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Aconcagua 7日目 アタック

【7日目のミッション/ Aconcagua day 7】

残りのミッションは登頂するのみ!

2019年12月30日(月)
朝4時50分起床。夜中は呼吸が浅くなり、頭痛で何度か起きたが、得意の深呼吸で治めることができた。小便の回数も上手く調整でき、7日目ともなると経験が生きてくる。夜中のコレラは信じられないくらい寒かったが、湯たんぽが一晩中機能してくれていたお陰で良く眠ることができた。

朝の血中酸素濃度を測ってみると濃度84、心拍数103。心拍数が少し高いので朝食は豚汁を2個食べ、水分を多めに取った。周りも既に騒がしくなってきており、もう出発している人のライトも見える。アッタクの道はそこまで広くないので団体よりも早く出発したかったが、寒さで準備が遅れる。

持ち物はアイゼン、ジュース2ℓ、軽食、ダウン、グローブ。テントが隣だったホシカさんと共に5時50分に出発。

登り始めは団体客の列に捕まる。抜かしたいが、最初は道が1本なので抜かせない。団体はペースは遅かったが、こちらもまだ高所の登りに慣れておらず、息も切れやすかったため、暫くは慣らしということで大人しく付いていった。途中から道が何本か別れるところがあり、そのようなところで団体を抜かしていく。アドレナリンがでているのか、身体が思っていた以上に動く。ただ、ものすごく寒い。スキーグローブを持ってきたが全く意味がなかった。指先がちぎれそうだ。ケチってミトングローブを購入しなかったことを後悔する。仕方がないので、足に付けるテント泊用のミトンを手に装着する。不格好だが、指が凍傷で無くなってしまうよりはマシだ。

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出発から約2時間、無心でただひたすら歩いた。カメラを取り出して写真を撮っている余裕はないものの、技術的には特に苦労もなく8時位にインデペンデンシア小屋に到着。小休憩をとる。持ってきたチョコレートをかじるが、硬すぎて歯が欠けそうだ。辺りは完全に明るいが、日が差してこないので、風が吹くと凍えるような寒さだった。距離で言うと半分弱のところまできているので、直ぐに登頂できるのではないかと安直に考えていたが、本当の地獄の始まりはここからだった。

自分が他の人よりも先行すると道が解らなくなるのが嫌だったため、ここで長めに休憩を取ろうとしたが、体を休めると寒くて仕方がないので、小便を済ませさっさと出発することにした。

インデペンデンシア小屋を超えてからは急な坂道。前に団体が2つおり、どちらもペースが早い組だったので、とりあえずその2組に置いていかれないように付いていく。急坂を超えると細いトラバース(斜面横断)が続く。

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ここが大トラバースと呼ばれているところだろうか。気付けば団体2組とも抜かしていたので、先頭でこの大トラバースに突入。道が細く、油断すれば滑落の危険もあるため慎重に進む。一箇所、完全に道が崩れている場所があった。高所が苦手かつ、めちゃくちゃビビリな僕はそこを越えるのをかなり躊躇する。雪が積もっていればアイゼンでしっかり踏込めるが、今はただ砂が崩れているだけ。恐怖心を押さえ、意を決して一気に駆け抜ける。案外あっさり抜けれるものだ。危険箇所があればいちいち立ち止まって心の準備が必要だったが、トラバースの難所はここくらいだった。

1時間半程でトラバースを進み終わると、今度はグランカナレーターと呼ばれる斜面を登っていく。

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斜度はスキー歴20年以上の経験から憶測するに平均30°〜40°位はある大斜面だ。ここでも身体の調子は良くどんどん進んでいく、途中前を歩いていたドイツ人親子とその友人を抜かす。これで自分の前に歩いているのはおそらく頂上付近と思われる所にポツンと見える人達だけだ。頂上に向け斜面をぐいぐい進んで行くが、斜度が信じられないくらいどんどん急になり、トレイルも無いので道があっているかどうか分からなくなってしまった。先を見渡すが、奥に見えていた人達も影が無くなり、行き先を確認できない。無理矢理進むこともできるが、安全第一を考え、先ほど抜かしたドイツ人が登ってくるのを待つことにした。

