【2021年総括】コミュニケーション科学の院生が読んだ20冊の本
イタリアの大学院で、コミュニケーション学系の修士をしている@fujikazuです。
2021年も終わりになり。卒論に修士と、「コミュニケーション(メディア)」に関わる本をいろいろと渉猟した年でした。分野をざっくり分けて、振り返ってみます。
a.) 政治的コミュニケーション
b.) 民主化とデジタル
c.) コミュニティづくり
d.) 日本の社会
e.) メディア・テクノロジー
a, b, d.) 1~2月は「日本政治とメディア」に関する卒論をやっていたので、政治系中心。
c.) 3~7月は「シェア街」というコミュニティ関連のスタッフをしていたことから。都市デザインとか欧州のまちづくりにも興味を抱きつつ。
e.) 8~12月は「コミュニケーション修士」を本格的に始めるため、深掘りしてアカデミアなメディア論を中心に。
a.) 政治的コミュニケーション
1. メディアと自民党
従来は、メディア関係者(番記者)と政治家は「慣れ親しみの関係」...互いにある種依存し合っていました。テレビや新聞など、情報発信の仕方に限りがあったため。
しかしネット・SNSがもたらされ、政治家自身がマスメディアに頼らず声を発信できるようになった時代。両者の力関係は大きく変化し、自民党は独自に巧みな
広報戦略を開拓していきました。与党一強のプレゼンスを裏付ける根底にあるものとは。今も読む価値があると思いました。
2. 情報参謀
民主党に政権の座を渡していた期間、自民党がいかにPR(特にネット)に力を入れ、再び返り咲いたか。自民党の広報戦略で活躍する今の小池都知事や、茂木大臣の姿も描かれ、今も現役な政治家たちがなぜ強いプレゼンスを誇れるのか...その姿も垣間見られるのが興味深いです。
2010年頃を境に、政治家が初めてネット生放送に出演したり、尖閣諸島ビデオのYoutube流出の事件が起き、「マスメディアからネット(SNS)」への重大な過渡期が指摘される点も注目です。(バズったツイートやネットの動画自体がテレビで放映されるなんて、今でこそ普通に見かけるも、2010年頃以前は「ネットの情報なんて胡散臭いものを」と、あり得なかった光景だったでしょう...。)
3. 幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実
「英雄」と「有名人」の違い。
かつて、歴史に名前を残す人は偉業を成し遂げた人でした。戦争で名を挙げたカエサルやナポレオンなどしかり。(=英雄)
しかし、20世紀に入りテレビなどマスメディアが発達することで、何かの大業を成し遂げていない、ただの人でも名を広めることができるように。(=有名人)
「英雄」だから「有名」になるのではなく、「有名人」だから「有名」になれるという、逆転の現象がメディアの発達とともに生じたという興味深い指摘です。
Youtuberと政治家のコラボが起きる現象など。50年以上も前の論考(1964年初版)は、未だに「英雄」と「有名人」の混合がどう生じるかを指摘していそうです。
4. 世論 (上・下)
かの有名な、「ステレオタイプ」という言葉の生みとなった本。「人は見てから定義しないで、定義してから見る」という分析は、メディアと社会心理の文脈で根底の見方になりました。
著者のリップマンは1920年代、第一次世界大戦の中でウィルソン大統領のアドバイザーを務めていました。ジャーナリストでありながら、実践的に外交折衝に携わる姿も描かれているため、単に抽象化した議論だけで終わるのでなく、「1920年代の渦中」を直に生々しく読み解ける、貴重な文章でもあるように感じられます。
5. トクヴィル 平等と不平等の理論家
フランスの政治家。25歳で9ヶ月間アメリカを旅をし、その民主主義発展の土台にあるものを見据えて著した人物です。
リップマンに続き、SmartNews・CEOの鈴木 健さんがたびたび引用しているトグヴィル。2021年1月に米議会襲撃事件が起きたのもあり、改めて米国の「分断」からの「危機」を印象付けられ、アメリカの民主主義を可能にしているのは何だったのか、振り返りたく思って辿り着きました。
