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修士論文の一年で身についたことや、反省点。

🇧🇪ベルギー大学院での修士論文がようやく終わりました。一年かけて長かったなと思いつつ、「実際にこの体験から得たこと(+ヒントや反省点)」を振り返ってみます。これから修士をやる方のご参考になれば幸いです…!

◾️リサーチの徹底性

当たり前ではありますが、リサーチ時の徹底性が磨かれたと実感します。ある特定のトピックに接し、「なんとなくニュースで見たり、知ってはいるけれど、実際の細かい現況は分からない」ことへの解像度を高めていく作業として。

(事例)
・18歳未満の子どもが自殺してしまう主要な要因は何なのか。
・日本の高齢者の孤立化はどのような要因によって引き起こされているのか。
・コロナ禍におけるオンライン授業は学生の学習成果やモチベーションにどのような影響を与えているのか。

もちろん人それぞれの経験から、ある程度の「仮説」や「意見」は各々にあります。ただ客観的な事実として、どこまで「存在」するか?を確証を持って言えるかは、ちょっと違ったりします。

なので、まずはあらゆる形態の媒体を遡ります(=literature review/文献レビュー)。Google検索(Scholar)、主要メディアの記事やアーカイブ、関連諸機関・団体のnewsletterやpress release、著名人のtwitter、youtubeの講演記録…。バラバラに散らばった材料を、統一した課題意識で、横断的に渉猟します。

断片的な情報をもとに、部分的な見解ができる(=マス目に色がつく)も、
まだ答えが出ていない領域(=空白部分)も次第に明らかに。
(Gerd Altmann, Pixabay)

そうすると、ある程度の「見取り図」が見えてきます。既存に出揃っている材料を検討し、自分なりの仮説(hypothesis)や研究課題(research question)に目星がついてきます。まだ足りてない余白の箇所(=分かっていないこと)を埋めるべく、どんな手法(methods)で何を対象(sample)にしたらいいか、見定めていく。量的なサーベイ(例: 五段階の心理的評価で測る)をして定量的に実証を試みたり、質的なインタビューを行なって、新たな傾向を深く読み取ったり。

このツールの選定(methodology)も、ひとつのスキルとして磨きます。「信頼に値して(reliable)妥当な(valid)」知識を生む行為として、客観的な基準をもたらすリテラシーとも言えるでしょうか。これら包括した作業が「リサーチ力」として、修士課程の一年間で磨く機会にできたのは良かったかなと思います。

◾️割と重要な事前調査

一連の流れを通してみて、個人的に特に重要と感じたのが事前調査 (literature review=文献レビュー)でした。論文の構成上、最初に導入部分(introduction)から書いていくのですが、まだ見識が十分でない段階であり。既存の文献を読み進めていく中で、テーマ自体が大きく変容し、丸ごと全部書き直すこともよくありました。

なので、既存の知識・理論のインプットへある程度の時間を注いでおくこと。ただ、文献リサーチも膨大となり、どこから始めたらいいのか途方に暮れることもあります。そんな私流に見出したtipsとしては、


→ 関連性が深い、5本前後の論文を重点的に読む。

まずは自身のリサーチを、キーワードでカテゴライズ。その単語を論文検索に引っ掛け、タイトルと要約(abstract)から「分野的にかなり近そうだな」と直感的に強く感じるものをいくつかピックアップ。

5本前後でもあれば、まずは集中的に読み込んでみます(自分の研究とあまり被らなさそう、と途中で感じたらフェードアウトしてもOK)。そうすると、互いの論文を読み比べるうちに、どれにも共通して引用されている主要論文があるなと勘づいてきます。その「界」においての、特定の影響力を誇った固有名詞ですね。次は、その源泉となる研究論文を読んでみます。


→ 引用数の高い「文章」への精通力。

言い換えると、大学受験までは、頻出度の高い「語彙」への理解力が求められ、大学以降の研究では、引用数の高い「文章」への精通力が求められる。

例えばGoogle Scholarで、何千・何万回も引用されてる論文があれば、それらを重点的に読み解いていくことで、その「界」における共通言語が理解でき、他の同種な文献群が格段に読みやすくなります。


→ 質が良くて、自分のリサーチに似ている論文を1~2つ見出す

そうした関連度かつ参照度の高い論文を読み進めていくと、自身の研究フレームが少しずつ定まってきます。更なる一歩として、「自分のリサーチに似ている+読みやすい研究論文」を1つか2つでも、割り出してみます。

分野・手法ともに同系統が望ましいです。分野が被っていれば、その論文が引用している数十の文献の中から、優先度の高そうな順にざっくりと目を通してみることで、先行研究が捗ります。

また手法では、例えば自身の研究で20人前後にインタビューをするなら、同様に20人前後のインタビューをした既存の論文を参照します。その骨組みを参考にすると、文章構成の組み立てから研究の進め方まで、スムーズになります(もちろん全借りパクはいけないですが、、)。

「人間をデッサンする」ときに、すべて空想でゼロから書き出すより、目の前にひとりのモデルがいて、直に観察しながら写生できる方が、大きく捗るのと似た感じでしょうか。とかく研究論文は底が知れなくなるため、具体的に思い描ける「終着点」を用意すると、やりやすくなる印象です。

