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物語の創作とは救済であり、エールでもある | 村上春樹さん 『風の歌を聴け』

かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。

僕にとって、クールの象徴といえば、村上春樹さんの小説に登場する主人公たちがそれだ。「やれやれ」という言葉と共に、やや斜め上から世界を見下ろし、悟ったかのように人生を語り出す。同時に、独特のセンスの持ち主ゆえに、ある種の人々を惹きつけ、生活にも女性にも困っておらず、一定の余裕を持って世界と接しているように見える。

大学一年生の時に、村上春樹さんの小説を読みはじめた僕は、一時期、村上作品の主人公たちに憧れていた。『ノルウェーの森』のワタナベ君のようなクールさを身にまとうことができないかと真剣に考えたこともある。

だが、到底無理だった。

ノルウェーの森で印象的なシーンがある。大学解体を叫ぶストが解除され、講義が再開された時、クールなワタナベ君が珍しく憤りを見せる。声高に理想を叫び、ストを率いていた学生たちが、単位を落とすことを怖がって、我先にと講義に出席していたのだ。「こういう奴らがきちんと大学の単位をとって社会に出て、せっせと下劣な社会を作るんだ」と、彼は呆れ果てる。

そのゲンナリとした気持ちは読者として共感できるのだが、そこから先のワタナベ君の振る舞いに驚く…。ワタナベ君は、下劣さに対抗する手段として、講義に出ても返事をしないことに決めるのだ。出席しても返事をしないワタナベ君は、次第に孤立を深めていく。

村上春樹さんの主人公たちは、クールなようで、実はホットだ。いや、むしろ、エクストリームと言ってもいいかもしれない。あいにく、僕はそこまでタフな精神の持ち主ではなかった。

それでも、村上春樹さんの小説には、強く惹かれるものがある。いまだに作品を読み続けている。この引力の正体は何なのか? その輪郭がよく掴めないまま、村上作品と年月を過ごしていた。

そんな時、コルク代表の佐渡島さんが行なっている「文学サークル」の課題図書として、村上さんのデビュー作『風の歌を聴け』が選ばれた。

話せば長いことだが、僕は36歳になった。まだ充分に若いとも言えるが、以前ほど若くはない。振り返ると、人生の約半分を村上作品と過ごしている。ここら辺で、そろそろ区切りをつけたいと思った。

そこで、『風の歌を聴け』をじっくり読み直してみた。すると、以前は掴みきれなかった正体の輪郭が見えてきた。僕が村上さんの作品を追いかけている理由も、やっと言語化できたように思う。

今回は、『風の歌を聴け』と、小説家・村上春樹さんについて語ってみた。


自己療法として、書かざるをえなかった物語

まず『風の歌を聴け』とは、どんな作品なのか?

ひとえに言うならば、「自己療法」の物語だと思う。

20代最後の年を迎えた主人公の僕は、文章を書く行為を通じて、自身が抱える「問題」にアプローチしようと試みる。冒頭の段の文章を引用する。

 今、僕は語ろうと思う。
 もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。結局のところ、文章を書くことは自己療法の手段ではなく、自己療法へのささやかな試みに過ぎないからだ。

主人公が抱える問題の正体はわからないが、根深く、複雑で、心に重くのしかかっている事実だけは伝わってくる。文章を書いたところで、解決はしない。でも、どこかに感情を吐露しないと、耐えきれなくなるほど苦しい。

 弁解するつもりはない。少くてもここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるのだろう。

救済……。そう、彼は救済を求めている。ただ、それがどんな形なのかは、彼自身も全くわからない。ただ、現時点におけるベストな選択肢として、彼は「文書を書く」行為を選んだ。

文章を書くことは、自分と問題との距離を把握する手段となるからだ。

 ハートフィールドが良い文章についてこんな風に書いている。
「文章をかくという作業は、とりもなおさず自分と自分をとりまく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく、ものさしだ。」(「気分が良くて何が悪い?」1999年)

とはいえ、文章を書く行為の「限界」も彼は知っている。

  僕たちが認識しようと努めるものと、実際に認識するものの間には深い淵が横たわっている。どんな長いものさしをもってしてもその深さを測りきることはできない。僕がここに書きしめすことができるのは、ただのリストだ。小説でも文学でもなければ、芸術でもない。まん中に線が1本だけ引かれた一冊のただのノートだ。教訓なら少しはあるかもしれない。

