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【1000字小説】「わたし、流行らない彼氏を一台持ってるの。」

「わたし、流行らない彼氏を一台持ってるの。」
その子がまるで、家電のように彼氏のことを言うから、ぼくはおどろいてしまった。
「そんな、そんなこと……、どういうところが、流行らないの?」
「それはね。」
その子は、うすく笑った。
「いちばんはね、考えてることがね、古いの。オトコははたらいて、オンナは家庭で子どもを育てるって、本気で思っているの。しかもそれが、わたしを安心させるための嘘じゃないのよ。」

こりゃ、だめだなあ。
あっさりぼくは白旗をあげる。
彼氏とやらがいるらしいことは知っていたけれど、イタリアンに誘ったらさして迷うでもなくオーケーするし、それに、オリーブオイルのたっぷりかかった春キャベツのパスタを頼むようだから、長期的にせよ、短期的にせよ、どうにかなれると思ったのに。
ぼくはどうやらこれから、オノロケバナシに付き合うことになるらしい。

……まあいいか、家電男よ、勉強させていただきます。

「きみが安心できるような彼氏さんなんだね。」
「安心……安心、そうだなあ。安心とはちょっとちがうかも。安心っていうのは、結局はその人のことを意識しないでも済むってことでしょ?ふられたりしないかなあ、とか、デートを心から楽しんでくれてるかなあ、とか。」

かちゃかちゃと、ちょっとお行儀わるく音を立ててパスタをほおばりながら、その子は話しつづける。

「そうじゃなくってね、もっとこう、ぴりっとしてるのよ。デート中にも仕事の話とかしちゃって。こっちもちゃんとしなきゃって感じ。そう、そうそう、おならとかできない感じ!今なんてさ、女の顔色をうかがってる男の子ばっかりじゃない。それが流行りっていうかさ。」
「なるほどぉ。でもぼくはどっちかっていうと……優男で、すみません。」
「キミが謝ることじゃないよー。付き合おうとしてるわけでもないんだし。」
彼女はむじゃきに、残酷なことを言う。
うう……。ぼくのことは完全に眼中のそとだ。
ぼくはもう開き直って、優男をつらぬいてへらへらと笑う。
「そうだよねー。」
「でもね。キミはキミのままでいいと思うよー。そいつがいなかったらわたし、たぶんキミと付き合いたいなーって思うもん。」
それを聞いて、もう感情を振り回されすぎてなにも取り繕えなくなっているぼくは、”へ?”の口と“へ?”の表情をしてこう言った。
「へ?」
「うーん、だからね、きっと、わたしはそいつにだまされてるだけなの。例えばしあわせって、キミと付き合うようなことをいう言葉だとも思うよ。それでも、女には、分かってて騙されないといけない時もあるのよ。」

ぼくは相槌を打つのも忘れて、その子をまじまじと見つめてしまう。
その子はすでに、ぼくが騙されたいと思うような女の子になっていた。

読んでくださる方がまいにち増えていて、作者として、とてもしあわせです。 サポートされたお金は、書籍代に充てたいと思います。