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芸術鑑賞会

舞台作品で何かと重宝する道具がある。
それは机である。

机があれば、そこはオフィスになり、作業場になり、食卓になり、書斎にもなる。
それどころか、机の上に座ったり、机の下に潜ってみたり、机をひっくり返してみたりして、机以外の用途をすれば、たちまち、ありとあらゆる場面を表現することができる。
こういう簡素な見立て遊びは舞台表現の面白いところである。

先日、地方の中学校の芸術鑑賞会に、ある小作品を公演する為に赴いた。まだ私が身分を演出家と言い張っていた時のことだ。
この芸術鑑賞会用の作品にも、もちろん机が大活躍する。

パフォーマー達に乗っかられ、小道具群の隠し場所となり、私からすれば本当に出演者の一人といっても過言なく、その机を私は溺愛していた。

その中学校の芸術鑑賞会の会場には、船で向かうことになっていた。船で行き着いた島に、廃校になった中学校があり、そこをリノベーションする形で、何かアートっぽいことを絡ませたい、というのが主催者側の狙いである。

廃校となった中学校は立派な煉瓦作りの趣きのある建物で(横浜の赤レンガ倉庫を半分くらいにした感じをイメージして頂きたい)、確かにこれは何かに利用して保存したほうが良いと、よそ者にさえ感じさせるところがある。

私達は会場に到着して、手荷物で運んだ衣装や小道具に抜けがないかを確認した。

あとは、別送した机が到着すれば、舞台を上演するのに必要なものは全て揃う。

しかし、指定した時間帯を過ぎても机は到着しない。某宅配会社の追跡履歴を辿ると、

-お探しのお荷物は登録されておりません-と表示されるのみ。

主催者側の人に聞いてみると、船に荷物を載せる際に、手違いが良くあると言う。すぐ気付くから明日には届きますよ、と。

しかし、翌日になっても、その次の日、芸術鑑賞会の上演日になっても、机は我々のもとには辿りつかなかった。

机が無ければ、予定していた演目は上演出来ない。何か他に早急に変わりに出来る演目がないかを考えたが、すぐに1時間以上の演目を準備するのは無理だった。

私達は主催者達に平謝りして、再び船に乗って帰路に着いた。

一体、何のためにこんな遠くまで来たのか、帰りの船の中、誰も一言も口をきかなかった。

私は重苦しい空気に堪え兼ねて、デッキから海を眺めた。すると遠くの沖合いの海中に机が浮かんでいるのが見えた。

私はおーいと机に向かって叫んだ。もちろん、机は何の返答もしてくれない。
机は舞台から解放されて、自由を謳歌するように海にぷかぷかと浮かんでいた。

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