正直に語ろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くへと沈みこんでいく。書くことによって、自分ができることなんて、あまりにも少ないことを再確認するだけかもしれない。だから、何かを書こうとすると、いつも絶望的な気持ちに襲われると主人公は言う(この気持ちは、とてもよくわかる気がする)。

それでも、自分を前に進めるために、やむにやまれず文章を書きはじめる。そんな自己療法の物語が、『風の歌を聴け』であり、村上春樹さんの出発点なのだと思う。

主人公が抱える「問題」の正体

それでは、村上春樹さん自身の投影とも思える主人公が抱える「問題」とは何なのか?

それは、大学の図書館で知り合った女子学生で、彼と同い年であり、彼が寝た3人目の女の子であり、1970年の春休みに自殺してしまった女性にまつわることではないだろうか。

実は、『風の歌を聴け』の続編となる『1973年のピンボール』で、この亡くなってしまった女性の名前が明かされる。

名前は、直子

 帰りの電車の中で何度も自分に言いきかせた。全ては終わっちまったんだ、もう忘れろ、と。そのためにここまで来たんじゃないか、と。でも忘れることなんてできなかった。直子を愛していたことも。そして彼女がもう死んでしまったことも。結局のところ何ひとつ終わってはいなかったからだ

1973年5月、主人公は直子の暮らした街を一人で訪れる。プラットフォームの端から端まで犬がいつも散歩する駅の街を。

この自殺した直子の存在は、様々な村上作品に影を落としている気がする。村上さんの作品には、突然失踪する女性や、向こうの世界(概念的な意味で)に消えてしまう謎の女性が数多く登場する。

そして、『風の歌を聴け』の発売から8年後となる1987年に発売された『ノルウェーの森』で、村上さんは直子(と呼ばれる女性)に対して、物語の形を通じて向き合うことに決めたのだと思う。決着とまではいかずとも、ひとつの区切りとして。

『ノルウェーの森』の第一章から文章を引用する。

 もっと昔、僕がまだ若く、その記憶がずっと鮮明だったころ、僕は直子について書いてみようと試みたことが何度かある。でもそのときは一行たりとも書くことができなかった。その最初の一行さえ出てくれば、あとは何もかもすらすらと書いてしまえるだろうということはよくわかっていたのだけれど、その一行がどうしても出てこなかったのだ。全てがあまりにもくっきりとしすぎていて、どこから手をつければいいのかがわからなかったのだ。あまりにも克明な地図が、克明にすぎて時にして役に立たないのと同じことだ。でも今はわかる。結局のところ ーー と僕は思う ーー 文章という不完全な容器に盛ることができるのは不完全な記憶や不完全な想いでしかないのだ。そして直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけばいくほど、僕はより深く彼女を理解することができるようになったと思う。

ここで語られる「直子について書いてみようと試みたこと」のひとつが、『風の歌を聴け』ではないか。

『風の歌を聴け』において、直子について語られる箇所はごくわずかだ。そのどれもが、主人公の心情を推し量る言葉は書かれていない。

ただ、彼女の死を受け止められない心情は随所から滲み出している。

何故彼女が死んだのかは誰にもわからない。彼女自身、わかっていたのかどうさえ怪しいものだ、と僕は思う。
 あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。
 僕たちはそんな風にして生きている。

『風の歌を聴け』執筆時に向き合いきれなかった直子と彼女の死。それと向きあう物語が『ノルウェーの森』だと捉えると、『風の歌を聴け』とは、まさに自己療法へのささやかな試みだ。

村上さんにとって、文章を書き、創作することは、生きることと密接に関わっていると強く感じる。物語とは「救済」の手段なのだ。

村上作品の作品の主人公はクールなようで、実はホットだ。そこには、村上さん自身の「生きよう」とする意志が、少なからず作品に染み出しているからかもしれない。それが無言のメッセージとして、読み手である僕を惹きつけているように感じる。


