【小説】JK芹沢千絵理はかく語りき Op.4『ラ・ボエーム』①
こんなはずじゃなかった。俺の高校生活がめちゃくちゃになったのはあいつのせいだ。
俺は自分で言うのもなんだが、中学の頃はそこそこモテた。周りの友達もそう言っていたし、実際に女子から告白されることも多かった。
高校に入学してすぐの頃、新入生の交流を深める目的でクラス対抗の球技大会が開催された。俺はそこで運動神経とリーダーシップを発揮し、クラスの中心として活躍した。これで俺の地位は不動のはずだった。
それを壊したのはあいつ、芹沢千絵理だ。
白百合のような、という形容はまさに彼女のためにあるのだろう。掴めば容易く手折れそうな細い四肢と透き通った白い肌。背中まで真っ直ぐに伸びた黒い髪。可憐なというよりは端整な、その美しさには道をすれ違う誰もが振り返った。加えて頭脳も明晰であり、非の打ちどころのない才色兼備である。
誰が言い出したのか、もし俺と芹沢千絵理が付き合ったら明高最強のカップルになると噂された。それをきっかけに俺は彼女に興味を持ち始めた。
芹沢千絵理はいつも一人で過ごしていて、なかなかクラスに打ち解けないようだった。ちょうど良い、俺が仲良くしてクラスの輪に入れてあげよう。
ある日の朝、やはり一人で読書をしている彼女に俺は声をかけた。
「おはよう」
「……」
返事はなし。聞こえなかったのだろうか?
「おはよう!」
「……」
またしても返事はなし。どうやら無視しているようだ。
「ねぇ、おはよう!」
「…なんですか?」
彼女の肩を叩くと大儀そうに文庫本に栞を挿み、ようやく返事をした。
「なに読んでるの?」
「ツァラトウストゥラ」
「え、ツァラ…なにそれ?」
「『ツァラトゥストラはこう語った』。ニーチェの…ニーチェって知ってます?」
「ニーチェ?誰それ?」
彼女はため息をつくと、読書に戻ってしまった。
「それ、面白いの?」
「……」
「どんな話?」
「……」
彼女は耳にイヤホンを差し込み、本格的に無視する姿勢を見せ始めた。
「ちょっと、無視すんなよ!話しかけてやってんじゃん!」
すると横から明美が割り込んできた。
「いいよ、邪魔しないであげよ?」
「調子に乗ってんじゃないの?ムカつくわ、こいつ」
俺は彼女を宥めつつ、自分の席に戻った。
芹沢千絵理の心を開くのはかなり難しそうだ。そう思った瞬間、俺は今まで感じたことのない不思議な感覚を覚え、絶対に彼女を落とすと決めた。
まずは彼女と何らかの接点を持ち、コミュニケーションを図り、連絡先を交換したい。
そのために、ツァラ…例の本を読んでみることにした。
意味不明だった。いちおう巻末の解説やウィキペディアも見てみたけど、何を言っているのかさっぱりわからない。
このツァラなんとかは、「ゾロアスター」のドイツ語読みらしい。「ゾロアスター」ってなんだよ?知ってる前提で話を進めるなよ!
「超人」ってなに?エスパーみたいなこと?宗教?
こんなものを読んでいる彼女はマジでヤバいんじゃないか?
俺は彼女の土俵で戦うのは無理だと悟った。ならば、こちらの土俵に引き込むしかない。
ちょうどクラスの中心グループでカラオケに行く予定になっていた。そこに彼女を呼ぼう。
俺や明美は警戒されているかもしれないから、聡美に声をかけてもらうことにした。彼女はクラス委員で頭も良く誰からも好かれる性格だから、きっと芹沢千絵理を誘うことができるだろう。
クラスで孤立している彼女が気になっていたからちょうど良い機会だ、と聡美は二つ返事で引き受けてくれた。
「芹沢さん、ちょっといい?」
「はい?」
放課後、いつも通り校門へ直行しようとする芹沢千絵理を聡美は呼び止めた。
「あのさ、これからみんなとカラオケに行くんだけど、芹沢さんも来ない?」
「いえ、結構です」
「そう言わないでさ、私、芹沢さんと仲良くしたいんだけど」
「クラス委員としてですか?私は今のままで特に問題ないので、どうぞお構いなく」
「そうじゃなくて!芹沢さんに興味あるし、それに楽しいよ?歌うの嫌い?」
「はい、私はプレイヤーではないので。それに私は今日、用事があります」
「そっか…じゃあ、次の金曜日は?」
「用事があります」
「じゃあ、逆にいつなら空いている?」
「すみません、今、急いでいるので」
まるで通行人と声をかけるキャッチセールスの会話である。
その後のカラオケで芹沢千絵理の話題になった。
「ねぇ、聡美さぁ、芹沢さん誘ってたでしょ?なんで?」
「うん、だっていつも一人で浮いてるから、かわいそうじゃん」
「出た、委員長。真面目か!」
「そういうんじゃないよ。芹沢さん、あんなにきれいで頭もいいのにもっ たいないよ。ね?」
聡美は同意を求めてきたので、俺は曖昧に頷いた。
「そういうとこがウザいじゃん!てか、結局断ったわけでしょ?調子乗ってない?」
明美はかなり根に持っているようであった。
「たしかに性格は終わってるよな。顔はぶっちゃけタイプなんだけどな」
「いや、俺は全然いけるわ」
「は?結局、男子はそれかよ。最低だな!」
話は下ネタへと逸れていった。
くそ、こんな女子(男子でもだが)初めてだ。俺は内心焦っており、カラオケ中も上の空だった。
しばらくして、芹沢千絵理の上履きが隠されるという事件が起きた。彼女の様子を遠巻きに見てクスクスと笑っていることから、犯人は明美とその仲間らしい。
「芹沢さーん、どうしたのー?」
「なんで上履きじゃないのー?」
「かわいそう、いじめられてんの?」
明美たちが絡み始めた。陰湿だなと思った俺は彼女を助けることにした。
「おい、芹沢さんの上履き隠したのお前らだろ!やめろよ」
「は?言いがかりはやめなよ。てか正義面すんなし」
「なに、もしかしてあんた芹沢のことの好きなの?キモっ」
「それは今関係ないだろ!」
「え、マジ?図星?」
俺は嘲笑に浴びていたが、これで良いと思っていた。少なくとも矛先を芹沢千絵理から俺に移すことはできた。もしかしたら彼女も振り向いてくれるかもしれない。そんな淡い期待もあった。
「ねぇ、芹沢さん。こいつあんたのこと好きだって。返事してやんなよ」
「おい、やめろよ!」
明美が調子に乗り始めた。こいつ、顔も性格もマジでブサイク!〇ね!
「すみません。とてもありがたいお話なのですが、名前も知らない方といきなりお付き合いするというのは…」
芹沢千絵理がこう言うと、一瞬の沈黙の後、教室に大爆笑が訪れた。
俺の高校生活は終わった。
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