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「カッパフィールド」#5

電車の中には私とブチしかいないようだ。
窓の外は真っ暗。トンネルの中を走っているのだろうか?白々とした電灯の灯りが逆に寒々しい。ブチがいるとはいえ、一人で電車に乗るなんて初めてだ。もの凄く心細い。
ブチも、どうしていいのかわからない様子。とにかく舌を出してハーハーしている。

突如、車両の前のドアが開いた。そして乗務員の人が現れた。
「えー本日はカッパ鉄道をご利用いただき誠にありがとうございます。えーこれから乗車券を拝見させていただきますので、お手元に乗車券をご用意してお待ちください」

私は乗車券どころか1円すら持っていなかった。
「無賃乗車が見つかったら、どうなっちゃうんだろう。めちゃくちゃ怒られるのかな?ただ怒られるだけじゃなくて、補導されちゃうかもしれない。どうしよう!」
この車両に乗っているのは私とブチだけ。乗務員さんはすぐに私の所に来てしまった。
「えー乗車券を拝見します」
「あっあの、、私、実は、」

乗務員さんは、私が握りしめてていたガマの穂を、手のひらを上にして差し示した。
「えーこちらはカッパフィールドのワンデーパスですね。ご提示ありがとうございます」
そう言うと乗務員さんは行ってしまった。
「よかった〜。このガマの穂で電車に乗れるなんて、先に言ってよ〜」
「かずちゃん、無賃乗車で捕まらなくてよかったワン。それより、今の乗務員さんさ、本物のカッパだったね」
「うん、確かに顔も手もミドリだった」
「やっぱり手に水掻きあるんだワンね」
「近くで見るとカッパさんて、けっこう二枚目だったね。声もいい声だった♡」

そういえば、犬であるブチと普通に会話が出来るなんて、よく考えたら凄いことだ。
「ブチとお話できてうれしいな♡」
「オレも、かずちゃんがオレの言うこと分かってくれて、うれしいワン♡」
「こんなことになるなら、ミケも連れて来れば良かったな。ミケはいつも何を考えてるんだろうね?」
「ミケ姉さんはね、いつも『なめたらいかんにゃーーーー』っていいながら、オレにネコパンチを食らわしてくるよ」
ブチは、我が家では先輩ペットのミケの事を、ミケ姉さんって呼んでたんだ。知らなかった。
「ミケ姉さんは、基本何も考えてないよ」
「そうなの?」
「ミケ姉さんはとても自由なひと〈メス猫〉だよ。ほんと、うらやましいワン」
「ブチはいつも繋がれてるもんね。だけど番犬として自分に与えられたお仕事してるからえらいね」
「そんなふうに言ってもらえるとうれしいワン♡」

ブチとの会話を楽しんでいるうちに、いつの間にか電車はトンネルを抜けていた。そして車窓に見える景色はかなり予想外のものだった。
「ブチ、電車の隣りに魚泳いでる!!」
「本当だ、魚が泳いでるワン。オレは水が大の苦手だけど、この電車の中には水は入ってこないよね?」
「たぶん大丈夫だと思うよ」
「ならよかったワン。かずちゃん、あの魚、あれってコイかな?」
「たぶんコイだね。ちょっと小さめのはフナじゃないかな?」
車窓はまるで水族館のようだ。泳いでいる魚がすぐそこにいる。楽しいけど、なんていうか、地味だ。

「この電車は今、川の中を走っているんだよ。海の中と違って地味でゴメンね。あの魚は何だかわかる?ウグイって言うんだよ」
ボックス席の前の座席に、カワタロウが座っていた。さすが第7次元。神出鬼没。
「川の中ってこんな感じなんだね」
「上の方を見て、アユの子どもたちが群れで泳いでるよ」
「本当だ。たくさんいる。上に魚が泳いでるのを見るのっておもしろい。水面がゆらゆらしてるのもキレイ」
しばらく行くとゴツゴツした岩が見えてきた。そこにはヤマメやイワナ、川エビなども見ることが出来た。
岩影に、岩みたいな大きなトカゲのような生き物を発見した。その大きさは1メートル以上あるかもしれない。もしかしたら私の身長くらいあるかも。そして顔はウーパールーパーみたいだ。《ウーパールーパーをデッカくした茶色の生き物》って、もしかしたらコイツのこと?

「あれはオオサンショウウオだね。別名「ハンザキ」とも呼ばれているんだけど、その由来は体を半分に割いても死なない生命力の強さから来ているとも言われている。かつて食用に乱獲されたり、ダムの建設などで生息出来る場所が限られてしまったせいで、オオサンショウウオの数がとても減ってしまって、特別天然記念物に指定されているよ」
オオサンショウウオって、見た目はかなりグロテスクだけど、あるのかどうかよく分からない目とか体の割に短い足とか、なかなか愛嬌があってかわいい。人間のせいで数が減少していると聞いて、ココロが少し痛くなった。

車窓の景色はいつの間にか変わっていた。江戸時代の町のような所を走っている。まるで時代劇の中に迷い込んでしまったみたいだ。
しかし、そこに歩いていたのは、江戸時代の人ではなくカッパだった。
「ここはカッパさん達には有名な観光地なんだ。いろんな地域からカッパさん達が観光にやって来るんだよ」
昔風の建物は、温泉旅館のようだ。軒先に提灯が下がっているのが風情があって気に入った。
お祭りみたいに出店がたくさん出ていた。
浴衣を着たカッパさん達がたくさん歩いている。「カッパの観光地ステキな所だね。カッパさん達みんな楽しそう。うらやましい」