カリフォルニア・ガールズが歌う「夢の不在」

今回、『風の歌を聴け』を読み返して、あらたに発見したことがある。

それは、作中で登場するビーチ・ボーイズの『カリフォルニア・ガールズ』に込められた意図だ。

『風の歌を聴け』は、29歳の主人公の僕が、1970年の学生の頃に過ごした夏の18日間について書き記していく。主な登場人物は、主人公(僕)。僕の友人である鼠。左手の指が4本しかない女の子。ラジオのDJ。この4人を繋ぐ橋渡し役として、『カリフォルニア・ガールズ』が登場する。

また、物語の最後。後日談として、29歳の主人公がその夏に想いを馳せる媒介として、『カリフォルニア・ガールズ』を言及している。

「カリフォルニア・ガールズ」のレコードは、まだ僕のレコード棚の片隅にある。夏になるたびに僕はそれをひっぱり出して何度も聴く。そしてカリフォルニアのことを考えながらビールを飲む。

『カリフォルニア・ガールズ』は、いわば『風の歌を聴け』の主題歌であり、主人公の心情のメタファーとして描かれているのではないか。

そんな疑問をふと思い、『カリフォルニア・ガールズ』について調べはじめると、思わぬ事実を知ることになった。

なんと、ビーチ・ボーイズの音楽的リーダーであるブライアン・ウィルソンは、海やサーフィンを題材にしたポップな曲を歌いあげているにも関わらず、実は水や海を怖がる人物だったのだ。村上さんは『神話力、1963、1983、そして』というエッセイで、こう語っている。

そしてブライアン・ウィルソン自身が実はサーフィンなんて生まれてから一度もやったことがないのだという事実も知った。実は彼は水が怖くて、海の近くに寄るのもさえ嫌だった。ブライアンは精神的なトラブルを抱えた孤独な青年であり、音楽は彼にとって夢を見るための手段だった。そして夢を見ることは彼にとってひとつのセラピーであり、また過酷な現実の中で生き残り成長するために必要な作業だった。(中略)

死者の目を覚ますべく元気に飛び回るマイク・ラブのとなりで、彼(ブライアン・ウィルソン)が僕らに向かって語りかけるのは夢の記憶ではなく、夢の不在だ。彼が示しているのは、二度と戻ってはこない何かだ。

『カリフォルニア・ガールズ』で歌われていたことは、全てブライアン・ウィルソンの夢であり、夢を音楽として歌いあげることは、彼なりの自己療法へのささやかな試みだったのだ。

同エッセイで、村上さんはブライアン・ウィルソンの音楽について、更に言及している。

結局のところ、今にして思えば、ブライアン・ウィルソンの音楽が僕の心を打ったのは、彼が「手の届かない遠い場所」にあるものごとについて真摯に懸命に歌っていたからではないだろうか。燦々と太陽の光の降りそそぐマリブ・ビーチ、ビキニを着た金髪の少女たち、ハンバーガー・スタンドの駐車場にとまったぴかぴかのサンダーバード、サーフ・ボードを積んだ木貼りのステーション・ワゴン、遊園地のようなハイスクール、そして何よりも永遠につづくイノセンス。それは十代の少年にとっては(あるいはまた少女にとっても)まさに夢の世界だった。僕らはちょうどブライアンと同じようにそれらの夢を見て、ブライアンと同じようにその寓話を信じていた。

手の届かない遠い場所。二度と戻ってこない何か。そういった夢の不在を嘆くのではなく、その事実に対して真摯にポップに向き合うブライアン・ウィルソンの姿に、村上さんは自分を重ねたのではないだろうか。

音楽だけ聴くと、ブライアン・ウィルソンはとても楽しげに歌っているように思える。でも、夢の世界に触れることのできない悲しさや寂しさが裏には潜んでいる。それでも、懸命に歌い続ける彼の姿から、何かしらのエールを村上さんは受け取っていたのかもしれない。

そう考ると、『風の歌を聴け』は、自己療法としての作品であり、「生きよう」とする意志が息づく作品でもあると、ますます確信できるのだ。


デレク・ハートフィールドとは何者なのか?