15分くらいしてようやくドイツ人親子が来たので彼らに先行させ、その後ろに付いていく。

出発から5時間、ここまで絶好調で、高山病もなく山頂まで残りわずかというところまで来たが、ついに身体に異変が起きる。眠い。そして心臓が異常に痛い。1歩進む毎に、心臓を鷲掴みされる。呼吸は問題ない。息は上がるが、身体の動きに合わせた呼吸のコントロールができてる。しかし心臓の痛さは休憩すれば治るものではなかった。何が原因か判らないのもタチが悪い。しかし、頂上までもう少しだ。ドイツ人親子のペースが上がる。1度抜かしたのに離されるのも嫌だから必死に食らいつく。もう半分眠って心臓押さえながら歯を噛みしめて、多分とんでもない形相だったと思う。自分でもよく分からない精神状態で登っていた。

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「もう少しだ、もう少しで頂上だぞ!」

自分に500回くらい言い聞かせたくらいだろうか、前のドイツ親子の息子の方が頂上はもうすぐだぞ!と声をかけてくる。上を見え上げると本当にもう直ぐだ。手を伸ばせば届きそうな位置に頂上がある。

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ここまで寒すぎて写真もビデオも撮っていなかったが、最後くらい撮ろうとGoProの電源を入れる。感極まって言葉が出ない。

この1年はかなり不安だった。去年の12月に南米行きのチケットを購入。チケットの購入が早すぎて気持ちがうまく乗らず、誘っても誰も付いてきてくれないし、自分一人で本当に登れるのかという不安とプレッシャーを感じる日々だった。自分はとても弱く脆い人間だ。そんな自分だからこそ、乗り越えた瞬間がたまらない。何もできなかった自分がまた一つ何かを成し遂げる瞬間がすぐそこまでやってきた。

2019年12月30日、12時30分。
遂に僕は南米最高峰、そして南半球で1番高いAconcaguaの頂上に立った。

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頂上には僕とドイツ人親子とその友人の4人だけだった。握手を交わし、お互いの健闘を称え合う。ようやく辿り着いた頂上だが特にやる事はない。少し休憩した後に1枚記念撮影。自分でも誰だかわからないくらい顔がパンパンだ。

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ブレイクダンスを踊ろうとしたが疲れすぎて体が動かない。とりあえずラビット(逆立ちでジャンプする技)を5回やった。恐らくAconcaguaでラビット5回は世界記録だろう。是非ギネスブックに載せて頂きたいものだ。最後にジョーダン(ブレイクダンスのポージング)を上手く決められなかった事だけが心残りだ。今度は6000m以上の山でもブレイクダンスが踊れるように精進しよう。

1時間頂上に滞在したのち下山開始。途中、インデペンデンシア以降別れていたホシカさんを発見。頂上まであと1時間という所まで来ていた。めちゃくちゃしんどそうな顔してる。自分も同じ道を通ってきて心臓が痛くなった所らへんだから分かる。頑張ってくださいと一声かけ、下山を急ぐ。早く濃い空気が吸いたい。

下山はとても楽だった。日本帰ったら長崎ちゃんぽんが食べたいなんて考えながら降りてたらコレラまで2時間丁度で下山できた。疲れていたが、そこからテントを撤収し、荷物をまとめてニドに向かう。このままコレラで1泊することも考えたが、寒すぎるし、少しでも空気の濃い所に行きたかった。ニドに着くと、登山開始時のメンバーが出迎え、登頂達成を祝福してくれた。マサシさんが居なかったので聞いてみると、高山病が治らず下山してしまったようだ。本人は空気の濃い所に行けるとスッキリした顔をしていたそうだが、残念である。

少し落ち着いたら風邪っぽくなった。体感的に38℃5分程度の熱がありそうだ。バファリンを飲んで今日はニドに泊まって明日BCに向かうことにした。

とまぁ、こんな感じで、なんとか登頂してきました。
7日間で登り切るというのは自分が計画していた最短日数で、高度順応がかなり早かった証拠でもあり、自分でもよくやったと褒めれる日数だった。山生活では色々な人にお世話になり、山行を支えてもらいました。皆ありがとう。
下山の日記はアップしないので、これで最後の投稿です。
最後まで読んで頂きありがとう御座いました。






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