時田さんが俳優を辞めた理由④
時田さんへのインタビューはzoomを使って行うことになった。
日々、芸能人の新型ウィルス感染が報じられ、急に舞台公演が中止されたり、ドラマや映画の撮影が延期されるというニュースが毎日のようにテレビを賑わせていた。
画面越しのコミュニケーションを僕はどうも好きになれないが、僕らの業界もニューノーマルとやらに従わざるを得ない状況になりつつあった。
時田さんと会った翌日に時田さんのマネージャーに諸々の条件を確認すると、僕のギャラはかなり安く設定されていた。多分、時給に換算すると千円にも満たない。
けれども、これから来るとされている大不況の波を前にして、僕のような特に大きなコネもないフリーライターは、小さな仕事だろうと、とにかく数をこなしてでも食い扶持を稼がなくてはならない。
ただ一点救いとなったのは、その本に僕の名前が出るということだった。
きっと時田さんが口をきいてくれたのだろう。
-テキスト構成-という良く分からない肩書きではあるが、それでも弱小ライターとしては、自分の名前が出版される紙の本に載るというのはやはり嬉しいものだ。
インタビュー時間として確保されたのは、二時間だった。その二時間で、僕は時田さんの俳優キャリアの集大成となる言葉を引き出し、その言葉を本一冊分のボリュームに膨らまさなくてはならない。
その二時間を有効活用しようと、僕はあらかじめ質問する内容を考えてみた。
デビュー作の思い出は?主演作の手応えは?噂になった女優との本当の仲は?
思い付く限り質問を書き並べてみたが、どれも下らない質問ばかりだし、この手の質問は本職の芸能記者達に任せれば良い。
時間は限られているので、自分も恐らくは世間も最も関心のある疑問を一点突破で攻めることにした。
それは、人気絶頂の中で俳優時田優馬は何故引退するに至ったのか?という疑問だ。
言ってしまえば、他の類のことは何かしらエピソードをでっち上げようと思えばいくらでもでっち上げることができた。初主演作の手応えも女優との仲も適当に話を作れば良い。時田さんのマネージャーからも、直接には言われなかったが、暗にそう仄めかされていた。要はインタビューとかそんなものはどうでも良いから、でっち上げで構わないからとっとと原稿を出せ、というわけだ。無害な、でもファンを退屈させない程度には刺激的なエピソードを適当に盛り込んでおけ、と。
時間になり、僕はPCの電源を入れ、画面の前に座った。既に画面の中には時田さんがいた。
「おはようございます。」
マイクを通したガサガサした声で時田さんが話しかけてきた。
⑤へ続きます。
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