幸せなこと

いつもの朝。キッチンでのリズム音も大分安定して、新聞読む僕の前に置かれる食パンと珈琲のよい薫り。ちゃんと焼けた食パンに思わずくすりと笑うと君はキョトンとして尋ねる。

「何?急に?」
「ううん、嬉しいんだよ」
「おおっと!?私が妻で嬉しいと?」
ふざけるようにおどける君に僕は苦笑する。
「違うよ。でも照れくさいから」
「なんだよ、吐けよー」
「あ、危ないから!」
妻は後ろに回り僕の肩を掴んでがくがく揺さぶるから右手に持った珈琲をこぼしそうになる。
言えないよ。新婚当初、家事が苦手で不協和音ばかり立てて。パンも黒焦げ、珈琲も苦すぎ。

でも今は僕の好みの味で。ありがとうって伝えるのが照れくさいんだよ。
だから僕は……。

「週末空いてる?良さげなお店を見つけたんだ」

「いくいくー!わーい!デートなんて久しぶりだー!」
子供のようにはしゃぐ君を見て僕も嬉しくなる。こんな幸せが毎日続けばいい。

VRを外す。途端に冬の空気に部屋の冷たさが際立つ。今や一人。ため息ひとつ。

今のVRは脳から記憶を読み取って過去の記憶を再現してくれる。
だから、今は亡き妻の過去の思い出を毎晩振り返ってる。

何度か女性にアプローチかけられたこともあった。
だけど、妻のことを思いますと未だに胸が苦しくなる。

コーヒーをもう習慣みたいに淹れると薫り嗅ぐとやっぱり寂しさを感じる。

忘れられない人がいるってことは幸せなことなんだろうか?

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