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「カッパフィールド」#6

窓の外はすっかり日が暮れて暗くなっていた。

提灯を持った大勢のカッパ達が、どこかに向かって歩いている。
提灯の大行列。電気の灯りとはひと味違う。ロウソクの揺らめく炎は、それ自体が生きているようだ。
提灯の行列には、カッパだけではなく、キツネやタヌキ、イノシシやクマもいる。中には妖怪っぽい子もたくさんいた。

「3次元に存在する様々なスピリットが集まってきているね。肉体の目では見えない存在たちだよ。目には見えないけど、この3次元の世界にはいろんなスピリットが存在しているからね」
彼らの行き先は、丘の上に組まれた櫓(やぐら)のようだ。今宵は、見えない存在たちの盆踊り大会が開催されるらしい。
「カワタロウ、妖怪みたいな子もいるけど、悪いことはしないの?」
「ここも3.8次元のカッパフィールドだからね。ここに来ることができるスピリットは悪い奴らじゃない。大丈夫だよ。いつも自然や人間を見守ってくれてるんだ」
妖怪っぽい子たちは、本当にマンガに出てくる妖怪みたいだった。ほかにもホウキや鍬、着物やタンスにヤカンなどの道具たちもいた。みんな楽しそうに輪になって踊っている。
「生き物だけじゃなくて、道具にもスピリットは宿っているんだよ。スピリットが宿っている道具は、いい仕事をするし、壊れにくいんだ。ちゃんと手入れをして、感謝の言葉をかけてあげると喜んで仕事してくれるよ」
「私の持ってる物にも、スピリットが宿ってるかな?」
「気に入って手に入れた道具を、大切に使うことでどんな物にもスピリットは宿るよ」
「これからは道具を大切に使うようにしよっと」

盆踊り大会は大盛り上がりのようだ。みんな楽しそうに踊っている。
「こうしてみんなが一つになって楽しんでいると、その土地に元気を与えるんだ。元気な“気”に満ち溢れた場所には、いい事がたくさん起こるんだよ」
「いい事ってどんな事?」
「お米や野菜がたくさんとれるとか。そこに生活する人や生き物が幸せになるとか」
「それはとってもいい事だね」

「かずちゃんがブチくんの散歩によく行く川の原っぱに、カッパフィールドを作ろうと思ってね、一応その土地の主さんに許可を得ないとならなくて、あそこの主のカッパさんのところに、挨拶に行ったんだ。ここに3.8次元のカッパフィールドを作りたいんですけどって。カッパさん達は、かずちゃんとブチくんのことをよく知ってたよ。
『あのおかっぱ頭の女の子と、片耳がブチ柄のワンコね。あのおかっぱ頭の子は、本当に水切りが下手だよね』って言ってたよ」
まさかカッパさん達にいつも見られていたとは、なんか恥ずかしい。

「かずちゃんはまだ子どもだよね。子どもって元気いっぱいでしょ?子ども達が元気に遊んでいると、その土地にも元気を与えるんだ。だから、カッパさん達はかずちゃん達が川に散歩に来てくれるのをとても喜んでいたんだ。そしてカッパさん達はかずちゃんが安心してお散歩できるようにいつも守っていてくれたんだよ」
「そうだったの?全然知らなかった。カッパさんに感謝だね。私さ、今までカッパさんのこと誤解してた。カッパさんに会ったら尻子玉とか抜かれちゃうのかと思ってた」
「川を汚したり、川で危険なことしたり、そういう時には、カッパさんに尻子玉を抜かれちゃうかもね。でも、悪いことさえしなければ、カッパさんは何もしない。カッパさん達は川を愛しているから、川を大切にしてくれる人間には味方をしてくれるはずだよ」

カワタロウはちょっと不思議な質問をしてきた。
「かずちゃんは、落ちている空き缶を拾える?」
「もちろん。そんなの簡単に拾えるよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「カッパさん達のように目に見えない3次元のスピリットは、3次元に落ちている空き缶を拾う事が出来ないんだ。3次元のスピリットだけじゃなく、ボクたち上の次元にいるスピリットも、神様と呼ばれているスピリットでさえ、3次元に落ちている空き缶一つ拾えない。肉体があるって凄いことだよね」

空き缶が拾えること。
ごはんが食べられること。
お花の匂いが分かること。
そんな当たり前のことが凄い事なのかな?
全然よくわからない。


突然、ヒューっという音とともに櫓の向こうに、大きな大きな花火が上がった。
次から次へと大きな花火が上がっていく。
「こんなにおっきな花火初めてー。とってもキレイだねー」
座席でまったりしていたブチは、花火の音にあわてて飛び起き、座席の下に隠れてしまった。
「オレ花火は苦手だワン。花火がキレイとか意味わかんないワン」

