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再読『わたしの台所』 沢村貞子

沢村貞子さんといえば俳優一家に生まれ育った名脇役として記憶に残る女優さんである。
和服姿の老け役、姑役などが多かった。
兄は歌舞伎役者の四代目澤村國太郎、弟は加東大介。
甥は長門裕之、津川雅彦。
日本女子大に学んだインテリ女優でもある。

1978年のNHK朝の連続テレビ小説「おていちゃん」のモデルにもなった。

『わたしの台所』は、1981年に暮しの手帖社より刊行された。
以前(何十年前?)、図書館で文庫を借りて読んだはずだが、内容はすっかり忘れていて今回再読した。
 
沢村さんは女優と主婦の二足のわらじを履き、随筆家でもあった。
自らを兼業主婦と呼び、仕事柄、手荒れなどを気にしつつも家事を楽しげにこなされる主婦の鑑のような人。
華やかな芸能界に身を置きながら、昔ながらの下町の飾らない暮らしを踏襲して、明治女の心意気のようなものを感じさせてくれる。
江戸っ子のさっぱりとした語り口も心地よい。


着物のおしゃれ 
付かず離れずの人付き合いのコツ
皿小鉢を選ぶ愉しみ
御御御つけ(おみおつけ)の出汁の取り方
ぬか漬け、梅干し、らっきょう漬け、白菜漬け、
上手な天ぷらの揚げ方
五目豆、ひじき、きんぴらなどの常備菜、おやつの大学芋の作り方
大掃除はできなくても、日頃から中掃除・小掃除をしましょうとか
家事のちょっとした創意工夫、あれこれ試行錯誤して新しいものは採り入れる頭の柔らかさもある。

人は飽きるものだからこそ、
毎日献立日記をつけるようになったというのも興味深い。

私のような老女には…
なにしろ、明治女ですから…

そんな表現が随所に見られる。
老化には抗えないという複雑な女心も見え隠れする。
同じ?老婆としては、こんなところに大いに共感する。

(亀の甲より年の功)などと唱えてみても、すぐあとから、(老の一徹)(老の僻耳)(麒麟も老いては駑馬に劣る)
などの侘しいことわざを次々と思い出す。
なにしろ、生まれた時は百億ある、という人間の細胞が、二十歳をすぎれば毎日、十万前後ずつ死滅する、ときいてはやっぱり心細い。そんなことを考えてクサクサしているとき、嬉しい言葉を耳にした。
(ローバは一日にしてならず)偉大なローマ帝国は長い間の努力と歴史の結果、建設された、という言葉をもじって、不安な老婆の心を慰めてくださったらしい。
  大よろこびであちこちに吹聴してまわったあとで出自は、作家・戸板康二先生だと教えてくれた人がいる。
(私も、ちょっとやそっとの努力ではこしらえられない、貴重な老婆の一人です)
などと勝手にきめこんで得意になっているのが、ちょっと恥ずかしい……。

p.233より(傍点は省略)


年賀状を書いたとか、
ゴキブリが出たとか、
そろそろ梅酒を仕込む季節になったとか、
若いお母さんたちの世間話を小耳に挟んで世相を感じたり。

ここに書かれている日常のあれこれや気づきは、わたしたちが毎日noteに書き綴っているテーマとそうそう違わないように思えるが、やはりそこには、沢村貞子さん一流の観察眼、切り口がある。

食べることに手を抜かず、毎日を大切に生きること。

丁寧な暮らしに憧れる現代人にも受け入れられる、燻銀のようなエッセイ集だと思う。




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