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【読書メモ】予測不能の時代:データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ

知的感動がとまりません。

著者の矢野和男さんは、「幸せ」を科学する最先端にいます。その手法の特徴は、ウェアラブルデバイスで膨大な行動データやライフログを取得するところにあります。そう書くと、エンジニアとしての側面が強いように思われますが、著書やその他の場での発言からは人間臭さを大切にする実践者という印象を受けます。

前著の「データの見えざる手」も発見の連続で知的な感動を得ました。7年経った本書では、AIやIoTのハード面の進歩とともに著者の考察もますます熟成されてきたと感じます。

印象に残ったことをひとつあげるとすれば

やはり、圧倒的なデータ量に裏付けられた人間臭い結論に感動を覚えました。

 データが示す最も重要な結論は「あなたの幸せは、自分一人では生み出せない」ということである。むしろ、データが示すのは「あなたの幸せは、自分が関わる周囲の人たちから与えられるものだ」という事実だ。あなたは、会話の相手からエナジャイズされる(元気をもらう)ことで幸せになるのだ。
 従って、あなたが幸せになるためには、人を幸せにする集団の一員になることが必要だ。幸せな集団とは「周囲を元気にする人たち」であることが、科学的に示されたのである。

人は人との関わりの中で生きています。幸せは人の間にあるのです。人が長い歴史の中で紡いできた多くの宗教で「愛」「利他」「仁」などが説かれているように「自分さえよければよい」というところに、本当の幸せはないのです。

幸せな組織の4つの特徴「FINE」

本書によると、幸せな組織には4つの特徴があります。

Flat:均等 人と人のつながりが特定の人に偏らず均等である
Improvised:即興的 5分から10分の短い会話が高頻度で行われている
Non-verbal:非言語的 会話中に身体が同調してよく動く
Equal:平等 発言権が平等である

頭文字をとってFINEとなります。

逆に言うと、不幸せな組織は以下の特徴があります。

人と人のつながりが特定の人に偏っている
5分から10分の短い会話が少ない(長い会議や会話が多い)
会話中に身体が同調せず動きも少ない
会議や会話での発言権が特定の人に偏っている

一番、「痛いな」と思わされたのは、3番目の「会話中に身体が同調せず動きも少ない」についての解説です。

さらに、結婚されている方は、配偶者との会話でどれだけ会話のキャッチボールが活発で、これにより身体が思わず動いているかを思い出してほしい。話しかけられているのに、テレビやスマホに夢中で、返事やうなずきもおろそかになっていないだろうか。それはデータで証明された不幸な夫婦関係をもたらす最も簡単な方法なのである。

思わず納得してしまいました。

これらの結論は、ウェアラブル端末から取得した体の動きなどの物理的な計測データと幸せに関する質問紙調査から導き出されています。つまり、データさえ取れれば、その組織が、幸せか不幸かが分かるようになったのです。それがどういう意味を持つかというと、「幸せは訓練や学習によって持続的に高められる」ということでもあります。

幸せな組織は、互いに相手を「HERO」にする

研究の結果、幸せを高めるには、以下の5つの力が大切だということが分かってきました。

Hope:自ら進む道を見つける力
Efficacy:現実を受けとめて行動を起こす力
Resilience:困難に立ち向かう力
Optimism:前向きな物語を生み出す力

以上の4つで、頭文字が「HERO」にななります。

(幸せな組織は)互いに相手の「心の資本」を高めあう組織であり、すなわち、互いに相手を「HERO」にする組織である。なぜなら、組織の幸せは、「互いに相手の幸せを高めているか」で決まるからだ。このことは、一種の組織としての能力であり、マネジメントや訓練によって学習することも高めることも可能なのだ。

HEROで主張されていることは、vucaの時代と言われるようになって、ますます大切にされていることです。とはいえ、新しい力ではありません。わたし達は、みなHEROを持っています。ところが、「良かれ」と思って、「効率」だけを求めた結果、HEROが失われてしまったと、矢野さんは解説しています。

子供の頃、私は、母にことあるごとに「為せばなる為さねばならぬ何事も」といわれた。興味があったので妻に聞いてみると、妻も子供の頃に親によくいわれたという。私が育った1960年代から70年代は、多くの親は、この言葉を子供に言い聞かせてきたのだと思う。この「為せばなる」は前記の「心の資本」(=HERO)や「Sisu」の概念と重なるところが多い。その当時は、今と比べて、物質的には、決して豊かではなかった。しかし、豊かな「心の資本」に満ち、HEROが多かったのかもしれない。このような考え方は、豊かになるにつれ「精神論」「根性論」と一蹴され、急速に薄れていった。まだ残るのは高校野球などのスポーツ指導とアニメの世界ぐらいであろうか。 

わたしも母からよくこの言葉を聞かされました。心のどこかでそれが生きているように思います。

幸せであろうとする意志の力とテクノロジー

物質的に豊かになるということは成功体験を得たということです。その成功体験を守ろうとして、仕組みやルールが作られます。ところがいつしかそれ自体が目的になってしまう。そのような状況では、誰もHEROを必要としません。素朴な疑問にふたをして、いつもと違う行動をとるリスクを避け、当たり障りなく過ごす。これでは、元気づけられることのない不幸な社会となります。

著者の矢野さんが強調していることは、「未来に向けて行動するのは、意志を持った人間だけがやれることだ」ということです。矢野さん自身、データから法則を発見するだけではありません。本書では、自らの人生での体験を振返り、意志を持って行動することで得られる幸せを語っています。そうした言葉にわたしは「元気づけ」られました。

ニュートンもこんな言葉を残しています。

人はあまりにも多くの壁を造るが、架け橋の数は十分ではない。
Men build too many walls and not enough bridges.

私たちの第一義的な本能としては、自分を守ろうと壁をつくります。ところがそれでは誰ともつながらず、元気を与えあうことができません。壁を作れるのであれば、橋だって作れるはずです。でも、十分ではない。ニュートンの時代から、はるかに技術が進歩した今、分断は解決されていません。

幸せが科学できるほどに進歩した今、技術をどのように使って、社会を元気にしていくかという議論は未成熟なままです。真の問題は、テクノロジーにあるのではありません。互いに元気を与えあおうという意志を持って行動し、未知の経験から学んでいくことが大切なのだと思います。

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