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秋の田の

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秋の田のかりほの庵のとまをあらみ我が衣手は露にぬれつつ 天智天皇

『後撰和歌集』秋

(626~671年。皇太子時代の名は中大兄皇子。蘇我氏を倒し大化の改新を行う。)

小倉百人一首

「夜露に濡れながら、守る男」


 人々の笑い声がさざめく国を作りたかった。そのためにどれだけた血が流れようとかまわない。理想の国を作るために、俺は命をかけて戦い、どんな手段もいとわないのだ。

 中大兄皇子と名乗っていた頃、中臣鎌足とともに政敵である蘇我入鹿を倒した。律令政治の礎を築き、海を越えて争いをし、遷都をした。政治や権力ばかりではない。俺は好きな女も何としても手に入れる。それが誰かの妻であっても。大和は古来より畝傍山めぐって、香具山と耳成山が争った伝説のある国だ。人だって恋しい人のために戦う。いくら力を持とうとも、受け継ぐべき優秀な子孫がいなければすべて失ってしまう。この先何百年も俺の血統がこの国を治めるために何よりも大事なことなのだ。

君待つと我が恋ひ居れば我がやどの簾動かし秋の風吹く 額田王

あなたのことをお待ちして恋しく思っていると、私の家の簾を動かして秋の風が吹いて
ゆきます。あなたが簾を動かしていらしたのかとのかと思ったのに……

 今夜は額田王を訪ねよう。誰よりも力のある言霊を操り、歌を詠むところに惚れ込んで、弟から強引に奪って妻にした。今宵は風ではなく、俺が簾を動かしてやろう。額田王の屋敷までゆく途中、稲田に粗末な小屋が見えた。収穫した米を盗まれないよう番をするのだろう。刈った穂で造られた小屋は、秋風吹く夜更けにさぞかし寒そうだ。夜になって冷え込み、露が滴り落ちているのかもしれない。
そうだ、額田王への土産に、小屋のなかの男の気持ちになって歌を詠もう。「刈り穂」「仮庵」などを掛けて。実際になかで夜を過ごしたような現実味のある歌を。さあ、歌を愛する恋しい人はなんといってくれるだろうか?

  秋、田に作った刈った穂で作った仮の小屋にいると、苫で編んだ屋根の目が粗いので、俺の袖は滴ってくる夜露で濡れ続けているよ


仲間→中臣鎌足(藤原鎌足)*「藤原家」の始まりの人物
弟→大海人皇子(天武天皇)
娘→持統天皇(2)


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