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コミュニティで育てたミニトマトは、市販のミニトマトの20倍の価値があった話し

1年半前に友達と一緒に畑を始めた。

といっても、田舎に移住したわけではなく、東京の住宅地の中にある小さな市民農園で、区画ごとに貸し出しされているようなタイプのものである。

幸いなことに、徒歩圏内に家族ぐるみで仲が良い友達家族がいて、彼らと一緒にコミュニティ菜園という形式でいろいろな野菜を育てている。

そこで、ミニトマトの苗木を毎年1本植えていて、今年で2シーズン目になる。

トマトの苗木を定植した様子

そして、今日、今シーズンのミニトマト栽培を終了することとし、先ほどミニトマトの木を伐採してきたので、自分が感じたことを熱が冷めないうちに書き留めておきたいと思う。

特に、このミニトマトの栽培を通して自分が感じた体験価値について記録してみたい。


前提条件

まず、最初に、このミニトマトを育てるのにかかった金額について整理する。私たちが栽培したミニトマトに関する数字はこうだ。

【前提条件】
栽培シーズン:2シーズン
ミニトマト圃場の賃料:21,000円/シーズン*
ミニトマトの収穫量(記憶):1年目 30粒/木くらい(モザイク病になった上に台風で2段目で木が折れてしまった)2年目 50粒/木くらい(木は折れなかったが花落ちがひどかった)

*年間の圃場賃料168,000円/年のうち、スペースの1/4を活用して、半年間(1/2年)かけてミニトマトを栽培している。

これらの数字をざっくり意訳すると、「東京の高い土地代を払って、ミニトマトを作ったら、ほんの30〜50粒くらいしか収穫できなかった」という感じ。笑 文字面にするとしんどい笑

そして、それをミニトマト1粒単位のユニットに割り戻すとこうなる。

2シーズン×21,000円÷80粒≒500円/粒

つまり、1粒あたりのミニトマトの原価が500円ということだ(ちなみに、この数字は「自分達の労働を考慮していない」数字である)。

最後の最後にうまく結実してくれたミニトマトたち

高っ。笑

なんとなく、気がついてはいたが、市販のトマトが、せいぜい1粒25円くらいと思うと改めて計算すると、20倍の価格。

普通に高いよね〜。と思う笑



しかしだ。本題はここからなのだが、

高いからといって、じゃあ市民農園を退会して、スーパーでミニトマト買えば?と言われると、いやいや〜、このミニトマトには1粒500円以上の価値があるのよ〜と反論したくなる、というのが率直な感想である。

なんで、自分はこう思うのか?

この現象について、せっかくなので考えてみようと思った。


ユーザー目線:1年半の間で、実は様々な価値を受け取っていた


ここからは、今回発生した「一般的には超割高なミニトマトが超割安に感じるという現象」について考察していきたいと思う。

まずは、ユーザー側である私がこのミニトマトから感じた価値を書き出してみる。

  1. ミニトマトを食べた時の美味しさ

  2. 農場で家族と過ごす時間の楽しさ

  3. 農場で友達と過ごす時間の楽しさ

  4. 農場で1人の時間を過ごす息抜き

  5. 外の空気を吸う気持ちよさ

  6. いい汗をかける気持ちよさ

  7. 時間をかけて何かの目標をクリアする達成感

  8. 人と助け合ったり分かち合ったりすることで得られる充足感

  9. 植物の成長を見て知らないことを学べる楽しさ

  10. ミニトマトの成長過程をinstagramにアップすることで満たされる承認欲求

  11. 毎週日曜朝のルーティーンに組み込むことで整うバイオリズムや生活のメリハリ

  12. 自分の子供や友達の子供がミニトマトを収穫したり農作業を楽しんでいることを見ることで得られる充足感

0歳の娘がトマトを収穫する様子

書き出してみると、やっぱり多様な価値が生まれていたんだなと自覚する。(これ以外にもある気もするけれど、夜も更けてきたのでこのくらいにする。)

特に、コロナの罪深いところで、今までは「特別な理由がなくても」ちょくちょく会えていた友達と理由がないと会えなくなっていたために(これは共感される方も多いはず!)、このミニトマトが友達と「会える理由」になったというのは、実はすごく自分のメンタルヘルスに良い影響を及ぼしていたと思う。これは、まさにプライスレスな価値だなあと思う。

ここまで書くと、これらの全てを得られる価値に対して、1粒500円なんて割安すぎる、というかプライスレスすぎて価格で測るのはナンセンス、というのが率直なユーザー体験である。


事業者目線:野菜づくりを楽しむプロセスを提供している

それでは、逆に、事業者目線では、これらの価値をどう説明しているのだろうか?

アグリメディア(2022)https://www.sharebatake.com/about,2022年8月28日閲覧

ふむふむ、「野菜づくりを楽しむプロセスを体験価値として提供している」ということなのね。

あくまで、プロセスで生まれる価値が大事なのであって、そこで発生するアウトプット(野菜)の価値は重視していないということなのよね(いや、市民農園ってそういうモノだし、よくよく考えて当たり前のことなのだが、改めてなるほどと)。

この「アウトプット」ではなく「プロセス」を楽しむという体験価値は、モノが飽和している時代にすごく良いなあと思うし、デジタルな時代だからこそ、フィジカルな体験価値が際立つのかもしれないなあ、とも思った。


市販のミニトマトより、みんなで育てたミニトマト


最近は、最短10分で届く配達サービスなんかも増えてきているし、スーパーに行けば様々な種類のミニトマトが1パック200円くらいで売っている。これらの基本的な「安さ」や「速さ」という価値は、それはそれで心から尊い。

一方で、1年半という長い時間をかけて、友達・家族・子供達と一緒に手間ひまをかけて世話をして、ようやくちゃんと収穫できた1粒のミニトマトの価値も、これまた尊い。

ミニトマトの花もまた可愛くて尊い

同じミニトマトだけれど、文脈によって、大きな価値の違いが生まれている事実は、よくよく考えるとやはり興味深い。

多様な価値を一言で説明するのは難しいけれど、このモヤモヤした気持ちを試しにまとめて表現してみると、

時間や手間ひまをかけて出来上がる成果物の消費行動は、単純にモノとして購買するより、プロセスとして購買する方が20倍の価値がある。この価値の差分のこそが「プロセスエコノミー」なのかもしれないと思った。

うーん、難しいからこそすごく興味深いと思ったので、一般に言われるクリエイターとファンの関係性におけるプロセスエコノミーの事例との対比などについても、もっと調べてみたい、と思った。

それでは、今日はこの辺りで。

まとめ

  • 市民農園でミニトマトを作ったら1粒500円も原価がかかっていた

  • しかし、この体験は1粒500円以上の価値を私たちに確かにもたらした

  • この体験価値を一言で言うのは難しいけど、これも「プロセスエコノミー」の一種だと思った




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