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「フェミニスト・シティ」から考える、住みやすい?まちベルリン

ドイツの都市と日本の都市は比較されることが多い。
ベルリンと東京の都市の構造はどう違うのだろうか。本記事では、『フェミニスト・シティ』に倣って、「誰もが住みやすい都市」という視点からベルリンの街を眺めてみたいと思う。

(※『フェミニスト・シティ』とは)
今年の9月にレスリー・カーン『フェミニスト・シティ』の邦訳が出版される。その紹介文はこうだ。

男性基準で計画された都市で、
女性たちはどう生きのびてきたか

なぜ、ベビーカーは交通機関に乗せづらいのか? 暗い夜道を避け、遠回りして家に帰らなければならないのはどうしてか? 女性が当たり前に感じてきたこれらの困難は、じつは男性中心の都市計画のせいかもしれません。

晶文社『フェミニスト・シティ』紹介ページ(https://www.shobunsha.co.jp/?p=7246)より

この紹介文に興味をそそられ(たのはいいものの邦訳出版前だったので)本書の要約記事などをざっと読んで、ベルリンのまちを普段とは違う視点から眺めてみようと思う。

ベルリンの優しいところ

広い道幅

まず、東京の道を思い浮かべて欲しい。
私が住んでいる住宅街では、道幅2〜3メートルの歩道と車道が隣り合わせになっている。自転車が歩道を通ることもしばしばで、人と自転車がスレスレの距離ですれ違っているのが日常。私は、後ろから爆速で近づいてくる自転車に気づかず、ぶつかりそうになったことがある。

小さい子供と一緒に歩くときは特に危険。
ベビーカーを使うには道幅が狭い。
東京の道は、子連れの親には「使いづらい」環境になっているのではないだろうか。

では、ベルリンの道はどうか。

これは、ベルリンのブランデンブルク門を出たところの光景である。

見ての通り、道が広い。

左から歩道・自転車道・車道・中央分離帯(ここも歩くことができる)・車道・自転車道・歩道と目的ごとに道が分かれている。この大通りに限らず、ベルリンの道は、基本的に歩道・自転車道・車道が分かれている。

歩道も基本的には3メートル以上の幅が確保されており、平坦な石畳になっているのでキャスター付きのものも動かしやすい。間違って自転車道を通らない限りは、自転車と接触する危険性も低い。

ベビーカー、車椅子、手押し車などを使って移動するひとには、ベルリンの街は親切に設計されていると言えるだろう。

ベンチの数

東京の街中を歩いていて、「疲れた」と感じたとき、
ふと腰掛けて休む場所は、どれくらいあるだろうか。

よくよく考えると、バス停以外に座る場所がないという地域も、東京には少なくない。

ベルリンに来て驚いたのは、街の至る所にベンチがあること。
スーパーで軽食を買って、広場のベンチで食べたりすることもしばしば。

ベルリンでは、男性よりも女性の方が徒歩移動をよくしているそうだ。
そして、ドイツの女性はベビーカーや子供用の荷物などを抱えていることも少なくない。また、高齢者や子供だと長距離をずっと歩き続けるのは体力的にも厳しいだろう。

そのような人にとって、道端で少し休憩を取ることができるベンチがあることはかなり助かるに違いない。


電車の空間

「東京の電車」と言われてぱっと思い浮かぶのは
「すし詰めの満員電車」なのではないだろうか。

もう人が入る余地がほとんどないのになんとか体を押し込んで電車に乗ろうとしたことがある人も大勢いるだろう。

このような満員電車は、一般的な人にとって不便で不快なものであるだけでなく、ベビーカーを押している人や車椅子の人にとってはより使いづらいものになっているはずだ。

ベルリンを走っている電車は、「車椅子・ベビーカー・自転車とともに乗ることが前提とされている」と感じることがよくある(ドイツでは、自転車を持って公共交通機関に乗ることは「普通」である)。

例えば、電車の通路が心なしか広い。
ドイツのベビーカーは、日本で一般的に普及している一人乗りのものではなく二人乗りのものもよくあるのだが、そのベビーカーでも通れるくらいの広さだ。

