鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記(64)
「全て失った、か……」
確かラドムが同じ台詞を言ってたっけ。
アミは必死に彼を慰めたものだ。
小生意気な小僧は、アミは失うということの意味を分かっていないなんて批判したものだ。
しかし、今になって思う。
「本当だ。わたしは何も分かってなかった」
大切な人を失うということは、すべて……本当にすべてを失くすということだ。
空虚と絶望──それらはどう処理して良いか分からない感情だ。
右肩から血が流れていないことを今一度確認して、アミは建物の外へ出た。
そこにはもう女医の姿はない。
モン・サン=ミシェルが見える方向を探して、彼女は地面に座り込んだ。
闘った。必死になって闘い抜いた。
だから今、彼女は何をして良いか分からなくなっていたのだ。
信じなければ戦場では生きていけない。
この命を使って戦い抜くことなんて出来ないのに……なのに、その信じるものが壊れてしまった。
「ガリル・ザウァーの命令で人を殺すことしか能のないわたしが、これからどうしていいかなんて……分からないよ」
シュタイヤーに問われて咄嗟にああ言ったものの、イギリスにもアメリカにも行きたいとは思わない。
「色々考えても分からないし、どこに行ったらいいかも分からない。あの時、わたしはどうすれば良かったんだろう……」
地面に向かって泣き言は続く。
遂には「うっうっ」と情けない声をあげ始めたアミの背後で、砂地を踏み締める足音が止まる。
振り返りかけた彼女の頭上に、呆れたような声が降り注いだ。
「アミは脳筋なんだから、考えたってしょうがないだろ」
「うっ、この期におよんでそんな悪口を……」
じっとりと込められた抗議の視線を無視して、相手は更に辛辣な言葉を降らせる。
「そうやっていじけたって、どうしようもないだろ。前向きに考えろよ、アミ」
それはそうだけど……。
反論する言葉を見つけられず、不承不承頷いてみせる。
せめてもの抵抗のつもりだろうか、立ち上がって相手を見下ろしてやった。
「な、何だよ?」
金髪の少年は口を尖らせて彼女を見上げる。
訝し気に紫の眼が細められたのは、少女が突然ニマッと笑ったから。
「よかった」
「え?」
アミは少年の頭をポンポンと叩いた。
「ラドムが生きてて本当によかった」
何か言いかけて、ラドムも微かな笑みを零したのだった。
「……だから、僕は打たれ強いんだよ」
あの時──《帝国の狼》のショットガンと武器商人の軽機関銃の銃撃にさらされ、身体が宙に巻き上げられた瞬間。
断続的な爆発音が続き、崩れ落ちる瓦礫が一気に彼の頭上に降り注いだ。
ガリル・ザウァーが仕掛けたトラップに巻きこまれたのだ。
石造りの家々が爆発し、その下敷きになりながらも悲劇的なことに、ラドムは意識を失わなかった。
「たす……ア……」
助けて、アミ──。
しかし胸に圧し掛かった大きな石材が肺と気道を圧迫して、声は出ない。
手足も石に挟まれていて、指一本動かすことはかなわなかった。
外界との隙間も全て塞がれ、そこには一筋の光もない。
濛々たる土煙の只中に力なく横たわるだけ。
いつ崩れるか分からない瓦礫に恐怖する一方、いっそ楽に死んだ方がましかもしれないという考えも脳裏を掠めた。
助けられず、このまま衰弱死するのを待つくらいならいっそ……と思うのは致し方のないことだ。
体力温存のため、出来るだけ動かない方が良い。
いや、体力のあるうちに少しでも何とかするべきか。
「クソッ!」
祈るしかないこの状況で、しかしラドムはあがいた。
胸を圧迫する大きな石を少しでもずらそうと腹に精一杯の力を込め、揺する。
「ぐっ……うっ……」
それはビクともせず、ラドムは土埃に噎せ込んで行動を途中でやめるしかなかった。
「?」
尻の方で何かもぞもぞした感触を覚えたのは、その時である。
「なに……?」
不自由な身体を出来るだけ捻ってみせると──カランカラン。
瓦礫の隙間を何かが転げ落ちていく音が響いた。
「あっ!」
しまった、と思う。
アミに貰った未来の武器──ポケットに入れていたそれが、石の圧迫を受けてじわじわと外に押し出され落ちてしまったのだ。
「アミ……」
動かない手を伸ばしかけたその時だ。
少年の目の前で、光が弾けた。
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