そして、ブライアン・ウィルソンが『カリフォルニア・ガールズ』で自分の夢の世界を歌いあげたように、『風の歌を聴け』とは、村上さん自身の「夢の世界」を物語にした作品だと感じる。

主人公の友達である鼠は、村上さん自身のようでもあり、「こういう友人が、自分のそばにいてくれたら」という願望を表しているようでもある。バーを営むジェイも、ラジオのDJにも、同様の感想を抱く。

そして、その極め付けは、デレク・ハートフィールドだ。

デレク・ハートフィールドは、『風の歌を聴け』に登場する架空の人物で、主人公が最も影響を受けた作家として登場する。その生涯や著作に対する言及が詳細に書かれているため、実在する作家だと勘違いした読者は、僕を含め大勢存在するだろう。学生時代に、デレク・ハートフィールドの本を探しに図書館に行って、そんな作家はいない事実を知らされた時の驚きは今でも忘れられない。

デレク・ハートフィールドとは、『風の歌を聴け』を執筆している29歳の村上さんの分身ではないだろうか。

デレク・ハートフィールドは、1909年にアメリカ合衆国オハイオ州の小さな町に生まれて、1938年の6月のある晴れた日曜日の朝、右手にヒットラーの肖像画を抱え、左手に傘をさしたままエンパイア・ステート・ビルの屋上から飛び降りて死ぬ。享年29歳。『風の歌を聴け』を執筆している村上さんと同じ歳に死んでいるのは、偶然ではないだろう。

『風の歌を聴け』で、ハートフィールドはあらゆる意味で不毛な作家だったと語られる。

不幸なことにハートフィールド自身は全ての意味で不毛な作家であった。読めばわかる。文章は読み辛く、ストーリーは出鱈目で、テーマは稚拙だった。しかしそれにもかかわらず、彼は文章を武器として闘うことができる数少ない非凡な作家の一人であった。ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、そういった彼の同時代人の作家と伍しても、ハートフィールドのその戦闘的な姿勢は決して劣るものではないだろう、と僕は思う。ただ残念なことに彼ハートフィールドには最後まで自分の闘う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。結局のところ、不毛であるということはそういったものなのだ。

書くべき主題を捉えられず、苦労に苦労を重ねて、人生を空っぽにしてしまったと語るハートフィールド。そして、29歳、彼は投身自殺をする。

ハートフィールドとは、あり得たかもしれない村上さんの姿ではないだろうか。『風の歌を聴け』を書かず、自分の問題と向き合わず、すり減っていくだけの人生であるならば、彼のような最後を迎えたかもしれない。

あとがきで、村上春樹さんがオハイオ州にあるハートフィールドに墓参りするシーンが描かれる(あとがきに書かれている内容が創作だとは、夢にも思わなかった)。ハートフィールドの墓碑には、彼の遺言に従って、ニーチェの次の言葉が引用されている。

「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか。」

この言葉が、作品の全てを表しているように思える。主人公である僕、そして村上春樹さんが抱えていた闇の深さは誰にもわからない。おそらく本人たちでさえ、その闇の実態は掴めなかったはずだ。

だけど、デレク・ハートフィールドとしての自分を物語の中で弔うことで、ある種の決着を迎えたのではないだろうか。

あとがきの最後の部分を引用したい。

 この小説はそういった場所から始まった。そして何処に辿り着いたのかは僕にもわからない。
「宇宙の複雑さに比べれば」とハートフィールドは言っている。「この我々の世界などミミズの脳味噌のようなものだ。」
 そうであってほしい、と僕も願っている。


それぞれの苦しみを抱えて生きている事実

『風の歌を聴け』は、自己療法へのささやかな試みであり、村上さんが抱えていた苦しさが作品に吐き出されている。そのため、登場人物たちは、すり減っていて、損なわれていて、不満や不安を抱え、憤っている。

でも、救いがない作品なのかと言われれば、そうではない。

僕が、特にそう感じるのが、夏の終わりにラジオのDJが、病室から送られた17歳の女の子から手紙を読み上げるシーンだ。

その子は重い病気を患っていて、回復の見込みも薄く、三年間、ベッドから起き上がることもできずに過ごしている。彼女のお姉さんは大学を止め、付きっきりで看病をしてくれている。そのおかげで、どんなに惨めなことからでも人は何かを学べるし、だからこそ少しずつでも生き続けることができると、彼女は言う。

だが、もう回復することはないのではないかと思うと、時々どうしようもなく怖くなると言う。本も読まず、風の中を歩くこともできず、誰にも愛されることなく、ひっそりと死んでいくと思うと我慢できないほど悲しいと。

