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山田邦和 氏著 「変貌する中世都市京都」

京都に帰った時によく立ち寄る本屋さんが三軒あります。
未知の本との出会いがあり、書架を眺めているだけで楽しい一乗寺の「恵文社」さん、丸太町河原町近くの「誠光社」さん。
そして、大規模書店では子供の頃から好んで親しんでいる「丸善」さん。
その白いブックカバーと雰囲気が好きで、本以外の物も購入していた丸善さんは、学校法人化の影響で業績が悪化した際、売却されカラオケ屋になってしまって哀しんでいました。ところが数年前にBALビルリニューアルにあわせて、その地下2階分に余裕のあるスペースで、雑貨売り場や早矢仕ライスが美味しいカフェと共に復活。
建築や庭園に関する本、もちろん京都に関する本も多数並ぶ整然とした書架の森が心地よく、帰った際にはよく彷徨っています。
昨年の年末に帰った際も、いつものようにウロウロと。
そこで平積みになっていて思わず手に取ったのが、今回ご紹介する「変貌する中世都市京都」でした。

帰郷とはいえ旅行中のこと。荷物が多くなるので、文庫本は買っても極力単行本は買わないようにしていました。そもそも、自宅の書架もすでに収容限界を超えて書架の周囲に平積み状態の有り様で、たとえ好きでも紙の本では無く、可能な限りkindle本で読むようにしていたほど。
しかしこの本、タイトルに惹かれてパラパラと立ち読みをするつもりであったのに(丸善さんごめんなさい)夢中になってしまい、後の約束の時間に遅れそうになる中で置き去りがたく、買い求めてしまったのでした。

本書は小説ではなく、また、作者の想像が多くを占める歴史物でもなく、専門の研究者が多くの考古学調査の結果を科学的に踏まえて記述されたものです。こう書くと、取っ付きにくい学術書のように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
桓武帝の平安京建都から江戸初期までを通史的に読みやすい文体で概説されつつ、その時代時代の地図や発掘結果の絵をふんだんに散りばめて京都の街の変遷を語られているので、読み物として非常に楽しい。

平安京と言うと、京都アスニー内の京都市平安京創生館に保存されているようなジオラマをイメージされ、その形態が近代まで残っていたと勘違いされている方が意外と多いように多います。
その他にも知られていないと思われるのが

京都といえば寺のイメージがありますが、平安京が造られた当初は東寺と西寺以外は洛内に寺院を建立することは禁じられていたこと。

三十三間堂として残る蓮華王院の前身は、京都の外に後白河院が作った法住寺殿であること。また、なぜその近くに熊野神社があるのか。

かつて存在した法勝寺の八角九重塔やさらに巨大な相国寺七重塔。

今の京都の碁盤の目は、平安京の名残では無く、寺町なども含めてほとんどが秀吉による京都再建時の地割であること。

観光客に結構人気のある平安神宮が新しく、明治28年の内国勧業博覧会に、信西入道が再建した内裏をモデルに5/8にスケールダウンして造られたパビリオンであること。

などなど数えあがればきりがありません。

もちろん、そんなことを知らなくても京都は楽しめると思います。
まずは最初は先入観無しで自身の感性に任せて受け取ってみるのが良い。
しかしその後は、例えば辻邦生氏の小説「春の戴冠」を読んでフィレンツェを尋ねれば実際の街に加えて物語による空想で楽しみが増すように、前掲の安倍龍太郎氏の小説「等伯」を読めば長谷川等伯氏の「松林図屏風」の見え方がさらに豊かになるように、この書の地図や絵を眺めつつ今の京都を歩いてみると、重層的な歴史の地で時間を遡って空想を巡らせ、楽しむことができるように思います。
地図や復元図などを度々ページを戻って読み返すことを考えると、万が一にkindle版が発刊されたとしても、紙で手元に置くことが適しているかもしれません。

最近、仙洞御所脇で発見された秀吉の京都新城についても触れられており、最新の研究成果が反映されていることも本書の魅力となっています。

惜しむらくは、松平定信ら幕府による寛政期の京都御所再建について触れられていないこと。現在、我々が親しんでいる広大な京都御苑の姿は、実は江戸後期に幕府によって再建された物であり、それ以前の内裏は、今の京都御苑よりもかなり小規模であったことは、京都人であっても知らない人の方が多いように思います。

京都が好きな方、歴史が好きな方、地図が好きな方は是非とも読んでご覧になってください。お薦めです。

尚、P.98に宇多上皇と記載のあるのは、後宇多上皇の誤りですね。

追伸:そういえば、丸善さんの書架に檸檬をしかけてくるのを忘れました。


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