電車はどんどん走っていく。さっきまであんなに大きく見えていた花火は、今はとても小さくしか見えない。まるで線香花火のように、遠くでパチパチ弾けている。

山の上に、少し欠けた赤い月が昇ってきた。今はいったい何時なんだろう?この電車に乗ってから
、まだ少ししか時間が過ぎていないような感じもするし、もの凄く長い時間のようにも感じる。
「カワタロウ、この電車はどこまで行くの?」
「この電車はカッパっ子天国行きだよ」
《カッパっ子天国》って、夏によく連れて行ってもらうプールみたいな名前だな。
「そこまでは、あとどのくらい?」
「それはボクにも分からない」

「私そろそろ帰らないと。この電車っていうかアトラクション?降りるにはどうしたらいいの?」
カワタロウは、しばらく何も言わなかった。その沈黙の時間が永遠のように長く感じる。

本当に私は帰れるのだろうか?
元通りに自分の肉体《カラダ》に。

電車は、トンネルに入ったようだ。カワタロウも私もブチも、黙って真っ暗な車窓を眺めていた。トンネルの中を電車が走る音だけが響いている。
突然、カワタロウが雨ガッパのフードを下ろし、マスクを外した。
真っ暗な車窓に見知らぬ少年の顔が映っている。少年の顔は面長で、どことなくカッパっぽい感じがする。あわてて正面にいるカワタロウを見た。正面にいるカワタロウは、透明人間のままだった。
「カワタロウ、これってどう言う事?」
「鏡って、違う時空を映すことがあるからね。この窓に映っているのは、未来のボクだと思う」
「この窓に映っている男の子は、未来のカワタロウなの?」
「かずちゃん、この顔をちゃんと覚えておいてね。そして、未来で必ず再会しようね」
「うん、分かった。カワタロウのフェスに必ず雨ガッパを着ていくからね」

カワタロウは立ち上がり、上のあみ棚から大きな袋を下ろした。
「かずちゃん、この電車の降り方なんだけど、」
そう言いながら、大きな袋の中から取り出した葉っぱを渡された。その葉っぱは河原によく生えている葉っぱだった。
「この葉っぱ、葦って言うんだけど知ってる?」
「うん、よく川のとこに生えてるやつだよね。この先っぽの尖った新芽、吹くと音がするんだよ」
「うん、使い方はそれでオッケー。この葦の草笛を、電車から降りたいと思った所で鳴らせば、そこで電車から降りられるから」
「カワタロウは、この電車に最後までいてくれるんでしょ?」
その問いには、カワタロウは何も答えなかった。
そして、あみ棚から下ろした袋から包みを取り出した。
「これはカッパフィールドの限定グッズなんだ。ちょっと早いけどバースデープレゼント。かずちゃんは夏の最後の日に生まれたんだよね」

カッパフィールド限定グッズは、かなりリアルなカッパの甲羅形リュックサックだった。
「あ、ありがとう。かなりリアルな作りだね。こんなの誰も持ってないかも」
「かずちゃん、せっかくだから背負ってみてよ」
私は甲羅形リュックを背負ってみた。
「かずちゃん、凄く似合ってるよ。やっぱりこれにしてよかった」
「そ、そうかな?ブチはどう思う?」
「かずちゃんのおかっぱ頭にとっても似合ってるワン」
おかっぱ頭に似合うと言われても、ちょっと微妙だ。どうせならもっとチャーミングなリュックが欲しかったな。

「カワタロウ、この前の所に付いてるヒモは何?」
「さすがかずちゃん、よく気が付いたね。そのヒモを引っ張ると、一度だけどんな願いも叶えてくれるんだよ」
「どんな願いも叶えてくれるの?」
「うん、でも一回だけだからね」
「分かった。カワタロウ、どうもありがとう」
「せっかくだから、このまま背負って帰りなよ!」

私も、カワタロウに何かお礼がしたいと思った。

「では、お礼に歌を歌います」


ハッピ バースデー トゥー ユー
ハッピ バースデー トゥー ユー
ハッピ バースデー ディーア
カワタロウ〜
ハッピ バースデー トゥー ユー
♪♪♪

??? 

「今日は、カワタロウに名前を付けた日でしょ!まだ(仮)だけど、一応カワタロウの誕生日だから」

「ゔーーーーーーーーーーっ キュン!」

この唸る音?
もしかしてカワタロウ、また感動してくれてるのかな?

「ありがとう、かずちゃん」
「どういたしまして、カワタロウ」

電車が進む方向に明るい光が見えて来た。もうすぐトンネルを抜けるのかもしれない。

「ねぇカワタロウ、ゔーーーーっていうのはココロが震えた音だって分かるんだけど、最後の“キュン”って何の音?」

「さぁ、何の音かな?ボクにもよく分からない」

それからしばらくして、電車はトンネルを抜けた。トンネルの外はとっても明るかった。まぶしくて目がくらんだ。明るさにやっと目が慣れたときには、

カワタロウはいなかった。





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