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「カッパフィールド」 #2

ブチと徒歩10分ほどの所にある川に向かう。
道路は、昨夜の大雨でまだ濡れていた。空は厚い雲に覆われ、丁度いい感じに風がふいていて気持ちよかった。
夏の暑い日は、アスファルトの地面がもの凄く熱くなる。それで犬の肉球が火傷してしまわないよう、朝晩の涼しい時間にブチを散歩させていた。
でも、今日に関しては、ブチの肉球の火傷の心配は無さそうだ。

とうもろこし畑のそばを歩いていると、道端にセミの死骸が落ちていた。ブチがその死骸を鼻でツンツンすると、セミが突然動き始めた。
ブチも私も、びっくりして飛び跳ねた。
ブチは、バタバタしている死にかけのセミに興味を持ったようだ。
セミはジージー鳴きながら、最期の力を振り絞って飛ぼうとするも、上手く飛べずに地面にひっくり返り、羽をバタつかせながら地面をぐるぐると回転していた。
ブチはこのセミを捕まえようと、ガンガンいく。
私は必死にブチのリードを引っ張ってはみたものの、ブチのセミへの執念には敵わなかった。
ブチが死にかけのセミをカプッと口に入れてしまった。ブチの口の中からセミの足掻く音が聞こえる。
「ブチ、セミ食べちゃだめ!ペッしな!!」
するとブチは、2.3回噛んで、あわてて飲み込んでしまった。
セミを食べたブチは、何も無かったかのような顔をして普通に歩きだした。よほどセミが美味しかったのか、しっぽをふりながらご機嫌そうに歩いている。
『とうもろこし畑で、セミをつかまえて』
byブチ
???!

駅を通り過ぎる。そのすぐ先の踏切を渡れば、川はもう、すぐそこだ。
丁度、踏切が鳴り始めた。1時間に一本しか電車は来ないというのに、踏切に引っかかるとは、今日はタイミングが悪い。

我が家の二階からは、この駅と線路がよく見える。夜になり辺りが静まり返ると、踏切の音が聞こえてくる。踏切がカンカン鳴り、しばらくして電車の音が近づいてくる。田んぼの中を走る電車。車内の明かりで、周囲を照らしながら進む。
田んぼに水を張った時期は、水面に光が反射してとても美しい。
電車が駅に到着する。この小さな駅で夜に下車する人は、どれぐらいいるのだろうか?
とても静かな夜には、車掌の鳴らす笛の音まで聞こえてくる。しばらくして電車は動きだす。ガタンゴトンという音はだんだんと小さくなり、電車の明かりは夜の闇に消えていく。
夜の電車をみるのは嫌いじゃない。でも、夜の電車をみているとさびしい気持ちになる。夜の電車に乗っている人たちは、さびしくないのだろうか?このさびしい気持ちに、違う言い方はあるのだろうか?

堤防までやってきた。堤防の上から辺りを見渡す。今日の川は、昨夜の雨で水かさが増している。流れも早く茶色く濁っていた。
「今日は、川のそばにいくのはやめようねブチ」
「ワン、ワンッ!」

堤防の上をブチと歩く。お地蔵さんの辺りまで歩いて、引き返してくる予定だ。堤防の上は舗装されておらず、砂利がまばらに敷かれている。
轍(わだち)の所々に大きな水溜まりが出来ていて、とても歩きにくい。
それでも運動不足のブチは、楽しそうに散歩している。
しばらくいくと、水門の所にコンクリートの階段がある。その階段から河川敷の原っぱに降りることが出来る。夏休みになると、そこでピクニックをする人などがいるが、今日は誰もいない。

原っぱの片隅に、見かけない看板とアーチ状のものが建っていた。
「こんなの今まであったっけ?」
ブチとその看板のそばまで行ってみる。
その看板には、こう書かれていた。

『カッパフィールド』

アーチ状のものは、笹を組んで出来ている。それほど大きくはなく、少しかがまないとくぐれなそうだ。そのアーチの上の所には、[河童門]と書かれた板が付いている。
いったい誰がこんな所に、看板とアーチを建てたのだろう?

昨日の大雨で、原っぱは水浸しだった。
お気に入りのスニーカーがビチョビチョになってしまった。
「ブチ、スニーカーがビチョビチョで気持ち悪い。もう帰ろうよ!」
ブチは私の言う事を無視し、アーチをくぐってどんどん行くので、私もブチに続いてそのへんちくりんなアーチをくぐった。
すると、何処からともなく声が聞こえた。

「カッパフィールドへようこそ」

すぐそばに雨ガッパを着た人が立っていた。
さっきまでこの原っぱには誰もいなかったはずなのに。
雨ガッパを着た人は、背丈は私よりも少し低い。大人物の大きな雨ガッパはブカブカしていた。同じく大人物の大きな長靴もブカブカしている。
カーキ色の雨ガッパのフードを目深に被り、おまけにへんな緑色のマスクもしている。
そのせいで顔がぜんぜん見えない。
小学校4.5年生くらいだろうか?
この辺の子ではなさそうだ。

「こんな足元の悪い中を、よく来てくれたね」
言葉は一丁前だけど、とにかく怪しい。
ブチが、すかさず吠えかかった。
「お前、一体誰だワン?」
???
ブチがしゃべった?気のせいかな?
「かずちゃん、コイツ臭いがぜんぜんしないワン。コイツ人間じゃないワン。」
不思議とブチの言っていることが理解できる。そんな事ってあるのかな?
気のせいかな?

