中森明菜「TANGO NOIR」
「TANGO NOIR」
作詞:冬杜花代子 作曲:都志見隆 編曲:中村哲
1987年2月4日発売の17枚目のシングル曲。
日本歌謡大賞や記念すべき第1回日本ゴールドディスク大賞「The Artist of the Year」、
また「DESIRE-情熱-」で日本レコード大賞を受賞するなど、文句なく名実ともに圧倒的な存在感を示した1986年を経ての、年明け最初の作品。
同時期のヒット曲は、
小泉今日子「木枯らしに抱かれて」「水のルージュ」、
吉幾三「雪国」、本田美奈子「Oneway Generation」、
堀内孝雄「愛しき日々」、近藤真彦「愚か者」、
とんねるず「嵐のマッチョマン」、南野陽子「楽園のDoor」、
日野美歌・葵司郎「男と女のラブゲーム」、少年隊「stripe blue」、
チェッカーズ「I Love you, SAYONARA」等々。
冬という季節のせいか、リリースタイミングの問題だろうか、割とアダルト向けの落ち着いた作品が上位を占めている。
前年まで全盛期だったおニャン子クラブの関連作が波に乗り切れなかった時期でもある。
それだけに、この曲がテレビから出てきた時のインパクトは強烈だった。
衣装だけでなく彼女のパフォーマンスも、
周りの大物が小粒に見えてしまうくらいの貫録があった。
前もって言及しておきたいが、タンゴというジャンルの正しい分類や捉え方は僕には難しいため、タンゴに言及した箇所については誤りが多々あると思われるが、そこはご勘弁を。
当時まだ話題性が高かった日本レコード大賞の2連覇を達成しただけに、
これまで以上に「次はどんな作品を出すのか」という
周囲の期待は間違いなく強かった。
そこで明菜が出してきたのは、ドラマティックなストリングから始まる、レコーディングを28分で終了させたという気迫溢れるこの曲。
タンゴと銘打っているだけにサウンドのあちこちにそのテイストはあり、彼女の衣装等もそれを間違いなく意識しているものだが、曲自体はロックそのもの。
あらゆる異質なものを安易に想像できない組み合わせでミクスチャし、唯一無二の作品を創り上げていた当時の明菜プロジェクトらしい作品でもある。
この曲はまさに、テレビの時代であったからこそ生まれた作品だろう。
曲そのものだけでも当然十分成立する。
コンサート・ライブでも当然その良さは発揮される。
だがテレビの歌番組で彼女がこの曲を披露した時ほど、この曲が光り輝く時はない。
アドリブではこの世界は成立できない。
安易な演出では明菜はおろか誰も満足できない。
歌番組でこの曲が披露された際は、画面の向こうからその緊張感が尋常でない程伝わってきたものだ。
ある意味で中森明菜というシンガーはこの曲で今度は、自分をここまで育ててくれたテレビの世界に挑戦状を叩きつけたのではないか。
「ここまでできる?」という一種女王様の悪趣味なワガママにも取れるが、これは多分彼女の愛情表現。
この世界をこの人たちならきっと表現してくれる。
それだけの実力があるのを私は知っている。
更なる高みを共に目指してみないか、という意味にも捉えることができ、実際当時のテレビマンはそれだけの予算もあったからだろうが、この瞬間見事に応えてみせたのだ。
思い入れが強かったからこそだろうが、いくら歌い踊るのが当然のようになっていた明菜とはいえ、さすがにこれは動き過ぎだろうというくらいの振付だった。
ステージを所狭しとターンし、サビに最も激しい振り付けを持ってくる。
そして彼女の代名詞にも数えられる「仰け反り」が最も顕著に表現されたのも、この曲だ。
当時の歌番組を観る限り、間違いなくこの曲が一番苦しそうに歌っていた。
明らかに息苦しそうな声色であり、締めの明菜ビブラート以外は伸びがなかったからだ。
多分作家陣はここまでの振付、演出をつけてくるとは一切思っていなかった。
それだけこの曲の歌唱法は他と違わず滅法難しいものである。
中低音の序盤は油断すると途切れがちになり、中盤の音程の上下の切り替えとそれに併せた抑揚表現は難易度高。
最後のサビの盛り上がり。
待ってましたとばかりの明菜ビブラート全開となるところだが、それまでのところで力尽きる可能性がある、なににつけても歌いづらい曲だ。
