鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記(60)
ショットガンを派手にぶっ放し、ラドムは少女の元へと駆け寄ってきた。
「アミ、無事でよかった。何が起こったの……?」
横たわったシュタイヤーを見つけて眉を顰める。
少女を守るように彼女の前に立ちはだかり、ラドムは大振りの銃を構えた。
銃口は直ぐ近くのガリル・ザウァー、それから少し向こうでMG42を構えるザクソニア──両者の間を迷うように揺れている。
「アミ、聞いて。武器庫を爆破したのは……」
「そ、それは……そいつだ! ラドム、そいつを狙え!」
少年の声に、アミの叫びが重なる。
彼女の指はドイツ兵を指していた。
「アミ、落ち着いて聞いて。僕はさっき……」
「き、聞こえない。近くでショットガン鳴らすから、わたしの耳、すこしおかしくなった。だから何も聞こえない……」
まるで懇願するかのように呟く少女を見やり、ラドムは奥歯を噛み締める。
それは、予測できない反応ではなかった。
彼女がガリル・ザウァーの否など、その罪など認めるわけがない。
たとえ目の前に証拠を突き付けられても、盲目になってでもそれを信じまいとするだろう。
「アミ、目を覚ませよ」
苦い思いで少年は吐き捨てる。
そのときだ。落ち着きはらった低い声がふたりの間に横たわる緊張を破った。
「どこで拾ったか知らんがそんな物、素人の子供が持ったところで怪我をするだけだぞ」
ザクソニアの、それは至極真っ当な発言。
銃口を向けられているのドイツ兵の余裕綽々の態度が癇に障ったのだろう。
ラドムは踏ん張る足に力を込めた。
ショットガンをぶっ放す。
扱いは幾分慣れた。
身体が吹き飛ぶほどの反動を両足で堪え、続けざまにもう一発。
元々が広範囲に威力を及ぼす武器である。
射撃精度も技術も必要ない。
ラドムが本気で撃つとは思っていなかったのだろう。
直撃は免れたものの、爆風をまともに喰らって、ドイツ兵の大柄な体躯は宙に煽られた。
そのまま岩場に叩き付けられる。
「ガハッ……!」
血を吐き、のた打ち回るドイツ人の眼前にショットガンの銃口が突きつけられる。
「クッ、こんな子供が!」
翳む視界の中、必死に周囲の地面を探るのは愛銃のMG42をを求めてのことだろう。
「すぐに兵を引いて、島(ここ)から出て行け」
ラドムの恫喝には、しかしわずかな躊躇いがあった。
──アミは?
ちらりと横目で見た先にうずくまったままの銀髪の少女。
ぴくりとも動かないシュタイヤーを抱え、顔を歪めてこちらを見つめている。
あるいは彼女の腕の中で、男は息絶えたのかもしれない。
沈痛な表情をつくる間もない。ラドムは息を呑んだ。
アミの様子に気を取られたせいで、その傍らに武器商人の姿が見えないことに気付くのが一瞬遅れたのだ。
「ガリル・ザウァー?」
心臓を冷たい塊で殴られたような不安を覚え、ラドムは周囲を見回す。
岩場に木立、すぐ近くにはロム・テクニカ母子の家。
他の家屋──死角が多すぎることが、少年の不安を焦りに変えた。
そんなあからさまな狼狽を、歴戦のドイツ兵が見逃しはしない。
抵抗する間もない。ザクソニアの大きな手に銃身をわしづかまれ、ねじ曲げんばかりの力で引っ張り込まれたのだ。
「グッ……!」
少年の小柄な身体はバランスを崩し、上体が宙空を泳ぐ。
あっさりとショットガンを奪われ、ラドムは己に向かってひるがえるライオットの銃口を凝視した。
戦場に身をおく戦士であればたとえ相手が子供でも、殺すことに躊躇は見せない。
ましてそれが、さっきまで銃を撃ちまくっていた子供なら尚のこと。
憎悪もなく機械的に、引金をひく──殺される。
故郷のワルシャワにいるころから慣れた感覚に、少年の身は硬直した。
眼をつむることもできず、迫る死を待つその一瞬。
突如、周辺の岩が弾けた。
飛び散る欠片が皮膚を裂き、銃撃は続けざまに彼ら二人を襲う。
パラパラと軽い音を立てて、MG42が銃弾を撒き散らしたのだ。
予期せぬ方向から生じた攻撃に、ザクソニアの手の中でショットガンが揺れた。
「死ねっ!」
憎しみの呻きと共に、こちらに迫るのはガリル・ザウァーであった。
不器用な様子ながらマシンガンを構えて、にじり寄ってくる。
先程の銃撃の際にザクソニアが落としたMG42を拾ったのだ。
少年もろともドイツ兵を始末しようと発砲を続ける。
際限なく撃ち出される銃弾は、こちらも射撃の腕など構わぬ数量でもって彼らに襲いかかった。
「ラドム、逃げろっ!」
アミの絶叫が銃声に重なる。
「逃げろったって……」
その場で身を縮めるしかないラドムは、必死の体で銃口の方に視線を送るのみ。
そして初めて、アミの悲痛な叫びの理由が分かった。
体格に似合わぬ大振りな銃を構えるガリル・ザウァー──その右肩から大量の鮮血が迸っていたのだ。
続けざまの発砲の反動が全身に伝わり、血は重力を無視して宙をうねり、まるで別の生き物のように武器商人の周囲を舞った。
元々アミに合わせて造られた腕である。
合わない義手を無理に骨と血管に埋め込んでいる歪みが、銃撃の激しい揺れに耐えかねて破損したのだ。
「ガリル・ザウァー、もうやめろ!」
膨大な量の血液を撒き散らしながらも、消えることのない憎悪はドイツ人めがけ火を噴くことを止めはしない。
「クソッ(トイフェル)!」
ドイツ語で毒づいたのは、ザクソニアだ。
大柄なドイツ人の腕に、足に、小さな弾丸が呑み込まれる。
籠った悲鳴と共に身体を泳がせ、ザクソニアもショットガンの引金を引いた。
狙いをつける余裕はさすがにないのか、銃口は空を迷い、次の瞬間には地を向く。
至近距離でのショットガンの立て続けての発砲を受け、ラドムの全身は煽られた。
「うぐっ……!」
悲鳴すら、この爆音の中で己の耳まで届きはしない。
そこへ強烈な衝撃。
全身に激しい風圧を感じたときには、少年の小柄な身体は木の葉のように宙を舞っていた。
突如、空の青の只中に放り出され、そこでラドムは見た。
修道院頂天に輝く聖ミカエル像の黄金を。
金色が、視界の中でゆっくりと奇妙な軌跡を描くのと同時に、ラドムの眼は地上の銀色をも探る。
焦がれたようにアミの色彩を求めるが、そこに在ったのは火の赤と、血の朱色のみ。
次の瞬間、渦を巻いて押し寄せる──黒。
それは、最後の光景に相応しい色彩に感じられた。
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