中途半端な分析。

自分の立場上、noteで不倫関係の記事を読むことが多いですが。
記事自体の数は「している」側が「されている」側より多い気がします。
あとは双方のサポートするカウンセリングとか。

これはSNSの匿名性もあるし、世間一般では叩かれているけど不倫経験者はおもっている以上に多いと感じています。

わたしは現時点では2ヶ月に1回会ってするライトな不倫する側で、相手と連絡を取る機会はあまりないです。

そんな中途半端な立場からみると、「している」「されている」どちらについても
「…なんでそこまで必死になる?」
と違和感を感じてしまいます。
※「感」を連続して使うのは文法上よくないですが、他に表現する方法がわからず…。

どちらも「本気」は根本課題を見る目を曇らせ、冷静な時にはある判断力を鈍らせます。

「されている」側の方は自分が望んでいない面で被害者なのはよくわかります。

でも、人の心は変わることは、自分自身でも年月とともに心などに変化があることはわかっているはず。
それで「もとに戻ろう」として、たとえできたとしても、それは表面的につくろっているだけかもしれないです。
それはホントに望んでいる未来なんでしょうか?
※カウンセラーの懐が潤うので、経済活動を活性化する面ではプラスになります。

「している」側はしている側で、自分を相手の奥さんなどより優位にしたい気持ちがあるのはとてもわかります。
わたしも以前はそういう気持ちが大いにありました。

でも相対評価をするのは月並みな対応で、知らず知らずのうちに自分のメンタルを消耗させるだけではないか?と個人的には思っています。
「悲劇のヒロイン(またはヒーロー)」になるのは楽しいけど、現実世界での生活に支障をきたしそう。

この記事を含め、不倫関係記事はあくまでもエンタメとして読み書きしているよ!というあなた。

それがいちばん賢明です。

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