異なる利害の人たちが集う「結社 (中間組織)」や「宗教」の役割を重視する様は、今の「フィルターバブル」「エコーチェンバー」でアルゴリズム的に細分化されていく集団群への問題提起と、軸を一にしています。
b.) デジタルと民主化
6. 遅いインターネット
「平成とは失敗したプロジェクトである」——という印象的な文言から始まります。インターネットは民主化を加速させると思われつつも、フェイクニュースの拡散や、思想の異なる者同士で「真実」の分断をも促してしまうことに。
そこで著者の宇野さんが訴えるのは「日常への回帰」。匿名な大衆がデモや選挙という「非日常(≒お祭り)」によって扇動されるのでなく、人々が職業人として「日常的」に政治参加する。市民がクラウド上で政策決定に携わる、台湾の「vTaiwan」というデジタルプラットフォームなどの事例は、とても示唆的です。
7. オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る
コロナ対策で諸外国から注目を浴びた、台湾のデジタル大臣。彼(彼女)に象徴されるように、「民主化」と「デジタル」の境目として先進的な立ち位置を示す台湾に興味を抱き、手にとった本です。
最も印象的だったのは、オードリータンさんが
・国会議事堂を占領しながらインターネットで生放送中継をする
・大臣としてインタビュー等で話した内容は全て録画し、一般公開する
と、徹底的な「透明化」にこだわる人だということ。インターネットと情報の透明化は相性が良さそうですが、日本はデジタル化が遅れる上で政治決定のプロセスもしばしば不透明に。国や組織のこうした姿勢が「前向き」な風土を作りづらいのではと、読みながらヒントを感じました。
8. 一般意志2.0
ルソー由来の一般意志とは、「人民の総意」を意味します。一日で何億というデータが集まる、グーグルの検索履歴やツイッターのつぶやき。デジタルで可視化された人類の無意識群を、新しい「人民の総意」(=2.0)として、選挙やデモに基づくだけの従来の政治から脱却し、オルタナティブな可能性を指摘した本です。
「良い政治にコミュニケーションなどいらない」といった、ルソーの極端だけれど納得もできるポイントがおもしろく。「コミュニケーションは大事」という価値観を前提にしてきた中、「そもそもコミュニケーションが生まれることで、人間って妥協するし不合理にもなるよね」と、まったく別のベクトルで考えさせられ、視野が拡げられました。
最近メディアで注目の、イェール大・成田雄輔教授が紹介する「液体民主主義」「無意識民主主義」「データ民主主義」とも同じような発想に感じ、「デジタル」x「民主主義」の分野にさらに興味を抱くきっかけとなりました。
c.) コミュニティ・まちづくり
9. シビック・プライド —都市のコミュニケーションをデザインする
「シビック・プライド(civic pride)」とは、「都市に対する市民の誇り」を示す言葉。単なる郷土愛とは違い、積極的に自主性を抱き地域にコミットする姿勢が注目されます。
オランダ・アムステルダム市の「I amsterdam」キャンペーンや、スペイン・バルセロナ市の「Barcelona Batega!」というコミュニケーション戦略など、欧州各地域における自治体・広告会社・デザイン事務所などの取り組みが紹介されており。自身も欧州の院で留学する傍ら、具体的な事例を参照していたりします。
10. マイパブリックとグランドレベル —今日からはじめるまちづくり
「1階づくりはまちづくり」がコンセプトの株式会社グランドレベル。東京・墨田区の両国にあるシェアハウスでスタッフをしていた際、たまたま近所で出会したのがその会社の「喫茶ランドリー」でした。
まちに暮らすあまねく人たちが来れるような、自由なくつろぎ。近所のお母さん方や、学校帰りの小学生、企業の社会人など、日々多種多様な賑わいを見せる空間がとても魅力的に感じ、半常連に。そんな場づくりの精神が、この本からは伝わってきます。