その手紙の最後にはこう記されてある。

 病院の窓からは港が見えます。毎朝私はベッドから起き上がって港まで歩き、海の香りを胸いっぱいに吸い込めたら……と想像します。もし、たった一度でもいいからそうすることができたとしたら、世の中が何故こんな風に成り立っているのかわかるかもしれない。そんな気がします。そしてほんの少しでもそれが理解できたとしたら、ベッドの上で一生を終えたとしても耐えることができるかもしれない。

 さよなら。お元気で。」

そして、この手紙を読み上げた後のDJのコメントが、『風の歌を聴け』において、僕が最も好きな箇所だ。

 名前は書いてない。
 僕がこの手紙を受けとったのは昨日の3時過ぎだった。僕は局の喫茶店でコーヒーを飲みながらこれを読んで、夕方仕事が終わると港まで歩き、山の方を眺めてみたんだ。君の病室から港が見えるんなら、港から君の病室も見える筈だものね。山の方には実にたくさんの灯りが見えた。もちろんどの灯りが君の病室のものかはわからない。あるものは貧しい家の灯りだし、あるものは大きな屋敷の灯りだ。あるものはホテルのだし、学校のもあれば、会社のもある。実にいろんな人がそれぞれに生きてたんだ、と僕は思った。そんな風に感じたのは初めてだった。そう思うとね、急に涙が出てきた。泣いたのは本当に久し振りだった。でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ。

 僕は・君たちが・好きだ。

主人公や鼠が、どうしようもない想いを抱えながら過ごす日常も、病室の少女からすると、叶えられない夢の日々なのだ。同時に、病室の窓から眺めると夢の世界に暮らす人たちも、実は耐えきれない苦しみを抱きながら生きている。

実にいろんな人が、それぞれの苦しみと供に生きている。

それでは人間とは悲しい生き物なのか?

村上さんなりの答えが、「僕は・君たちが・好きだ」ではないだろうか。

これ以上ないシンプルな答えだ。それでも、人を、人生を愛したい。そんなエールがそこには存在しているように感じる。同情として言っているわけでもなく、自らを慰め励ますエールとして。

文章として、物語として、自分の感情を吐き出したことにより、前を向くことができた。そんな意志を僕は感じる。こうして、村上さんは、過去の自分と、そして世界と折り合いをつけていったのではないか。

救済ではないかもしれないが、現時点におけるマイベストな着地点として。


村上春樹という、長編物語を追いかける理由

僕が村上作品に強く惹かれる大きな理由は、作品を創作する村上さんの背中にある。

物語の創作をすることでしか、自分の傷と向き合うことのできない村上さんの背中にこそ、「生きる」とは何かという主題を見出しているように思う。

今回、村上さんのデビュー作である『風の歌を聴け』を題材に、村上さんにとって文章を書くことは、自己療法へのささやかな試みだと書いたが、それは今でも変わっていない。

最新作の『猫を棄てる』の終わりのほうに、こんな文章を村上さんは書いてる。

 こういう個人的な文章がどれだけ一般読者の関心を惹くものなのか、僕にはわからない。しかし僕は手を動かして、実際に文章を書くことを通してしかものを考えることのできないタイプの人間なので(抽象的に観念的に思索することが生来不得手なのだ)、こうして記憶を辿り、過去を眺望し、それを目に見える言葉に、声に出して読める文章に置き換えていく必要がある。

だからこそ、村上さんが、創作を通じて、どのように変わっていったのかを知りたくなる。そして、村上さんを追って歩むその道の上には、何かしらの人生の目印のようなものが落ちている。

それは、人生の教訓とまでいかなくても、人生の先輩として、僕ら後輩に書き残してくれたダイイング・メッセージのようなものかもしれない。

そのメッセージを作品から読み解いていくのが、村上春樹作品の醍醐味であると、気づくことができた。

さぁ、ここから改めて村上春樹を巡る冒険をはじめたい。

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井手 桂司

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フリーランスのブランド・エディター。一人ひとりの持っている物語を、言語化し、発信し、届ける手伝いをしてます。 IKEUCHI ORGANIC、Oisix ra daichi、コルク…などのメディア編集を担当。noteでは好きな小説についての感想を書き綴っていきます。