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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記(1)
第二次世界大戦、ドイツ占領下ノルマンディー
ユダヤ人少年ラドムは、隻腕の美少女アミと出会った
彼女の名は《鋼鉄の暗殺者》
その義手は、ドイツ兵を殺戮する凶器
時代は、ユダヤ人にとってあまりにも過酷であった。
祖国から逃亡し両親と共に密航船の船倉に身をひそませるラドムだったが、ドイツ兵は逃がしてはくれない。
殺戮ショーを楽しむかのようにラドムの両親を嬲り殺したのだ。
傷を負い、船の中を逃げ惑うラドム。
刃が迫り、死を覚悟したその瞬間──彼の前に現れたのは銀髪の美少女アミであった。
圧倒的な身体能力と、鋼鉄で造られた右腕を武器に、一人でドイツ兵を倒していくアミ。
彼女は《鋼鉄の暗殺者》の異名をもつレジスタンスだった。
序章 鮮血の天使
その日を、少年は海の上で迎えた。
「ねぇ、気付いてた? 今日はあなたの誕生日よ。ラドム」
「え?」
狭い船倉。窓のない空間で、時間の感覚は失われて久しい。
荷物の隙間に一家三人で身を潜めながら、不意に囁かれたその言葉に少年は戸惑いの声をあげた。
「母さん、そんなこと……」
そんなこと言ってる場合じゃないだろと告げかけて、ラドムと呼ばれた少年は言葉を飲み込む。
今だからこそ、日常の会話が貴重なのだ。
僅か数分先には儚く消えゆくかもしれない命に、せめてひとときの安息を。
彼等ユダヤ人にとって、まさに地獄の時代だった。
民族を理由に、無慈悲に命を奪われる。
何故という当然の疑問を、口にする者は祖国ポーランドにはもういなかった。
しかし少年の一家はまだ幸運だ。
少なくとも逃げ延びるチャンスを得ることに成功したのだから。
ナチスに席巻されたポーランド首都ワルシャワから脱出し、鉄道で海沿いの町ダンチヒへ。
多額の賄賂、それから船底の狭い倉庫から出ないことを条件に商船に乗り込み密航を図ってから、そろそろ三日ほどが経ったろうか。
時間の経過を、腹の減り具合から探ることも難しくなっていた。
持ちだした堅パンはすでに食べ尽くしてしまっている。
だから先だっての母の言葉が、うなだれたままの息子を元気付けようとしてのものだということは、今日十一歳になったばかりの少年にも理解できた。
1929年10月24日──後に第二次世界大戦を引き起こした要因の一つと数えられるNY(ニューヨーク)ウォール街株価急落の起こった日に彼──ラドム・ザクワディは生まれたのだった。
暗い運命を暗示されたように生れ落ちた我が子を気遣うかのごとく、母は彼の金髪を撫でる。
薄闇の中でしかと見ることは叶わなかったが、優しい笑みを湛えた母の表情が胸に去来したのだろう。
子猫が甘えるように、少年はあたたかな手の平に頬をすり寄せた。
「上が賑やかになってきたわね。上陸が近いのかしら」
先程から揺れが酷くなっていた。
北海に出たのかもしれない。
それなら目指すイギリスはすぐそこだ。
言われるがままにラドムは天井を見上げる。
だが灯かりもない暗い荷物置き場から、外の様子をうかがう術はなかった。
扉の隙間から僅かに漏れる電灯。
その微かな明かりに浮かぶ淡い金髪が、少年の額に年齢に相応しくない影を落とす。
今日は生きている。
だが、ユダヤ人の自分が来年の誕生日を迎えられるとは思えない──それは絶望の色だったかもしれない。
その時だ。
「しっ!」
直ぐ隣りから男の声。
「静かにして、もっと奥へ隠れるんだ」
「父さん?」
「あなた?」
迫害を受け続けてきたユダヤ人の用心深さか、中年の男が妻と息子を荷箱の隙間へ押し込む。
彼が家族を守るように二人に覆い被さり、そこでようやく少年は異変に気付いたのだった。
怒声と悲鳴。上陸準備にしては変だ。
時折低い破裂音が響くのは、ワルシャワでも聞き慣れた銃声に違いない。
こういう時の対処法は知っている。
息を潜め、声を立てず、小さくなって身を隠し、銃声が通り過ぎてくれるのを待つだけだ。
後に残る死体が自分たちでない事を祈りながら。
しかし今回は銃声は去ってはくれなかった。
乱暴な足音と共に、爆音は彼等の隠れる船底の倉庫に近付いてきたのだ。
少年を抱き締める母の腕、二人を抱える父の腕の力が強くなったと感じたときだ。
「見つけたッ!」
甲高い男の声と共に、勢いよく扉が蹴り開けられた。
次いで小型懐中電灯の強烈な光が彼等を照らす。
「やッぱりだ。敵国(イギリス)への密輸船にユダヤ人親子まで乗ってるとはね。密告通りだ」
無遠慮に入って来た気配から一人であると分かる。
こちらからは逆光になっていて、声の主を確認することはできない。
だが、足音は重い。
それは銃器を携えた兵士ならではの響きであった。
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