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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記(7)

「助けたのはおれたちじゃねぇよ。アミさんが偽装船から血まみれのおまえを連れて帰ってきたんだ。今は出かけてるけど心配してたぜ。えっ……今、何て言った?」
 
「えっ、何?」
 
 アミって誰?
 偽装船って何?
 そう。尋ねたいのはどちらかと言えばこちらの方だ。
 しかしロムは青い顔でプルプル震えている。
 
「? 僕の名前はラドム・ザク……」
 
「違う! その先」
 
「? お、お姉さんに謝っ……」
 
 そこでロムは吠えた。
 
「ちがう、違う! 今のあれ、おれのお母さん! あの人、若作りだけど五十歳近ぇんだよ」
 
「ごじゅう?」

 軽い衝撃にラドムは息を詰まらせた。
 
 かわいらしい綿毛のようにフワフワした今の女性がロムの母で、五十歳近いとは。
 ラドムの母親よりずっと年上だなんて意外だ。
 
 女性の年齢は分からない。
 本当に分からない。
 
 いや、そんなこと別にどうでもいいんだけど。
 そもそも知りたいことは他にあったはずだし。
 
 しかしラドムが口を開くより前に、今まで部屋の隅に立ち尽くしていたもう一人の男がおもむろに少年の元へと歩み寄ってきた。
 
「ドイツ軍艦が商船に偽装し、敵国商船や密輸船を襲撃し略奪を繰り返している。そんな事も知らずにあの海域を通っていたのか」
 
「あ、あの……?」
 
 男の纏う殺気に、ラドムは言葉を失った。

「よせよ、シュタイヤー。別にラドムが運航表作ったわけじゃねぇだろ。それにドイツの偽装船のことなら、ちゃんとアミさんが駆けつけて華麗にやっつけたんだからさ。さっすがアミさんだな」
 
「それを問題にしているのだ。そもそもアーミーは軽率すぎる。勝手にそのような所へ出向くなど。しかもユダヤ人の孤児を連れて帰るとは。子供が子供を助けてどうなる」
 
 冷たく低い声。
 その声からも言葉からも敵意が直に伝わってくる。
 
 シュタイヤーと呼ばれたその男──陰気な表情を崩そうともしない。
 後ろで纏められた長い黒髪と同色の眸。
 筋肉質の長身の身体には黒の衣服を纏っており、肌が見えるのは顔だけである。
 年齢は二十代半ばであろうか。
 まるで闇のような人物だと、ラドムは思った。
 

 自分がその男の怒りを一身に受けているらしいことは察せられた。
 不本意ながらその理由も。
 
 アミという人物がラドムを助ける過程において、危険を冒したことが気に入らないようだ。
 それで腹立ちをぶつけられるのも理不尽だと自分としては思うわけだが、ここに先程から解けぬ謎がひとつ。
 
「あの、アミって……」
 
 問いかけたその言葉をかき消したのは、窓の外から聞こえる女のお喋りの声だった。
 のどかな口調は、さきほど出て行ったロムの母のもの。
 
 どうやら向こうからやって来る相手に話しかけているらしい。
 返事をするのは少々幼い印象を受ける女性の声だった。
 走って来ているのか、声はどんどん近付いてくる。
 
「大きな船だけど爆弾使ったら沈んだんだ。今月入って、今日ので六隻目」
 
「あら、多いわねぇ」
 
「あのね。そのとき、ドイツ兵のオサイフ拾っちゃった」
 
「あら、それって略奪じゃないの?」
 

「リャクダツじゃないよ。拾ったの! ガリル・ザウァーにあげようと思って……わたしが持ってるより役に立ててくれるからな。あれ、あれれ?」
 
「どうしたの、アミちゃん」
 
「おサイフ、どっかにいっちゃったみたい」
 
「あらあら、落としたのかしら。おバカさんねぇ。アミちゃん」
 
「うぅん……。もし拾ったらわたしに教えて。おばちゃん」
 
「ん? おば……あらっ? お姉さんって言ったのかしら」
 
「ご、ごめんなさい。お姉さん……」
 
 ……何だ、この気楽な会話。
 
 ラドムの肩が脱力と共にガックリ落ちる。
 何なんだ、こいつ等。物騒なんだか抜けてんだか、分かりゃしない。
 
 室内の三人の男の間に微妙な空気が漂った。
 黒ずくめ男の殺気が和らぐのが分かる。
 固く閉じられていた口元が微かに笑みの形に解けたことに、ラドムは気付いた。
 

「そうそう、アミちゃん」
 ロムの母の声が今更ながら低められた。
「あの子、目を覚ましたわよ」
 
 本当か? と幼い声は歓声をあげる。
 
「それを先に言えよ!」
 
 同時に壊れそうな勢いで木の扉が開かれる。
 飛び込んできた人物を観察する間もなく、銀色の姿が弾丸のように少年に向かって飛来した。
 
 人懐っこい犬が突如覆いかぶさってきたかのようだ。
 重量が圧となって、少年の身体にのしかかる。
 それが犬でないと分かったのは、ニュッと伸びた腕にワシワシと頭を撫でられ、抱きしめられたからである。
 
「もう元気になったか? よかったな」
 
 はしゃいだ声と共に頬に触れた冷たさに、ラドムは息を呑む。
 彼の左頬に触れていたのは、少女の華奢な右手──に見えた。
 しかしそれは血の通った人間の手ではない、まるで温度を感じさせないものであったのだ。
 
 ああ、あの時僕を助けてくれたのはこの冷たい手だったな……。
 


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