◾️物事をマクロに把握する習慣

そんな事前調査を極めていくと、その「トピック(=界)」で 現況どんな議論があるのか、大まかな歴史的背景も併せて、マクロな見識が手に入ってきます。何の学術雑誌があるのか、どういう研究機関や組織、団体、プレイヤーが存在していて、どんな活動を行なっているのか…。

(Gerd Altmann, Pixabay)

例えば私は、「博物館」×「デジタル化」というテーマでした。前者では、ICOM(国際博物館会議)の創立理念や当時の歴史的背景、またそもそもの起源であるカイロのアレクサンドリア宮殿から、現代に至るまでの博物館が担ってきた社会的意義の変遷を把握したり。

後者では、デジタル化が何をそもそも指すのか?という視点から、パソコンの起源に至り、戦時中の大型コンピューター開発から、パンチカードを使ったジャカード織機、詩人の娘で実は世界初のプログラマー的なエイダ、もっと言えば2進法を構想していた17世紀の哲学者(ライプニッツ)にもたどり着いたり。

社会人で仕事をしていると、忙しくてそんなマクロに考えている暇もあまりないのですが、「よくよく考えるとどうしてなんだっけ」という疑問を根本的・網羅的に見つめ直す時間としては、ちょうどいい期間になったと思います。

◾️情報源という資産

また、どの情報源にアクセスすれば、必要な情報が手に入るか?の目星もついてきます。大手メディアから流れてくるニュースを受け取って「へー、今これが話題なのか」とやや受動的な姿勢から、一専門家としてより能動チックに

例えば私は「メディア」「デジタル」といったトピックに興味があるため、今の生活者がどんなSNSを使ってるか? 世代間ごとの利用時間は? 市場規模はマスメディアとオンライン広告でどう規模が違う?等の情報を日々得たいと思っています。そこで例えば、総務省の情報通信白書、博報堂のメディア定点調査、電通の日本の広告費のレポート、などが定期的に発布されるので、常にマークしたり。

また日本に限らず世界各国のメディア業界の動きなんかは、オックスフォード大学のロイタージャーナリズム研究所 (Reuters Institute for the Study of Journalism)が発行しているDigital News Reportであったり。

TwitterやGmailで専用アカウントを用意し、各機関のNewsletterを全て登録し、アカウントをフォローしておけば、「自分流の情報源」として定期的に知見をupdateさせることができます。組織で戦略を考えたり、専門的な見識を発揮させる場で有効ではないかと思います。

(例: SNS全開の時代。オンライン購読率がただ下がりの新聞メディア社で、何か対策はないかと議論に。上記のDigital News Report 2023に依れば、各種メディアのポッドキャスト利用率が意外と高いから、オーディオ媒体にもっと取り組んでみないかと提案したり。)

また、海外の情報源にアクセスできる契機としても。日本にいると、国内の情報源だけに頼りがちですが、違う国でどんな状況なのかを知る良い機会になります。

例えばノルウェーはオンラインの新聞にお金を払う率が世界で最も高く、なぜ他の(日本を始めとした)先進国の一群と状況が異なるのか?を分析した記事があります。北欧の新聞界のデジタル化に特化した個人メディア的なのですが、こうしたnewsletterを登録しておくことで、独自のインスピレーションを得るきっかけにもなります。

どんな機関や情報源があるのか? 論文で引用するだけだと一回きりですが、人生長い目で見た場合に、「定期的に引用し続けられる」能力が重要なのではないかと思ったりします。

◾️関係者ネットワークを育む機会

また個人的に質的インタビューという手法を取ったからか、人脈ネットワークを形成する良い機会にもなりました。

ヨーロッパ各国の博物館で働くキュレーターの方々にインタビューし回ったのですが、その過程でさまざまな国の人らと面識ができ始め。話が深まる中で「日本の博物館の取り組みも気になるし、ぜひ教えてほしい!」という声が。残念ながら自分は博物館に勤務していなかったのですが、もしも私が日本の当事者だった場合、今回知り合った方々の人脈を通して、何かしらの国際的なイベントなりカンファレンスなりの出席や開催等に繋げ、日本の博物館の取り組みをアピールする機会にできたかもしれません。

これができたのも、院生(アカデミアの世界)という中立的な立場だったからかもしれず。特定の利害に左右されず、ひとつのテーマを軸に色んな関係者へ話を聞きに行く理由づけ・ポジションとしては、うってつけでした。

なので、もっと事前に強い目的意識があり、自分の職業人生に直結するようなネットワークを紡ぐ心づもりでいたら、さらに良い効果が作れただろうな…と思いました。

◾️総括

・「リサーチの徹底性」
・「割と重要な事前調査」
・「物事をマクロに把握する習慣」
・「情報源という資産」
・「関係者ネットワークを育む機会」

修士課程の一年間は長いようで短く、試行錯誤を繰り広げるうちに「もっとこうしておけばよかったな」と思うことが、山のようにありました。とはいえ、専門的な考え方を深めるための一歩として、踏み出せたこともひとつ満足です。

これから院に入り、修士を始められる方の参考になれば、幸いです!

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