ベルリンを走っている電車「Sバーン」の通路

さらに、「車両と車両を繋ぐあの部分」すらも通りやすいのには感嘆した。
抑えないとすぐに閉まってしまうし、車両同士の隙間も空いていて通りにくいことこの上ない日本の電車とは大違いだ。

さらに、ドイツの電車には折りたたみ式の座席が多く配置されており(一般の座席よりも折りたたみ式座席の方が多い車両すらある)、その空間は車椅子の人、自転車を持っている人、ベビーカーを押している人などが優先的に使うことができる。

日本の車両とはそもそも設計段階での前提が違うのではないかと感じた。

公園

ベルリン生活で「これは絶対にあったほうがいい」と言えるものの一つは「しきもの」である。

なぜなら、ベルリンには広大な公園や広場がいくつもあるからだ。

休日ともなれば、公園にシートを広げて昼寝をしたり、本を読んだり、家族でピクニックしたり、思い思いに時間を過ごしている市民を大勢見ることができる。

そのため、ベルリンで「子供の遊び場」に困ることはない。
私の滞在中にも、噴水で水遊びをしている子供や、公園でキャッチボールをしている子供、ただただ芝生の上を走り回っている子供などがいて、その可愛らしい姿に癒されていた。

一人でも、家族連れでも、恋人同士でも、友人同士でも自由に楽しめる場所が、ベルリンにはいくつもある。

旧美術館の前に広がる公園

残念なベルリン

一方で、ベルリンには「暮らしにくい」と感じる側面も多々ある。

道端の割れている瓶

ドイツと聞いて真っ先に思い浮かべるものの一つに「ビール」がある。
ベルリンでは、瓶ビールが一般的に売られている。

夜に街に繰り出すと、ベンチに座ってビールを飲み交わしている大人を何人も見かける。

もちろんゴミ箱はたくさんあるのだが、割れたビール瓶の破片が道端に転がっている、という光景を見かけることは日常茶飯事だ。

スニーカーで踏んでしまうことを考えるだけでも気が滅入るが、
もしこれを子供が触ってしまったら、と思うと気が気ではない。

路上喫煙

「受動喫煙」を気にしていては、ベルリンは歩けないとさえ思う。

日本ではここ数年電子タバコが普及し、分煙も進んできているため、街中で紙タバコを吸っている人を見かけることはほとんどなくなった。

しかし、ドイツでは歩きタバコや路上喫煙がまだまだ多い(というか、そもそもそれを無くそうという動きがあるのか…?)。老若男女問わず、多くの人が道端で紙タバコをふかしている。

道端に落ちているタバコの吸い殻。

子供がタバコの煙を吸い込んでしまうのを嫌う親などは暮らしにくいだろうな…といつも感じる。(ベビーカーに乗っている子供の前でタバコを吸っている親もいたので、あまり気にしないのかもしれないけれど…)

エレベーターのない駅

私が大きなスーツケースを抱えてホテルまで移動していたとき、
一番困ったのは「首都であるベルリンにもエレベーターのない駅が存在する」ということである。

自分の身長・体重のそれぞれ半分はあろうかというスーツケースを携えて、階段の前で途方にくれたことを今も覚えている。

私の場合は、見るにみかねた近くにいた人がスーツケースを運ぶのを手伝ってくれたためことなきを得たが、このような駅ではベビーカーを持ち上げて移動させている人を見かけることも少なくない。そして車椅子でこのような駅を利用することはほぼ不可能だろう。

ちなみに、エレベーターがついていないホテルや店もそれなりの数存在する。


「一人暮らしの大学生」という視点を超えて眺めたベルリンは、普段とは少し違って見えた。

ベルリンの公共空間の作り方は、誰にとっても住みやすい空間設計として日本が見習うべき点も多い。しかし、ベルリンを手放しで褒めることができるわけではない。

東京に戻ったら、ドイツの都市との比較という視点、そしていわゆるマイノリティの視点から、また私が暮らすまちを見つめ直してみようと思った。



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