たしかに、ブラームスはそういうところがあるかもしれません」

 それから彼女は、この曲集が恩人である大作曲家シューマンの妻クララに捧げられたこと、かつてクララを愛していたこと、その思いは実らなかったものの二人は生涯親しい関係だったこと、この曲集が完成して2年後にクララが亡くなり、その翌年にはブラームスも後を追うように亡くなったこと…などを教えてくれた。
 「もしかしたら、彼はあえてこういうタイトルにしたのかもしれませんね。具体的なことは二人だけの秘密にしたかったのかもしれないし、あるいは聴き手それぞれの想像に任せたかったのかもしれません」
 その曲集が入ったレコードが終わり、静寂が訪れた。

②へつづく


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