昼下がり。充実の日曜日
暇だ。
「暇」の文字を見すぎてゲシュタルト崩壊してくるくらい暇だ。「暇」は、日を背負った亀がコ&又の猛勢をなんとか押さえてるように見えなくもない。
どうだろう。
誰か答えてくれないか。
そもそも人は「暇」についてきちんと考えたことがあるだろうか? 概念について、そして字の成り立ちについて。
何を言っているのかさっぱりわからない。難しいことはよくわからない。とにかくいま「暇」なのだ。
そうそう、それそれ。実際そうなんだからそれでいい。
ただ、ちょっと「暇」に同情したりもする。「どうせおれのことなんて誰も気にしちゃいないさ」と、大都会のやさぐれ女さながらのぼやきが聞こえる。
もしかしたら、令和になってから「暇」に思慮めぐらせてるのは、おれがはじめてかもしれない。
「おい、ちょっと落ち着けって」
「だってそうだろう!」
「どうしたんだ急に」
「急じゃない。いつも感じていたさ。明治からずっと」
「……。」
「しかも元年からだぞ!」
ほかの客の視線を感じる。マスターと目が合ったので軽く会釈をした。それで2万円を払い、店を出た。
ネイビーのトレンチコートに袖を通しながらエレベーターの「↓」を見た。足取りがおぼつかない「暇」を抱えてなんとかエレベーターに乗る。
地上の「18F」ボタンが赤から青に変わる。顔を上げるとまたマスターと目が合った。
エレベーターの中で「暇」はずっと何かをつぶやいていた。聞き返すまでもないだろうと、私はそれを無視した。
品川駅近くの旧海岸通り沿いの桜はだいぶ散っていた。今年は例年より3週間ほど開花が早かったようで、1月上旬には満開を迎え、中旬にはほとんどが散っていた。あと3年すれば12月の開花があたり前になると言われている。
ソニー本社ビルの18階でひとり乗り用の無人バスを呼ぶ。20年前に経営破綻したソニーになど近づきたくないと言わんばかりに、バスはなかなか来なかった。
ようやく無人バスが目の前に止まる。2分も待った。
「暇」を乗せたバスは「暇」の振動を読み取り、フロントガラスに旧入谷駅と表示した。私はその文字が赤から青に変わるのを確認し、水上の歩道に戻った。
バスは昨年水没した東京タワーの方へ、水上を滑るように走っていった。私は旧海岸通りの水上歩道を歩いて品川シーサイドへ向かう。
昔、このあたりにモノレールや新幹線が走っていたらしい。小学生のころに歴史の視聴書で脳に目視入力した記憶を引き出す。
なぜそんな遅い乗り物に乗っていたのだろう?歴史を想像すると同時に、先人に対する疑問を感じる。
環境問題を見て見ぬ振りして時間を持て余した結果、日本の海面は2022年と比べて約400mも上昇してしまった。
「好き放題生きて、おまけに遅い乗り物に乗ってたなんて。先人は相当暇だったに違いない」
排水溝の左右に、白とピンクの花びらが茶色くなって溜まっている。東京湾から潮風が吹く。旧海岸通り沿いの桜の木と木を結ぶ適当な提灯が揺れた。
提灯には2067年の文字。明治元年から200年にあたる。
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