日本には、なぜ公共空間が少ないのか? 自分が欧州圏に留学する理由も、コミュニケーション学を傍らにしたいと思ったのも、ひとつにはこの問いがありました。帰国後にも何かのヒントにして活かしていければと思います。
11. コミュニティ・オーガナイジング—ほしい未来をみんなで創る5つのステップ
「市民の力で、自分たちの社会を変えていくための方法」。ハーバード大学のガンツ博士が理論化し、オバマの大統領選キャンペーンでも積極的に使われたのがこのコミュニティ・オーガナイジングという手法です。
数人の仲間を集めるところから始め、課題を話し合う中でストーリーを共有。どんな組織・グループにおいても通用するであろう理論を、小学生たちのストーリーに仕立ててわかりやすく紹介されています。
日本社会ではなぜ自主的な運動が起こりづらく、「しかたがない」雰囲気に支配されがちなのか?著者・鎌田さんの課題意識とも合わせ、非常に参考になる本です。
d.) 日本の社会
12. 公〈おおやけ〉 日本国・意思決定のマネジメントを問う
元東京都知事・猪瀬直樹さんの著書。今の日本を「私」の国と位置づけ、「公」の意義を対比して浮き上がらせます。コロナ対策における混乱(アベノマスク等)など、「想定外」な事態をどう対処するのか? 組織的コミュニケーションの視点としても、政治的でマクロな文脈としても、個人的に興味を募らせた一冊でした。
特に作家ながらの視点で、「公」を描くカズオ・イシグロと、「私」に閉じこもる村上春樹として、文学史を読み解く姿がとても興味深いアプローチです。
13. 中空構造日本の深層
「日本の中心は空っぽである」—ロラン・バルトというフランスの哲学者が東京都内の皇居を表して言ったような言葉が、なぜか今年中ずっと頭に思い浮かべていました。この興味をもっと追究してみたい、と思って読んだ一冊。
臨床心理士の河合隼雄が、古事記の神話分析から日本人の集団深層心理を暴こうとした試み。善悪二元論(神/天使vs悪魔など)になりがちな西洋と比べて、古事記ではなぜか「三神」にして「中心にいながら大した役を果たさない(=無為)」神がいることを指摘します。これが「中空構造」。
統合性がなく、誰が中心において責任を有しているかが曖昧な状態—現在の日本の組織構造にも示唆を与え、興味深い分析です。
14. ゲンロン戦記—「知の観客」をつくる
日本における哲学者として、知的空間を創り上げている東浩紀さん。
「株式会社ゲンロン」を創業し、経営者として奮闘する様が描かれています。
「哲学」という抽象的な議論に陥りがちなフィールドから、「ビジネス」というシビアで具体的な環境下に変わることで、どんな困難があるかをまざまざと語られています。実体験に即しているため、読んでいるだけでも非常におもしろく、学びになります。
コンプライアンスが年々厳しくなり、大学における教授・学生の関係性もドライになりがちな中。単なる放送や授業・カリキュラムの枠を超え、延々と話が膨らむ「誤配の力」をどう仕掛けていくか。デジタルなコミュニケーションが主流になる中だからこそ、生々しいアナログな「知的空間」が持つ可能性に気づかされます。
15. 弱いつながり
同上で、東浩紀さんによる著書です。
デジタル社会において、ググれば何でも分かる時代。便利な世の中ですが、逆に言えば「誰もが同じような疑問を抱き、同じような答えにたどり着く」だけの、均質化を促す装置とも言えます。
では、何がオリジナリティ(その人らしさ)を生むのか? ひとつは「旅に出かけること」。新しい土地に行き、会ったこともない人と出会い、既存の自分ではまず使いもしなかったであろう「新しい検索キーワード」にたどり着く。
チェルノブイリへ行く際、ロシア語で打った情報がキーとなったエピソードは印象的です。自身もイタリア留学に出たきっかけは、「日本語でも英語でもない、イタリア社会の言語でしか見えない世界観」があると思ったからでした。日々のルーティーンから解放されて、ふらっと新しいことを始めたいような方におすすめです。
e.) メディアとテクノロジー
16. ニュースの未来
新聞もテレビも没落を続ける一方、ニュースの価値はいかに保たれるのか。
紙媒体の毎日新聞と、ネット媒体のBuzzFeed Japanの記者を双方とも経験した著者が、現在(2021年出版)のニュースを取り巻く状況を説明した一冊です。