「気のせいじゃないって。それ、テレパシーだよ」
ブカブカの雨ガッパを着た子が答える。その声も頭の中に直接響いて来るような感じ、なんか凄く変な感じ。
私はいろいろと混乱していた。
私、本当にテレパシーで会話出来るようになったのかな?テレパシーって超能力ってこと?つまり超能力少女になってしまったのかな私?
「このカッパフィールドの中なら、誰だってテレパシーで会話できるよ。別に特別なことじゃないよ」すかさず雨ガッパが答える。

コイツ本当に何者なんだろう?テレパシーで会話が出来るということは…
やっぱり昨夜の地響きは、UFOが墜落した音だったんだ。そしてコイツは、もしかしてもしかしたら、宇宙人???
私は恐る恐る人差し指を伸ばしてみた。
「あのね、残念ながらボクは宇宙人ではないよ」
だとすると、やっぱり河童か?
「ちょっとカッパキャラに寄せてる部分はあるけど、河童でもないから」

宇宙人でもないし、河童でもないとすると、
そうか!分かったぞ。なんで今まで気が付かなかったんだろう。
この雨ガッパの正体、それは…
幽霊だ〜
おそらく、不慮の事故で亡くなった子どものオバケに違いない。この前テレビの心霊特集でやっていた、浮遊霊とか地縛霊とかなんだコイツ!
私、幽霊が見えるようになってしまったのかも。
幽霊が見える少女として、テレビとかに出ちゃうのかな?
「子どものオバケも不正解。幽霊が見える少女としてテレビに出られなくて残念だね。でも、ちょっとボクの正体に近づいてきたかもね。そんなにボクの正体が知りたい?」
そう言いながら、雨ガッパがフードを外した。
すると、
マスクが宙に浮いている。
「えっ?あなたの正体って透明人間?そっか、その手があったか!透明人間、なるほどね〜」
私は正体がハッキリして、妙に安心した。 

雨ガッパは、透明な姿を見られるのが恥ずかしいかのように、すぐに雨ガッパのフードを目深に被った。
「ボクは確かに目には見えないから、透明人間っていうのも間違いじゃないけど、正確にいうとボクは生まれる前の魂なんだ。魂とかソウルって聞いたことある?」
「サムライ魂は聞いたことあるかも」
雨ガッパはフンフンとうなずき、また話を続けた。

「霊も魂やソウルと近い言葉だね。霊って聞くと幽霊とかお化けとかおどろおどろしいものだと思っているでしょう。でも人は亡くなれば肉体を離れて霊になる。もちろんキミも」
「やっぱりあなたは幽霊じゃん」
「キミらが言う幽霊っていうのは、まだ生きていた時に未練や恨みが残っている霊のことだろ。それらの未練や恨みつらみが消えていくと、その霊本来のピュアなものに昇華されていくんだ」
雨ガッパはしばらく考えてから、また話はじめた。
「魂とか霊って言い方だと堅苦しくて気分が乗らないなあ。魂や霊じゃなくてスピリットって言うことにしよう」

雨ガッパの話を聞きながら、私は今朝読んだ『星の王子さま』のお話に出てくる男の事を思い出していた。極めて理解不能な人が突然現れた時の人の気持ちって、きっとこんな感じだ。

「じゃあ、ボクの正体は生まれる前のスピリットって言う事で」
雨ガッパは更に続ける。
「仮にキミらの生きている世界を3次元とすると、ボクがいるところは7次元かな。キミだって生まれる前はそこにいたんだよ。忘れちゃったと思うけど」
「死んだ後のスピリットと、生まれる前のスピリットって違うの?」
「それはぜんぜん違う。月とスッポンくらい違う」
雨ガッパの話はだいたいこうだ。私たち人間が肉体を持って生きている世界(仮に3次元とする)は、雨ガッパのいる世界(7次元)と比べて非常に低く重い場所なのだそうだ。
人は死ぬと肉体からスピリット(霊魂)が抜け出す。その時のスピリット(霊魂)はまだ肉体の感覚や感情がたくさん残っている。その感覚や感情を綺麗にしていかないと、上の次元に上がって行くことが出来ないらしい。

「泥水ってさ、時間が経つと下に泥が落ちて上の水は綺麗に澄んでくるでしょう。スピリットもそんな感じ。だんだんといろんな感情や想いが抜け落ちて混じりっけのないピュアなスピリットになっていくんだ」
「それって、おばあちゃんがよく言う“成仏”みたいなこと?」
「そうそう!さすがおばあちゃん年の功だね。成仏したピュアなスピリットを水で例えるなら、空に浮かんでいる雲って感じかな。そこがボクのいる7次元ってわけ」
「つまりあなたは雲の上の存在ってわけね。その例えで言うと私が今生きてる所はどこになるの?」
「泥の中。いや泥の下のさらにその下くらいかな」


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