それを史上最強の激しい振り付けで歌うのだから、ある意味あの程度の荒れ方で抑えられたのが不思議なくらいだ。
さて、楽曲のほうだが、作詞を務めた冬杜花代子氏の代表作の多くがアニメや幼児向けの作品。
あの「おっぱいがいっぱい」も彼女の作品だ。
どういった経緯で明菜とリンクすることになったのかは分からないが、これまでのキャリアがあったからこそ、敢えてこの人に、という何らかの「勘」がプロジェクト側で働き、オファーをしたのかも知れない。
極端であろうとも思い切った表現を求めるために、畑違いのイメージがある彼女に白羽の矢を立てたとすれば、それは大成功だったと言える。
前述の通り周囲を凌駕するほどの貫録を纏った明菜をイメージした結果、アクの強過ぎるフレーズが次々と並んだものの、それがまさに「中森明菜」となった。
しかも不思議なのが「NOIR(黒)」と言うだけあり、情念と欲望が溢れて止まらないといった内容なのに、色彩は「黒」なのだ。
当然編曲の妙というものも影響しているだろうが、見事な出来となった。
2003年に残念ながら逝去されたようだが、
この作品を生んでいただいたこと、本当に感謝の一言である。
(追記)---
「BESTⅡ+5」2023ラッカーマスターサウンドの濱口秀樹氏のライナーノートを見て、冬杜花代子氏はミュージカルや舞台が主な活動の方だったことを初めて知った。
当時のプロデューサー藤倉克己氏はそこを買っての起用だったようだ。
なるほど、どうりでこの世界を創り上げるのに相応しいものを提供できるわけだ。大変失礼しました。
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作曲の都志見氏は「SAND BEIGE-砂漠へ-」等多くの明菜作品に関わった方。
タンゴという明確なテーマの中で、そのテイストをどうJ-POPとして活かすのか。
結果的には僅かばかりのテイストのみに抑えた。
そしてタンゴのイメージを表現する作業は、素養がタンゴそのものである明菜のパフォーマンスに託したのだと思われる。
安直な言い方だが「タンゴ≒激しい踊りの音楽≒中森明菜」といった感じか。
彼女の音域を知り尽くしながらも、それより一つ上を目指す。
無理かと思われる音域まで。
そういった要求を拒否しないのが彼女だと知っての上で。
その作業で重要な役割を果たしたのが、編曲の中村氏と言えるだろう。
「DESIRE-情熱-」にも見られるドラムとシンセサイザーで表現したロックサウンドの中に絶妙なタイミングでストリングスを組み込み、
スリリングかつドラマティックな展開の曲に仕上げ、明菜をまさに「その気にさせた」。
この辺りから中村氏が明菜の楽曲に関わることが増えていく。「相性」が合致した最初の作品と言えるかも知れない。
曲を受け取りレコーディングが完了するまでに、明菜自身の中ではこの曲のパフォーマンスがすでに出来上がっていたと、個人的には思っている。
あとはそれをどう広げるか。無駄なものをどこまで削るか。
それがあったからこそ、単なるテレビの歌番組とは思えない3分間の壮絶な「劇場」がスタジオの中で繰り広げられ、目くるめく展開を経て見事な終演を迎えたのだと感じている。
上述の通りこの曲は歌いこなすには非常に難しい。
ぶつ切りではなく、かといって歌い上げるわけでもなくという状態が最初から最後まで、バランスを保てるかがポイント。
序盤の低音域とサビの高音域との切り替えをスムーズにするのは難しいので、無理矢理流れを断ち切るような切り替えをするほうが、むしろこの曲の意図と合致すると思われる。
そこさえ乗り切れば、彼女のように踊り狂う状態になければ余裕で歌える。
サビ最後の「くちづけられ タンゴノワ~~~!!」という
明菜ビブラートも、十分発揮できるかと。
ちなみにカップリング(当時B面)の「MILONGUITA」もタンゴテイストを取り入れ、「TANGO NOIR」よりも従来の明菜らしい抒情的かつ哀愁のある優れた曲と思う。
僕個人は両方とも甲乙つけ難い好きな曲。
だからこそ、これまで書けなかったのだけれど。
(※この文章は、作者本人が運営していたSSブログ(So-netブログ)から転記し加筆修正したものです。)