本来、ジャーナリズムは徹底した取材・深い取材によって、価値ある情報を担保してきました。しかし今はなぜ、芸能人やYoutuberが発言をしただけの内容が記事になるような事態になっているのか? メディアの構造からそのヒントを読み解いていけます。
アメリカのニュー・ジャーナリズム (客観的な事実を述べるよりもストーリー形式で主観的に伝えるスタイル)の歴史も含まれていたり、ジャーナリズム史の一幕を学べることもできておもしろいです。
17. 大人のためのメディア論講義
洞窟壁画の時代から、書物の誕生、アナログ革命、GAFAM。通史的に「人間にとってメディアはどんな役割を果たしてきたか」を一望できる著書です(中心テーマは20世紀以降ですが)。
マスメディアが大量消費の需要を生み、SNSが個人最適化した広告を提示する中...人間の意識とメディアの発達とは、切っても切り離せないくらいまでに密接となりました。デジタルメディアの台頭に、警鐘を鳴らすような指摘でもあります。
個人的には、コンピューターを思想的に生んでいたのはライプニッツの時代からだったという指摘が興味深く。今でいうiPad的なデバイスもフロイトの「不思議のメモ帳」で構想されていたり、メディア史を読み解くにあたり、刺激的です。
18. ベンヤミン ・コレクション (+図説 写真小史)
写真の歴史を語る上で欠かせないのが、このベンヤミン著「写真小史」です。像に映った同じ光景を、いくらでも複製できてしまう技術は、人間の認識にどんな影響を与えたのか?
本来芸術は「一回限り(その瞬間にしか見られない)」でしかなく、神秘的な感覚をまとっていました。それが「アウラ」と名付けられ、写真の発達によって衰退していくことに。
解説抜きだとやや難解だったため、The Five Booksという古典を読み解く講義に参加しながら読み進めていきました。いつも異なる種類が開講されているため、興味のある難解な本が取り扱われていたら、参加がおすすめです。
19. マクルーハン・プレイ アイデアはこうして生まれる
メディア論の大家・マクルーハン。彼が残していったミステリアスな言葉を通して、新たなアイデアの発想となる源の思考を辿っていく本です。
逆説、類推、比喩、隠喩...ともすると論理性に欠け、一貫性がなさそうな方法。ですが「レトリックこそが新たな気づきをもたらす」として、アイデアを水平につなげていく思考を促しました。
20. 時間とテクノロジー
過去がいつまでも存在し続ける時代——デジタル社会であらゆるデータが保管される中、人間の時間感覚にも変化が及んでいると、著者の佐々木俊尚さんは指摘しています。
「検索エンジンの検索結果、無名のまとめサイトに勝手に収録された発言、SNSで知らないうちに誰かにタグづけされた断片、誰かからの名指しの賞賛や非難、企業の公式サイトで紹介された従業員としての仕事ぶり、大学の卒業論文のタイトル、高校の部活動の記録......。」あらゆる記録が鮮明に残り続け、「郷愁」という感情自体が感じづらくなる。
欧州連合でも制定された「忘れられる権利」や、また最近Youtubeで昔のアニメの切り抜き動画が今になっても流行り出すなど、昨今の事象とも絡む内容が展開され、とても示唆的に感じました。
総括
だいぶ広い分野の本を取り扱ってしまいましたが...。
デジタル空間においても、アナログでリアルな場所においても。
人と人が会い、「コミュニケーション」が発生する瞬間に興味があるのだと、改めて軸めいたものを意識した気がします。
特に著者では、西田亮介さん、宇野常寛さん、東浩紀さん、石戸諭さん、佐々木俊尚さんあたりに特に関心を覚えました。思想的にも偏らない、中道的な立場に共感を覚えたのかもしれません。
日本の本は、そこそこ深められたかなという気もしつつ。2022年はずっと欧州にいる予定なので、現地のいろんな例も見て来たいと思います!
(おすすめの本あれば、コメント欄でもぜひ教えてください!)
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