突然、車内の明かりが消えて真っ暗になった。
再び明かりがつくと、車内にはたくさんのカッパさんがいた。カッパさん達はみんな可愛い衣装を着ている。
そして賑やかな音楽が流れだした。
「かずちゃん、カッパ橋46だよ」
「なにそれ?」
「カッパ界で今大人気のアイドルグループだよ」

「私たちの新曲《テストも恋も楽勝deパス》聴いて下さい」

♪♪
明日のテストも♪♪♪パス
アイツのハートも♪♪♪パス
私にかかればパスパス♪♪
楽勝パスパス♪♪
楽勝パスパス♪♪

たくさんのカッパアイドルが、車内で踊りながら歌っている。間近でみると、みんな顔がとっても小さくて可愛いかった。カラフルな腰蓑ミニスカートもとってもオシャレだ。
歌を歌い終えるとカッパ橋46のメンバーが一斉にはけていき、着物を着た一人のカッパが登場した。
「あの人は、小石川イワナさんって言うんだ。カッパ界では誰もが知っている有名なカッパ演歌歌手なんだ」
小石川イワナさんは《利根の上流 雪景色》と《シャケの人生紅(くれない)》を熱唱してくれた。
その歌声は川のせせらぎのように優しく、時に激流のように激しく、とても素晴らしいものだった。私はすっかり小石川イワナさんに、魅了されてしまった。

電車はカッパの町に入ったようだ。
お店がたくさん並んでいる。酒屋さんに魚屋さん、八百屋の商品はほぼキュウリのようだ。特徴的なのはお皿を売っているお店がやけに多いことだ。
お寿司《カッパざんまい》、大衆割烹《カッパ亭》、菓子本舗《カッパの月》などの食べ物屋さんもたくさんあった。

「食べ物屋さんいっぱいあるね。みんな美味しそう」
そこへ丁度、車内販売のカッパの女性が現れた。
「美味しいお弁当やお飲み物はいかがですか?」
うらやましそうに見ているとカワタロウが教えてくれた。
「そのワンデーパスで、車内販売も買えるよ」
「えっそうなの?すごいね、このワンデーパス♪」
ブチは迷わず川エビの唐揚げを選んだ。ブチはもしかして、川エビとかセミのような食感が好みなのだろうか?
私は、可愛い包み紙に包まれた細長いものをチョイスした。包み紙を開けると、中には一本のかっぱ巻きが入っていた。テーマパークなどで売っている細長いドーナツを密かに期待していたけど、やっぱりここは《かっぱ巻き》 …だよね。
「では、いっただーきまーす」
私は、かっぱ巻きを思いっきりパクっとした。でも、何の食感もないし、まったく味がしない。
川エビの唐揚げを食べているブチも???って感じの顔をしている。

“そっかー、私たちって今は幽体離脱中だったんだっけ。食べ物の味とか分からないんだった!”

でも、この楽しい雰囲気を壊したくなかったので、私は美味しい“ふり”をした。
「こんな美味しいかっぱ巻き初めてーー。さすが本場のかっぱ巻きは違うね」
察しのいいブチも、私にあわせて美味しそうに川エビの唐揚げを食べる“ふり”をしている。

“だけど、ちょっと待てよ。カワタロウは私の事はなんでもお見通しなんだよね。美味しそうに食べてる“ふり”も、コイツにはバレバレだよね?!”

「ゔーーーー」

カワタロウから、あやしい唸り声が聴こえてきた。

カワタロウどうしたんだろう?もしかして怒ってるのかな?もの凄くブチ切れされちゃうのかな?
もしかしたら、ただ怒られるだけじゃ済まないかもしれない。
上の次元の人に、嘘をついたらどうなっちゃうんだろう?カワタロウから神様たちに告げ口されて、えんま様に舌を抜かれちゃうかもしれない。どうしよう!!!

カワタロウからは、思いもよらない言葉が返ってきた。
「かずちゃん、ありがとう」
「カワタロウ、なんでありがとうなんて言うの。私、嘘ついたのに」
「そんなの嘘のうちに入らないよ。美味しそうに食べる“ふり”をしたのは優しさからでしょう?」
「優しさなんて大袈裟なもんじゃないけどね。へへっ」
「その気持ちにボクは感動して、ココロが震えてしまったんだ」
「じゃあ、さっきの『ゔーーーー』ってココロが震える音だったの?」
「そうだよ!ココロが震える音だよ」
「じゃあ、舌は抜かれないよね?」
「もちろん」
「よかったー」
「かずちゃんは、本当に変な心配するよね」
「そういう所は、お母さんに似てるのかもしれない。ハハハッ」
「ハハハハッ」

遠くに見える山と山の間に、夕陽が沈む。

ブチは私のひざに頭を乗せ、座席に丸くうずくまっていた。べつに眠っているわけではないようだ。こんなふうにブチが甘えてくるのは久しぶりだったので、私はブチの背中をずっと撫で撫でしてあげた。



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