許しあうこと、それが愛
表題の言葉は結婚して8年になる私がたどり着いた愛の真理である。
愛があるなら大概のことは許せるし、気づかないところ(気づいていることもあるけども)で自分もきっと許されているはずなのだ。
皿洗ってくれなくても
お風呂や排水溝洗ってくれなくても
ベッドの中から靴下やタオルが出てきたって
愛があるから許せる。
私だって
プラモデルの作りすぎで部屋がシンナー臭くても
休日はトレーニングのため早朝から10時まで家にいなくても
仕事で毎日帰りが遅くても
妻には許してもらってる。
逆に、許せなくなってきたら、愛がないってことだろう。
お互いに完全じゃなくていい。
いや、完全じゃないから許しあう。
許すだけではなくて、許してもらうということも大事なわけだけど。
結婚するなら、何があっても許せる相手。
先日、夏至は結婚記念日なので、そんなことを思い返してみた。
なお、子供については成長するにつれて腹立つことも増えたわけですが、
やっぱりかわいいので許してしまう。
これも愛だ。
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